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1章
昭和の密室事件
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図書館の古い新聞記事を読みながら、葉羽は思わず息を呑んだ。
昭和五十八年六月二十一日付の夕刊。
一面に大きく踊る見出し。
『帝都学園前身校舎で謎の死亡事件 - 著名建築家が天井裏で変死』
「これは...」
記事を読み進める葉羽の手が、わずかに震えた。
───────────────
[帝都新聞]
六月二十日深夜、帝都女学院(現・帝都学園の前身)にて、建築家の望月啓介氏(当時52歳)が死亡しているのが発見された。遺体は音楽室の天井裏から発見。現場は内側から施錠された完全な密室であり、事故死と他殺の両面から捜査が進められている。
望月氏は同校の大規模改修工事を手掛けており、夜間の施工確認中だったとされる。しかし、遺体発見現場付近での工事予定はなく、氏が天井裏にいた理由は不明。
特筆すべきは、発見時の状況である。遺体の周囲には機械の部品らしきものが散乱。しかし、それらは警察による現場検証前に何者かによって持ち去られた形跡があるという。
───────────────
「葉羽くん、何読んでるの?」
突然の声に、葉羽は肩を跳ねさせた。
振り返ると、彩由美が覗き込むように立っていた。
「ああ...実は」
葉羽は彩由美に新聞記事を見せながら説明を始めた。五十嵐先生の事故死から一週間。その間、彼は毎日のように図書館に通い詰めていた。
「望月...啓介?」
彩由美が目を丸くする。
「私のおじいちゃんの名前と同じ...」
「えっ?」
今度は葉羽が驚いた。
「理事長の望月先生が、私の大叔母なの。実は最近知ったんだけど」
彩由美は少し困ったように続けた。
「でも、理事長先生には『家族関係のことは他言無用』って言われてて...」
葉羽は記事に目を戻した。
望月啓介。現理事長・望月薫子の父親。そして彩由美の祖父。
しかも死亡場所は...
「音楽室の天井裏...」
葉羽は呟いた。
「五十嵐先生と、全く同じ場所だ」
二人は顔を見合わせた。
「取材してみないか?」
葉羽が提案する。
「理事長先生に」
「でも...」
彩由美は躊躇した。
「理事長先生、過去の話は一切しないって...」
「だからこそ」
葉羽は静かに言った。
「何か、重要な秘密があるはずだ」
その日の放課後。
二人は理事長室を訪れた。
重厚な扉の前で、彩由美が少し震える手つきでノックする。
「失礼します」
「どうぞ」
中から、凛とした女性の声が響いた。
扉を開けると、窓際の大きな椅子に理事長・望月薫子が座っていた。
夕陽に照らされた横顔は、不思議なほど若く見える。
六十代後半のはずなのに...
「あら、彩由美さん」
薫子は穏やかな表情を浮かべた。
「そして...神藤君ですね」
「はい」
葉羽は一歩前に出た。
「理事長先生、お時間を頂けますでしょうか。四十年前の...」
その瞬間。
薫子の表情が、一瞬だけ強ばった。
「申し訳ありませんが」
彼女は即座に遮った。
「過去の事件について、私からお話しできることは何もございません」
「でも」
葉羽は食い下がった。
「五十嵐先生の事故と、何か関係があるのでは...」
「神藤君」
薫子の声が、急に冷たくなる。
「あなたはまだ若い。過去に囚われず、前を向いて生きるべきです」
「理事長先生」
ここぞとばかりに、葉羽は切り出した。
「なぜ、建築家の望月啓介氏は、工事予定のない天井裏にいたのでしょうか」
薫子の表情が凍り付く。
窓から差し込む夕陽が、彼女の顔に不気味な影を落とした。
「帰りなさい」
彼女の声は、氷のように冷たかった。
「二度と、この話題を持ち出さないように」
部屋を出た後、彩由美が小さく震えていた。
「大丈夫か?」
葉羽が心配そうに尋ねる。
「うん...でも」
彩由美は俯きながら言った。
「理事長先生の様子、変だよね」
「ああ」
葉羽は頷いた。
「特に、最後の質問の時...」
その時、廊下の突き当たりから、かすかな音が聞こえた。
カタン、カタン...
