仮題「難解な推理小説」

葉羽

文字の大きさ
上 下
13 / 19
13章

記憶の罠

しおりを挟む
 第13章: 記憶の罠

リビングの静寂が重苦しい空気を漂わせていた。葉羽は、再び犠牲者が出たことに動揺しながらも、冷静に全員の行動を確認するための準備を整えていた。伊達卓巳の突然の死──そして、まだ未解決の鳴海の殺人事件。この二つの事件が繋がっていることは明らかだが、その繋がりがどこにあるのか、葉羽は手掛かりを探していた。

「伊達君が殺された理由は何なのか……?」

葉羽は考えながら、再びリビングの全員を見渡した。芦原美鈴が犯人であることは間違いないが、伊達の死には別の意図が感じられる。なぜ伊達が標的になったのか、その動機を突き止めなければならない。

「まずは、全員の行動をもう一度確認しよう」

葉羽は静かに提案した。彼の落ち着いた口調が、少しでも皆の混乱を抑えるように感じられた。全員がそれぞれの椅子に座り直し、葉羽に注目する。

---

「まず、伊達君が倒れた瞬間ですが……皆さんはどこで何をしていたか、もう一度教えてください」

葉羽がそう問いかけると、まず最初に渡辺聡が口を開いた。

「俺は、あの時はリビングで静かに座っていた。伊達君が外に出たことには気付いていたけど、特に彼が何をしているのかまでは見ていない」

渡辺の証言は簡潔で、特に疑わしい点はないように見える。次に、赤城玲司が苛立ちを隠せない様子で話し始めた。

「俺もだ。あの時は芦原さんとのやり取りに集中していた。鳴海の件でまだ解決していなかったし、まさか伊達がやられるなんて思ってもみなかった」

「では、芦原さん、あなたは?」

葉羽は芦原美鈴に視線を向けた。彼女は一瞬黙ったが、冷静に答えた。

「私は葉羽君の推理を聞いていたわ。鳴海さんの件について、ようやく話が進み始めたと思っていたのに……その時に伊達君が殺されるなんて、驚いたわ」

彼女の態度には、相変わらず冷静さが見える。しかし、その背後には何かを隠している気配も感じられる。葉羽はその表情をじっと観察した。

次に、藤田茉莉が不安げに話し始めた。

「私も……リビングにいたわ。でも、伊達君がいなくなったのには気付かなかったの。急に悲鳴が聞こえたから、驚いて……」

藤田もまた、特に怪しい様子は見せていない。だが、彼女が怯えているのは明らかだった。

---

葉羽は一通りの証言を聞き終えた後、再び思考を巡らせた。誰もがリビングにいたと証言しているが、実際に伊達が殺された瞬間を目撃した者はいない。これはつまり、皆の証言が「何か」に操作されている可能性があるということだ。

「この事件の背後には……『記憶』に関する罠があるのかもしれない」

葉羽はそう考えながら、これまでの出来事を振り返った。時計のズレ、参加者たちの証言の食い違い、そして何よりも、この屋敷の中で感じる微妙な違和感。それらが一つに繋がる仮説が浮かび上がった。

「皆さん……もしかすると、私たち全員が同じ時間を生きているとは限らないのかもしれません」

その言葉に、全員が驚いた表情を浮かべた。

「どういうことだ?」と、赤城が苛立ち混じりに尋ねる。

「この屋敷には、意図的に時計がズレて設置されています。それによって、私たちが『正しい時間』だと思っているものが、実はズレている可能性があるんです。私たちがそれぞれに見ている時計は少しずつ異なり、その結果、証言の時間や行動がずれている」

葉羽は全員の表情を見渡しながら説明を続けた。

「例えば、ある人が20時だと思って行動していても、実際にはその人の時計は10分進んでいたとします。そうすると、その人の証言と他の人の証言が食い違い、結果としてアリバイが成立しないことになるんです」

