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5章

時間逆行の悪夢

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空木雫からの電話の後、葉羽と彩由美は急いで雫のアパートへと引き返した。しかし、既に彼女の姿はなかった。部屋の中は荒らされており、激しい抵抗の跡が残っていた。

「連れ去られた……? まさか、鏡像体に?」

彩由美は震える声で呟いた。葉羽は沈痛な面持ちで頷いた。雫は、鏡像体に関する重要な情報を握っていた。だからこそ、研究所は彼女を連れ去ったのだ。

部屋に残されたわずかな手がかりを探すと、葉羽は一枚のメモを発見した。それは、雫が書き残したと思われる、時間逆行に関するメモだった。そこには、時間逆行のメカニズムとその影響について、詳細な記述があった。

雫のメモによると、時間逆行は、特殊な装置によって生成された高密度のエネルギー場によって引き起こされる。このエネルギー場は、対象となる物体の時間軸を局所的に逆行させることができる。しかし、この技術は極めて不安定で、制御が難しい。

時間逆行の影響は、肉体だけでなく、意識にも及ぶ。時間軸が逆行する過程で、記憶は断片化し、時間感覚は歪み、人格は変容していく。それはまるで、悪夢のような体験だという。

さらに、時間逆行は対象の精神に深刻なダメージを与える。記憶の混乱、幻覚、妄想、人格の分裂など、様々な精神症状を引き起こす。そして、最終的には自我の崩壊へと繋がる。

葉羽は、雫のメモを読みながら、被害者たちの症状を思い出した。記憶障害、時間感覚の異常、そして「私は私ではない」という言葉。全てが、時間逆行の影響と一致する。

「被害者たちは、鏡像体に意識を転移させられ、時間逆行の実験台にされていたんだ」

葉羽は呟きながら、被害者たちの苦しみを想像した。意識を別の肉体に移植され、時間軸を弄ばれ、自我を崩壊させられていく恐怖は、想像を絶するだろう。

「なんて酷いことを……」彩由美は涙を浮かべていた。彼女もまた、被害者たちの苦しみを想像し、心を痛めていた。

葉羽は、時間逆行によって被害者たちの記憶や人格が変容していく過程を推理し始めた。

まず、鏡像体に意識が転移されると、時間逆行の影響で記憶が断片化していく。過去の記憶、現在の記憶、未来の記憶が混濁し、時間軸が歪んでいく。そのため、被害者たちは、自分がどこにいるのか、自分が誰なのか分からなくなっていく。

次に、時間感覚が歪んでいく。数秒が永遠のように感じられたり、逆に数日が一瞬のように過ぎ去ったりする。そのため、被害者たちは、時間の流れを正常に認識できなくなり、現実と虚構の境界が曖昧になっていく。

そして、人格が変容していく。時間逆行の影響で、鏡像体の肉体は老化と若返りを繰り返す。その度に、人格もまた変化していく。幼児期の人格、青年期の人格、老年期の人格が混在し、最終的には、元の患者の人格は完全に崩壊してしまう。

「まるで、悪夢の中に閉じ込められたみたいだ……」

葉羽は呟きながら、被害者たちの恐怖を想像した。それは、まさに生き地獄と言えるだろう。

その時、彩由美が部屋の隅に置かれた段ボール箱に気づいた。それは、雫が所有していた私物が入った箱だった。

「葉羽くん、これを見て」

彩由美が箱の中から一冊の日記を取り出した。それは、被害者の一人が書き残した日記だった。

葉羽は日記を読み始めた。そこには、時間逆行の苦しみと恐怖が、生々しく綴られていた。

「……頭が痛い。記憶が混乱している。ここはどこだ? 私は誰だ? ……違う、私は私だ。私は○○だ。……でも、違う。私は別の誰かだ。……時間が歪んでいる。未来の私が過去の私に話しかけている。……怖い。助けて。誰か助けて……」

日記には、自我崩壊の恐怖と、時間逆行を操る「何か」の存在が示唆されていた。

「……私は見てしまった。時間逆行を操る者を。それは、人間ではない。異形の姿をした、何かだ。……それは、私の中にいる。私の意識を乗っ取ろうとしている。……私は、もう長くはないだろう。だが、この日記が誰かの目に触れ、真実が明らかになることを願う……」

日記はそこで終わっていた。葉羽は日記を閉じ、深く息を吸い込んだ。雫のメモと被害者の日記、そしてあの異形の影。全てが繋がり始めた。

「時間逆行を操る「何か」……それが、鏡像体の正体なのか?」

葉羽は呟きながら、窓の外を見上げた。夜空には、満月が不気味に輝いていた。まるで、何かを暗示しているかのように。
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