仮題「難解な推理小説」

葉羽

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1章

退屈な日常と推理の種

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第1章: 退屈な日常と推理の種
「また同じだ……」

神藤葉羽(しんどう はね)は、教室の窓際で一人、飽き飽きとした表情を浮かべていた。クラスメートたちは昼休みの騒々しさの中、楽しそうに談笑し、時折笑い声が響く。だが、葉羽はその光景に興味を示さず、ただ机の上に広げた推理小説をじっと見つめている。

彼の手にあるのは、イギリスの古典的な探偵小説だ。名探偵が見事に犯人を追い詰める結末が近づいているページをめくりながら、葉羽は内心でそのトリックの甘さに失望していた。

「推理小説の登場人物たちって、どうしてこうも簡単に引っかかるんだろうな……」

葉羽は静かに呟き、ページを閉じる。彼の頭の中では、すでに数手先を見据えた仮説が練られている。犯人の動機やトリック、証拠の裏付け、それらを構築するのは彼にとって難しいことではない。というのも、葉羽は単なる読書家ではなく、極めて鋭い推理力を持った天才だった。

彼は高校2年生ながらも、学年トップの成績を誇り、クラスメートたちからも一目置かれる存在だ。しかし、そんな彼にも欠点が一つあった。それは、「退屈」だった。日常のあらゆる事象が、彼にとっては単調でありふれたものでしかなかった。だからこそ、彼はどんな日常的な事柄でも、推理という形で楽しもうとするのだ。

「もし、このクラスで事件が起こったら、どう展開するんだろう……」

窓の外をぼんやりと眺めながら、葉羽はそんなことを考えていた。隣の席では、望月彩由美(もちづき あゆみ)が、友人たちと話している。彩由美は、幼馴染であり、彼にとって唯一自然体で接することができる存在だ。彼女は葉羽とは対照的で、恋愛漫画が大好きで、ほんの少し天然なところがある。周囲からも「かわいい」と評判の美人だが、彩由美自身はそういった評価をあまり気にしていないようだった。

「葉羽、また本読んでるの?」

昼休みが終わりに近づいた頃、彩由美が葉羽の方に話しかけてきた。彼女はいつものように穏やかな笑顔を浮かべている。

「ああ、もう読み終わったよ。つまらなかったけどね」

葉羽は机の上の本を指差して答える。

「えー、そんなに面白くなかったの?」

彩由美は少し驚いたように目を丸くする。

「まあ、予想通りの展開だったし、トリックも単純すぎた。もっと頭を使わせるようなミステリーが読みたいな」

葉羽は肩をすくめながら答える。その様子を見て、彩由美は微笑んだ。

「本当に推理小説が好きなんだね。でも、そんなに難しい話ばっかり読んでたら、現実のことが退屈に感じない?」

「その通りだよ、彩由美。現実は大抵、単調で予想がつくことばかりだ。だから、いつもこうして推理して楽しんでるんだ」

「推理? 何を?」

彩由美が首を傾げると、葉羽は軽く笑みを浮かべて応じた。

「例えば、クラスメートたちの動向だとか、先生が次にどんなことを言うかとか。ある程度は予測がつくよ。今も、そこにいる男子が次にどんな会話をするか、当ててみようか?」

そう言って、葉羽は指を教室の一角にいるグループに向けた。男子たちはワイワイと賑やかに話しているが、葉羽はその中の一人の仕草を観察し、次の行動を予測する。

「もうすぐ、あの眼鏡をかけた男子が突然大きな声で『テスト範囲、知ってるか?』って聞くはずだよ」

「え、本当?」

彩由美が疑わしそうな顔をしていると、次の瞬間、葉羽が指差した男子がまさにその言葉を発した。

「おい、お前ら、テスト範囲、知ってるか?」

その場にいた彩由美は、目を丸くして葉羽を見つめる。

「すごい……本当に当たった!」

「まあ、簡単なことだよ。彼の表情と態度から、何か心配事があるのは見て取れたし、周りにそれを確認しようとしているのが分かったからね」

「さすが葉羽だね。でも、そんなふうに何でも推理してたら疲れちゃわない?」

彩由美は感心しながらも、少し心配そうに聞く。葉羽は笑みを浮かべて首を振った。

「いや、逆だよ。推理している方が楽しい。何もしないでいる方が退屈で仕方ないんだ」

その瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。葉羽は窓の外に視線を移しながら、心の中でつぶやいた。

「この退屈な日常が、いつか何か面白い方向に転がってくれたらいいんだけどな……」

葉羽は知らなかった。その「面白い方向」が、思いもよらない形で、すぐに訪れることになるのを──。
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