仮題「難解な推理小説」

葉羽

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12章

もう一つの死体

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第12章: もう一つの死体

芦原美鈴が静かに立ち上がった瞬間、リビングの空気はさらに緊張を増していた。葉羽の推理が芦原を犯人として追い詰めたが、彼女はまだ自分の敗北を認める気配を見せない。その目には冷たい光が宿り、まるで次の一手を計算しているかのようだった。

「あなたの言う通りかもしれない、葉羽君。私は鳴海さんを殺した……でも、他に選択肢はなかったのよ。彼がこの証拠を公にしてしまえば、すべてが崩れてしまう。私の築いたものも、私に協力してきた者たちの人生も」

芦原の声は一見落ち着いていたが、その内に隠された焦燥が徐々に顔を覗かせていた。

「でも、葉羽君。私を追い詰めても、あなたに何ができる? この証拠を持っていても、あなたがそれを使いこなせるかどうかは別の話よ」

彼女は軽く笑い、周囲を見回した。まるで、まだ何かを企んでいるかのような不気味な自信が感じられる。

「芦原さん……まだ終わっていません。あなたの罪は、すでにここにいる全員に明らかになりました。逃げ道はないんです」

葉羽は一歩前に出て、冷静に彼女を見据えた。しかし、その瞬間だった。

「じゃあ、どうするつもり? 私を警察に渡す?」

芦原がそう言い終わるや否や、リビングの外から突然、大きな物音が響いた。何かが倒れるような音。それは、まるで誰かが床に崩れ落ちたかのような重い音だった。

「今の音は……?」

全員が一斉に振り返った。リビングの外、廊下の方から聞こえてきた異常な音に、皆が動揺を隠せない。葉羽もまた、即座に反応し、急いで廊下へと駆け出した。

「誰かが倒れたのか……?」

葉羽の心臓が鼓動を早める。もしも他の参加者の一人が襲われていたとすれば、事件はさらに複雑化し、予測不能な展開に陥るかもしれない。

---

廊下に出た葉羽は、すぐにその異常を目にした。廊下の床に、**伊達卓巳**が倒れていたのだ。

「伊達君!」

葉羽は急いで彼のもとに駆け寄り、脈を確かめる。だが、その冷たく硬直した感触は、すでに生命の終わりを告げていた。伊達卓巳は、すでに絶命していたのだ。

「また、死体が……」

彩由美が震えた声でつぶやく。彼女もまた廊下に駆け寄り、恐怖の色を隠せないでいた。

「一体、どうして……?」

葉羽はすぐに周囲を見回した。伊達が襲われた痕跡や、凶器となりうるものを探す。しかし、そこには何の手がかりも見当たらない。ただ、彼の体が冷たく床に横たわっているだけだった。

「一体何が起きたんだ……?」

葉羽の脳裏に、数秒前のリビングでの出来事が走馬灯のように蘇る。芦原を犯人として追い詰めたその直後、突如として現れた新たな犠牲者──これが意味するものは何なのか。

「まさか……芦原さんが関係しているのか?」

葉羽は考えを巡らせながら、再び伊達の体に視線を戻した。伊達の顔には、何かに驚いたような表情が浮かんでいた。鳴海の時と同じように、死の直前に何かを感じ取っていたようだった。

「彩由美、君は彼が何かを言ったり、動いたりしているのを見なかったか?」

葉羽は彩由美に尋ねたが、彼女は悲しそうに首を振った。

「いいえ……突然、大きな音がしたと思ったら、もう彼が倒れていて……」

「そうか……」

葉羽は再び伊達の死因を推理しようと頭を巡らせた。鳴海の死と同様に、何らかの毒が使われた可能性もあるが、伊達の体には外傷がなく、その死因が何であるかをすぐに特定することは難しかった。

---

その時、後ろから冷たい声が響いた。

「どうやら、また新しい犠牲者が出たようね」

振り返ると、芦原美鈴がリビングのドアからこちらを見ていた。彼女の表情は冷静そのもので、まるでこの出来事が予測できていたかのように見える。

「芦原さん……これはあなたの仕業なのか?」

葉羽は疑念の目を向けたが、芦原は軽く首を振った。

「私じゃないわ。こんな状況、私が手を下さなくても十分に混乱しているもの。誰が殺したかなんて、もう関係ないわよね?」

その言葉に、葉羽は強い違和感を覚えた。確かに芦原は犯人だが、彼女の様子からは、まるでこの状況を利用しようとしているかのような意図が感じられた。

「まさか……これも計画の一部なのか?」

葉羽は考えを巡らせたが、状況がさらに混乱している今、冷静に事態を整理する必要があった。

「でも、なぜ伊達君が殺されたんだ? 彼は事件の核心には関わっていないはずだ……」

葉羽は立ち上がり、伊達が何らかの理由で狙われた可能性を考えた。だが、その理由がすぐに見つからない。何か、別の動機があるのかもしれない。

「まずはリビングに戻ろう。皆を集めて、もう一度整理しないといけない」

葉羽は彩由美を促し、リビングへ戻ることを決意した。伊達卓巳の死が事件をさらに深く複雑にした今、犯人を暴き出すための次の一手を打たねばならない。すでに二人の命が奪われたこの状況で、もうこれ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。

---

リビングに戻ると、赤城玲司や藤田茉莉、渡辺聡もすでに緊張した表情で待っていた。葉羽は改めて全員を見渡し、再び推理を開始した。

「皆、聞いてくれ。伊達君が倒れた今、事態はさらに深刻になった。私たちの中に、まだ真実を隠している者がいる。まずは全員の行動をもう一度確認し、事件を解明するための手掛かりを整理し直す必要がある」

葉羽の言葉に、全員が緊張の色を浮かべる。事件は最初の想定よりも遥かに複雑で、彼ら全員が自分の身を守るために警戒し始めていた。

「伊達君がなぜ狙われたのか、その理由を突き止めなければならない。次に何が起きるか分からない今、僕たちは一致団結してこの状況を乗り越えなくてはならないんだ」

葉羽の推理は再び動き出す。伊達卓巳の死が意味するものとは? そして、犯人が本当に狙っているものとは? 次なる真実に向けた戦いが、再び幕を開ける──。

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