天井裏の囁き姫

葉羽

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序章

彼女が見た白い影

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蒸し暑い六月の放課後。
窓から差し込む夕陽が、音楽室の白いピアノを赤く染めていた。
「ねぇ、葉羽くん。聞いたことある? 天井裏の囁き姫の話」
望月彩由美は、いつもより少し神妙な面持ちで切り出した。普段は明るい声色の彼女にしては珍しく、低い声だった。
神藤葉羽は読みかけの推理小説から目を離し、幼なじみの彼女を見上げた。夕陽に照らされた横顔が、不思議なほど艶めかしく見える。心臓が少しだけ早くなるのを感じながら、彼は答えた。
「ああ、例の七不思議の一つか。確か百年前に失踪した女学生の霊が、満月の夜に天井裏で泣いているという話だろう」
「うん...でもね」彩由美は声を潜めた。「昨日、私、本当に聞いたの」
葉羽は読んでいた本を完全に閉じた。彼女の表情は真剣そのものだった。
「具体的に、どんな声だった?」
「最初は...かすかな泣き声。でもそのうち、はっきりと言葉になって...」
彩由美は震える声で続けた。
「『私を見つけて』って」
その瞬間、音楽室の天井から、微かな物音が聞こえた。
二人は反射的に上を見上げる。
「今の...」
しかし、それ以上の音はなかった。
夕暮れ時の音楽室に、重苦しい沈黙が降りる。古びたグランドピアノの影が、二人の足元まで伸びていた。
「実はね」彩由美は続けた。「他にも変なことがあったの。先週の満月の夜、図書室で勉強してた時...天井から白い布きれみたいなものが、ふわって落ちてきて...」
葉羽は眉をひそめた。彼の中で、何かが引っかかる。
「その布きれ、どうなった?」
「拾おうとしたら...消えちゃった」
また天井から物音。今度ははっきりと、誰かが歩く音のような...
「調べてみない?」葉羽が立ち上がる。「天井裏に上がれる場所、知ってる?」
「え...でも」
「大丈夫、俺がついてる」
そう言って笑いかける葉羽に、彩由美は小さく頷いた。
音楽室を出て、二人は薄暗い廊下を歩き始めた。夕暮れ時の校舎は、不気味なほど静かだ。
「音楽室の天井裏に行くなら、三階の倉庫から...」
葉羽の言葉が途切れた。
廊下の突き当たりに、白い影が見えた。
女性の後ろ姿。
長い黒髪が、風もないのにゆらゆらと揺れている。
「あ...」彩由美が小さく声を上げる。
その影は、ゆっくりと振り返った。
しかし顔は...なかった。
彩由美が悲鳴を上げる前に、葉羽は彼女の手を取って走り出していた。
階段を駆け上がり、三階まで一気に上がる。
「大丈夫か?」
震える彩由美の肩を抱きながら、葉羽は後ろを確認した。
影は追ってこなかった。
「う、うん...ごめんね、怖がっちゃって...」
「いや、当然だ」
葉羽は彩由美の手を握ったまま、ふと気づいた。
「でも変だな」
「何が?」
「俺たち、なんで三階に逃げたんだろう」
葉羽は考え込むように言った。
「普通、下に逃げるはずなのに」
その時、頭上から悲鳴が響いた。
防音された音楽室とは明らかに違う、生々しい女性の悲鳴。
二人が見上げた天井には、赤い染みが広がっていた。
翌朝。
音楽室の天井から、音楽教師・五十嵐咲子の遺体が発見された。
警察の発表によれば、事故死。
天井裏で足を滑らせ、転落したのだという。
しかし葉羽には、どうしても違和感が残った。
なぜなら、五十嵐先生の遺体が発見された場所。
あの天井の一角だけ、昨日までとは明らかに違う色をしていたのだ。
まるで...新しく塗り替えられたように。
そして彩由美の机の上には、一枚の白い布切れが置かれていた。
それは間違いなく、百年前の女学生の制服の切れ端。
布の端には、かすかに赤い染みが付いていた。
葉羽は決意した。
この謎を解かねばならない。
彩由美を守るために。
そして...あの囁き姫の正体を暴くために。
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