何かが規則正しく動く音。
「まるで...機械の音」
葉羽が呟く。
二人が音の方を振り向いた時、
白い影が、壁の中に消えていくのが見えた。
その夜。
葉羽は自室で、ノートに事実を整理していた。
・40年前の事故死(望月啓介)
・場所:音楽室天井裏
・現場に機械の部品
・証拠品の紛失
・理事長の異様な反応
・彩由美との血縁関係
・不自然な若さ
・機械の音
・壁に消える影
「これは...」
葉羽は、ある可能性に思い至った。
しかし、その推理を確かめる間もなく、
彼の部屋の天井から、
少女の笑い声が聞こえ始めた。
昭和五十八年六月二十一日付の夕刊。
一面に大きく踊る見出し。
『帝都学園前身校舎で謎の死亡事件 - 著名建築家が天井裏で変死』
「これは...」
記事を読み進める葉羽の手が、わずかに震えた。
───────────────
[帝都新聞]
六月二十日深夜、帝都女学院(現・帝都学園の前身)にて、建築家の望月啓介氏(当時52歳)が死亡しているのが発見された。遺体は音楽室の天井裏から発見。現場は内側から施錠された完全な密室であり、事故死と他殺の両面から捜査が進められている。
望月氏は同校の大規模改修工事を手掛けており、夜間の施工確認中だったとされる。しかし、遺体発見現場付近での工事予定はなく、氏が天井裏にいた理由は不明。
特筆すべきは、発見時の状況である。遺体の周囲には機械の部品らしきものが散乱。しかし、それらは警察による現場検証前に何者かによって持ち去られた形跡があるという。
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「葉羽くん、何読んでるの?」
突然の声に、葉羽は肩を跳ねさせた。
振り返ると、彩由美が覗き込むように立っていた。
「ああ...実は」
葉羽は彩由美に新聞記事を見せながら説明を始めた。五十嵐先生の事故死から一週間。その間、彼は毎日のように図書館に通い詰めていた。
「望月...啓介?」
彩由美が目を丸くする。
「私のおじいちゃんの名前と同じ...」
「えっ?」
今度は葉羽が驚いた。
「理事長の望月先生が、私の大叔母なの。実は最近知ったんだけど」
彩由美は少し困ったように続けた。
「でも、理事長先生には『家族関係のことは他言無用』って言われてて...」
葉羽は記事に目を戻した。
望月啓介。現理事長・望月薫子の父親。そして彩由美の祖父。
しかも死亡場所は...
「音楽室の天井裏...」
葉羽は呟いた。
「五十嵐先生と、全く同じ場所だ」
二人は顔を見合わせた。
「取材してみないか?」
葉羽が提案する。
「理事長先生に」
「でも...」
彩由美は躊躇した。
「理事長先生、過去の話は一切しないって...」
「だからこそ」
葉羽は静かに言った。
「何か、重要な秘密があるはずだ」
その日の放課後。
二人は理事長室を訪れた。
重厚な扉の前で、彩由美が少し震える手つきでノックする。
「失礼します」
「どうぞ」
中から、凛とした女性の声が響いた。
扉を開けると、窓際の大きな椅子に理事長・望月薫子が座っていた。
夕陽に照らされた横顔は、不思議なほど若く見える。
六十代後半のはずなのに...
「あら、彩由美さん」
薫子は穏やかな表情を浮かべた。
「そして...神藤君ですね」
「はい」
葉羽は一歩前に出た。
「理事長先生、お時間を頂けますでしょうか。四十年前の...」
その瞬間。
薫子の表情が、一瞬だけ強ばった。
「申し訳ありませんが」
彼女は即座に遮った。
「過去の事件について、私からお話しできることは何もございません」
「でも」
葉羽は食い下がった。
「五十嵐先生の事故と、何か関係があるのでは...」
「神藤君」
薫子の声が、急に冷たくなる。
「あなたはまだ若い。過去に囚われず、前を向いて生きるべきです」
「理事長先生」
ここぞとばかりに、葉羽は切り出した。
「なぜ、建築家の望月啓介氏は、工事予定のない天井裏にいたのでしょうか」
薫子の表情が凍り付く。
窓から差し込む夕陽が、彼女の顔に不気味な影を落とした。
「帰りなさい」
彼女の声は、氷のように冷たかった。
「二度と、この話題を持ち出さないように」
部屋を出た後、彩由美が小さく震えていた。
「大丈夫か?」
葉羽が心配そうに尋ねる。
「うん...でも」
彩由美は俯きながら言った。
「理事長先生の様子、変だよね」
「ああ」
葉羽は頷いた。
「特に、最後の質問の時...」
その時、廊下の突き当たりから、かすかな音が聞こえた。
カタン、カタン...
何かが規則正しく動く音。
「まるで...機械の音」
葉羽が呟く。
二人が音の方を振り向いた時、
白い影が、壁の中に消えていくのが見えた。
その夜。
葉羽は自室で、ノートに事実を整理していた。
・40年前の事故死(望月啓介)
・場所:音楽室天井裏
・現場に機械の部品
・証拠品の紛失
・理事長の異様な反応
・彩由美との血縁関係
・不自然な若さ
・機械の音
・壁に消える影
「これは...」
葉羽は、ある可能性に思い至った。
しかし、その推理を確かめる間もなく、
彼の部屋の天井から、
少女の笑い声が聞こえ始めた。
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