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2章
記憶の残響
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広間の重苦しい空気を後にし、葉羽と彩由美は豪邸の調査を始めた。埃っぽい廊下を歩きながら、葉羽は周囲を注意深く観察する。古びた調度品、色褪せたタペストリー、そして壁に掛けられた風景画。どれもが長い年月を経た風格を漂わせているが、どこか異様な雰囲気が感じられた。
「この家、なんだか変な感じがしない?」彩由美が不安そうに囁く。「空気が重いっていうか、息が詰まりそう…」
「ああ、僕もそう感じる。何かがおかしい。この豪邸自体が、何かを隠しているような気がするんだ」葉羽は低い声で答えた。彼の視線は、廊下の突き当たりにある重厚な扉に釘付けになっていた。扉は固く閉ざされ、その向こうには何があるのか窺い知れない。
「あの部屋、何だろう?」彩由美も扉に気づいたようだ。
「書斎じゃないかな。黒曜さんが使っていた部屋かもしれない。行ってみよう」葉羽は扉に近づき、真鍮製のノブに手をかけた。ゆっくりと力を込めると、重い扉が軋みながら開いた。
書斎は広間の薄暗さとは対照的に、窓から差し込む光で明るく照らされていた。壁一面に作り付けられた書棚には、無数の本が整然と並んでいる。机の上には書類や筆記用具が置かれ、黒曜がここで仕事をしていたことを示していた。葉羽は机に近づき、書類に目を通す。しかし、そこには事件の手がかりとなるようなものは見当たらなかった。
「これ、日記帳みたい」彩由美が机の引き出しから一冊の古びたノートを見つけ、葉羽に手渡した。表紙は革製で、角が擦り切れている。葉羽は慎重にページをめくり始めた。日記には、黒曜の日々の出来事が淡々と綴られていた。近所の人々との交流、趣味の園芸、そして最近購入したレコード盤のこと。
「レコード盤…やっぱり何か関係があるのかもしれない」葉羽は呟いた。日記には、レコード盤の詳細については書かれていなかったが、黒曜がそれを特別なものとして扱っていたことが伺えた。
「ねえ、これ見て」彩由美が書棚の一角を指差した。そこには、古い写真が数枚飾られていた。モノクロの写真には、若い頃の黒曜の姿が写っている。そして、その隣には見覚えのある蓄音機と、例のレコード盤が写っていた。
「この写真、いつ頃のものだろう?」葉羽は写真を手に取り、裏返した。裏には鉛筆で「1970年」と書かれている。約50年前の写真だ。
「50年前…このレコード盤はずいぶん古いものみたいだね」彩由美が言った。
「ああ。そして、この家で何かがあったのも、その頃かもしれない」葉羽は写真を見つめながら答えた。写真の中の黒曜は、何かを恐れているような表情をしている。葉羽の脳裏に、一つの疑問が浮かぶ。50年前、この豪邸で何があったのか?そして、それが黒曜の死とどう関係しているのか?
「ねえ、葉羽くん。この家、昔何か事件があったって噂、聞いたことない?」彩由美が不安そうに尋ねた。
「事件? いや、聞いたことはないけど…」葉羽は首を振った。しかし、彩由美の言葉に何か引っかかるものを感じた。
「私の祖母がこの近くに住んでたんだけど、昔、この家で人が死んだって言ってたの。詳しいことは知らないけど…」彩由美の声が震えている。
「人が死んだ…」葉羽は呟いた。もし、この家で過去に事件があったとしたら、黒曜の死と関係があるかもしれない。彼は日記帳と写真を手に、書斎を出た。廊下を歩きながら、葉羽は考えを巡らせる。レコード盤、50年前の写真、そして過去の事件。これらの断片的な情報が、やがて一つの真実へと繋がるのだろうか。
その時、どこからか微かに音が聞こえてきた。レコードの針が擦れるような、ノイズ混じりの音。葉羽と彩由美は顔を見合わせた。音は、まるでこの豪邸の奥深くから響いてくるようだ。二人は音のする方へと歩き始めた。音は次第に大きくなり、やがて耳をつんざくような雑音へと変わっていく。そして、その雑音の中に、人の声のようなものが混じっていることに葉羽は気づいた。それは、苦痛に歪んだ叫び声のように聞こえた。
「葉羽くん、今の…」彩由美が青ざめた顔で葉羽を見つめる。
「ああ、聞こえた。だが、どこから…?」葉羽は周囲を見回すが、音の発生源は分からない。音は突如として止み、再び豪邸は静寂に包まれた。しかし、その静寂は先程までとは違い、何か不穏なものを孕んでいるように感じられた。まるで、この豪邸に潜む何かが、彼らに向かって囁いているかのようだ。
