きみ

ユウリ(有李)

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こえ

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 ◇◇◇

 気づけば、おれはいつもひとりの女の子のことを目で追っていた。

 入学して約一か月。

 ゴールデンウィークが終わって、そろそろみんな学校に慣れてくる頃で、クラスの雰囲気も四月当初と比べると落ち着いてきていた。

 クラス内にはいくつかのグループが出来上がり、それぞれのグループごとの特徴が互いのあいだで認知されてきて、最初は相手の反応を見ながらだったやりとりも、今では随分と勝手がわかってきたような気がする。

 どこのグループにも属さないやつだってもちろんいるけど、だからどうってこともない。

 ひとりでいたいやつがひとりでいる分には、本人の意思を尊重する空気があった。

 このクラスは、わりあい平穏で過ごしやすい。

 そんなクラスにあって、いつもおれの目に入ってくる女子。

 決して目立つ子じゃない。

 むしろその逆。

 クラス内のグループでは一番物静かなところに混ざっていて、その中でも際立って目立たないと言ってもいい。

 制服は入学して一か月が経過した今でも規定通りのスカート丈を守っていて、短くする様子はない。

 いつも少しずれている黒縁の眼鏡を気にする風でもなく、髪は校則に従って束ねてはいるけれど、不器用なのかぼさぼさっとしている。

 話すときの声は小さくてよく聞こえないし、運動も得意じゃなさそうだ。

 そんな子のことがなんで気になるのかわらなくて、余計に気にかかる。

「おい、なにぼーっとしてんだよ。次、美術室だろ? 行こうぜ」  

「うおっ」 

 廊下の窓辺に立つ彼女のことを見ながらそんなことを考えていたら、ぼすっと背中に軽い蹴りをくらってつんのめった。

「先に行っとくからな」

「てめえ、待ちやがれ」

 けらけら笑いながら逃げてゆくタクヤの背中に向かって声を投げつけ、そのあとを追いかける。

 彼女を追い越すとき、ちらりとその様子を窺うと、スケッチブックを抱えたままぼうっと空を見ていた。

 今日の空は曇っていて、別に見て楽しいもんじゃないと思うけど。

 なんて考えたそのとき、空を見上げる彼女の横顔がすごく哀しそうなことに気づいて、突然胸がぎゅっと苦しくなる。


 なんでそんな顔してるんだよ。



 タクヤを追うおれと、空を見上げる彼女。

 おれと彼女のあいだには、まるで別の世界の住人のような隔たりが感じられた。

 きっとおれは、彼女がしているようなそんな顏、したことがない。


 なにがあったんだろう。


 彼女のことが知りたくなる。



 ◆◆◆



 マサトが亡くなったのは、春休みのことだった。

 三月の終わり。

 彼はある日突然、あまりにもあっけなく、永遠の眠りについてしまった。

 納得なんてできるわけがない。

 マサト本人だって、きっと自分になにが起きているのかわかっていなかったに違いない。

 その日は午後から一緒に映画を見に行って、夕方別れた。

 映画を観終わってから、マサトが鼻をすすっていたからどうしたのか訊いたら、「少し風邪気味かも」なんて言うから、今日は早く帰って寝たら、ってすぐに別れたんだ。

 家に帰ってからメールをしたけれど『ぜーんぜん大丈夫』なんて平気そうなメールが返ってきた。

 わたしは少し安心して、でも休む邪魔になったら悪いからと、そのあとはメールしなかった。

 翌日、マサトのお母さんから連絡をもらった。

 マサトが自分の部屋で、倒れていたと。

 わたしが駆けつけた時には、もう、マサトは息をひきとっていた。

 急性心筋炎だったと聞いた。

 ウイルスや細菌などの感染が原因だったり、原因のわからない突発性の場合もあるらしい。

 その症状が重症化して、マサトは亡くなってしまった。

 あまりにも唐突に、あまりにも早く。 

 駆けつけた病院で見たマサトは瞼を閉じていたけれど、どこからどう見てもただ眠っているだけのようで、死んでいるなんてちっとも信じられなかった。

 それに、わたしにはマサトが微笑んでいるようにすら見えた。

 だから亡くなっただなんて、いきなりそんなこと言われたって、信じられるわけなかった。

 信じられないままお通夜も告別式も終わって、マサトはお墓に入ってしまった。

 それでも、わたしはまだ、マサトはどこか別のところにいるんじゃないか、って思ってしまう。

 だから今でも、突然、マサトがわたしの目の前に現れるんじゃないかって、そんなことを考えてしまう。

 何度も何度もマサトのお墓には参っているのに。

 そんなことばかり考えているからかもしれない。

 移動教室の途中、ふとマサトの声が聞こえたような気がして窓の外を見た。

 ふざけ合いながら歩いている男子生徒たちの姿が見える。

 けれどそこにマサトの姿はない。

 どこにも、マサトはいない。 

 落胆しながらため息をついて空を仰ぐと、そこには灰色の雲が広がっていた。

 雲は、いつ雨粒が落ち始めてもおかしくないくらい重そうに見えた。

 ずんずんと、どこまでも沈んでいってしまいそうな、そんな雲。


 まるで、わたしの心と同じだ。


 ――そう思った。
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