「つまり、私たちの記憶が操作されている……ってこと?」と、藤田が驚いた声で尋ねた。

「そうです。この屋敷にある時計のズレは、私たち全員の記憶を曖昧にさせています。そして、そのズレを利用して犯人はアリバイを操作し、犯行を行ったんです」

葉羽の推理が進むにつれ、全員の顔にはさらに緊張が走る。

「そして、これこそが芦原さんの仕組んだトリックです。鳴海さんの殺害、そして伊達君の殺害も、この『記憶の罠』を利用した犯行です」

---

「私が記憶を操作した? 本気でそんなことを言っているの?」

芦原美鈴は冷静さを装っているが、その声にはわずかに焦りが混じっていた。葉羽はその変化を見逃さなかった。

「あなたは、この屋敷の時計のズレを知っていたはずです。だからこそ、そのズレを利用して、自分のアリバイを成立させた。そして、私たちの記憶を曖昧にさせることで、自分が犯人であることを隠そうとした」

「証拠は? そんなこと、証明できるの?」

芦原はさらに葉羽を挑発するように問いかけた。だが、葉羽は自信を持って答えた。

「証拠は、鳴海さんが残したメモです。あのメモには、時計のズレを示すヒントが隠されていました。彼はそのことに気付き、何とかして私たちにそれを伝えようとしていたんです」

葉羽は再びメモを取り出し、全員に見せた。

---

**「S25: C13. A1」**

---

「このメモは、実は座標を示しているのではなく、時計のズレを指し示していたんです。『S25』は、時間のズレを25分進めることを意味し、『C13』は13分遅らせる。そして『A1』は、1分だけ進めるということ」

「つまり、鳴海さんは、この屋敷にある全ての時計が意図的にズレていることに気付き、そのことを私たちに伝えようとしたんです。そして、そのズレを利用して犯行を行ったのが芦原さん、あなたです」

---

「もう終わりです、芦原さん」

葉羽はそう断言し、全員の視線を芦原に向けさせた。彼女はしばらくの間、無言で葉羽を見つめていたが、やがてその口元に冷たい笑みを浮かべた。

「……なるほどね、さすが神藤葉羽と言ったところかしら」

芦原はゆっくりと立ち上がり、軽くため息をついた。

「そう、あなたの言う通りよ。私は鳴海さんを殺した。時計のズレを利用してね。でも、残念だったわね……もう、私はあなたに捕まるつもりはないの」

その言葉に、葉羽は一瞬身構えた。だが、次の瞬間、芦原はリビングの窓へと駆け寄り、勢いよく開け放った。

「待て! 芦原さん

!」

葉羽が追いかけようとしたその瞬間、彼女は窓から姿を消した。葉羽が窓際に駆け寄ると、そこには芦原の姿はなく、外の闇が広がっていた。

---

「……逃げられた」

葉羽は悔しさを噛みしめながら、窓の外を見つめた。だが、事件の真相は明らかになった。芦原美鈴は鳴海を殺し、時計のズレを利用して自分のアリバイを作り出した。しかし、彼女の計画は葉羽の推理によって暴かれ、追い詰められた結果、彼女は逃亡を選んだ。

「芦原さんが逃げても、もう真実は隠せない……」

葉羽は静かにそうつぶやき、決意を新たにした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

霧崎時計塔の裂け目

葉羽
ミステリー
高校2年生で天才的な推理力を誇る神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、異常な霧に包まれた街で次々と起こる不可解な失踪事件に直面する。街はまるで時間が狂い始めたかのように歪んでいき、時計が逆行する、記憶が消えるなど、現実離れした現象が続発していた。 転校生・霧崎璃久の登場を機に、街はさらに不気味な雰囲気を漂わせ、二人は彼が何かを隠していると感じ始める。調査を進める中で、霧崎は実は「時間を操る一族」の最後の生き残りであり、街全体が時間の裂け目に飲み込まれつつあることを告白する。 全ての鍵は、街の中心にそびえる古い時計塔にあった。振り子時計と「時の墓」が、街の時間を支配し、崩壊を招こうとしていることを知った葉羽たちは、街を救うために命を懸けて真実に挑む。霧崎の犠牲を避けるべく、葉羽は自らの推理力を駆使して時間の歪みを解消する方法を見つけ出すが、その過程でさらなる謎が明らかに――。 果たして、葉羽は時間の裂け目を封じ、街を救うことができるのか?時間と命が交錯する究極の選択を迫られる二人の運命は――。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

先生、それ、事件じゃありません

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

処理中です...