葉羽は背筋に冷たいものが流れるのを感じながら、レコード盤の傷跡を思い出した。あの傷は、この耳障りな音と何か関係があるのだろうか。そして、黒曜はこの音を聴いていたのだろうか。もしそうなら、彼は何を思い、何を感じていたのだろう。葉羽は答えの出ない問いを繰り返しながら、豪邸の奥深くへと足を踏み入れていく。記憶の残響が彼を導くように。
「この家、なんだか変な感じがしない?」彩由美が不安そうに囁く。「空気が重いっていうか、息が詰まりそう…」
「ああ、僕もそう感じる。何かがおかしい。この豪邸自体が、何かを隠しているような気がするんだ」葉羽は低い声で答えた。彼の視線は、廊下の突き当たりにある重厚な扉に釘付けになっていた。扉は固く閉ざされ、その向こうには何があるのか窺い知れない。
「あの部屋、何だろう?」彩由美も扉に気づいたようだ。
「書斎じゃないかな。黒曜さんが使っていた部屋かもしれない。行ってみよう」葉羽は扉に近づき、真鍮製のノブに手をかけた。ゆっくりと力を込めると、重い扉が軋みながら開いた。
書斎は広間の薄暗さとは対照的に、窓から差し込む光で明るく照らされていた。壁一面に作り付けられた書棚には、無数の本が整然と並んでいる。机の上には書類や筆記用具が置かれ、黒曜がここで仕事をしていたことを示していた。葉羽は机に近づき、書類に目を通す。しかし、そこには事件の手がかりとなるようなものは見当たらなかった。
「これ、日記帳みたい」彩由美が机の引き出しから一冊の古びたノートを見つけ、葉羽に手渡した。表紙は革製で、角が擦り切れている。葉羽は慎重にページをめくり始めた。日記には、黒曜の日々の出来事が淡々と綴られていた。近所の人々との交流、趣味の園芸、そして最近購入したレコード盤のこと。
「レコード盤…やっぱり何か関係があるのかもしれない」葉羽は呟いた。日記には、レコード盤の詳細については書かれていなかったが、黒曜がそれを特別なものとして扱っていたことが伺えた。
「ねえ、これ見て」彩由美が書棚の一角を指差した。そこには、古い写真が数枚飾られていた。モノクロの写真には、若い頃の黒曜の姿が写っている。そして、その隣には見覚えのある蓄音機と、例のレコード盤が写っていた。
「この写真、いつ頃のものだろう?」葉羽は写真を手に取り、裏返した。裏には鉛筆で「1970年」と書かれている。約50年前の写真だ。
「50年前…このレコード盤はずいぶん古いものみたいだね」彩由美が言った。
「ああ。そして、この家で何かがあったのも、その頃かもしれない」葉羽は写真を見つめながら答えた。写真の中の黒曜は、何かを恐れているような表情をしている。葉羽の脳裏に、一つの疑問が浮かぶ。50年前、この豪邸で何があったのか?そして、それが黒曜の死とどう関係しているのか?
「ねえ、葉羽くん。この家、昔何か事件があったって噂、聞いたことない?」彩由美が不安そうに尋ねた。
「事件? いや、聞いたことはないけど…」葉羽は首を振った。しかし、彩由美の言葉に何か引っかかるものを感じた。
「私の祖母がこの近くに住んでたんだけど、昔、この家で人が死んだって言ってたの。詳しいことは知らないけど…」彩由美の声が震えている。
「人が死んだ…」葉羽は呟いた。もし、この家で過去に事件があったとしたら、黒曜の死と関係があるかもしれない。彼は日記帳と写真を手に、書斎を出た。廊下を歩きながら、葉羽は考えを巡らせる。レコード盤、50年前の写真、そして過去の事件。これらの断片的な情報が、やがて一つの真実へと繋がるのだろうか。
その時、どこからか微かに音が聞こえてきた。レコードの針が擦れるような、ノイズ混じりの音。葉羽と彩由美は顔を見合わせた。音は、まるでこの豪邸の奥深くから響いてくるようだ。二人は音のする方へと歩き始めた。音は次第に大きくなり、やがて耳をつんざくような雑音へと変わっていく。そして、その雑音の中に、人の声のようなものが混じっていることに葉羽は気づいた。それは、苦痛に歪んだ叫び声のように聞こえた。
「葉羽くん、今の…」彩由美が青ざめた顔で葉羽を見つめる。
「ああ、聞こえた。だが、どこから…?」葉羽は周囲を見回すが、音の発生源は分からない。音は突如として止み、再び豪邸は静寂に包まれた。しかし、その静寂は先程までとは違い、何か不穏なものを孕んでいるように感じられた。まるで、この豪邸に潜む何かが、彼らに向かって囁いているかのようだ。
葉羽は背筋に冷たいものが流れるのを感じながら、レコード盤の傷跡を思い出した。あの傷は、この耳障りな音と何か関係があるのだろうか。そして、黒曜はこの音を聴いていたのだろうか。もしそうなら、彼は何を思い、何を感じていたのだろう。葉羽は答えの出ない問いを繰り返しながら、豪邸の奥深くへと足を踏み入れていく。記憶の残響が彼を導くように。
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