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22章

意識の残滓

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瑠璃堂蓮の二度目の逮捕。偽りの記憶の暴露。すべての真相が白日の下に晒され、事件は完全に終結した。しかし、幽霊屋敷にまつわる不可解な現象、そして人々の間に囁かれる“幽霊”の噂は、消えることがなかった。

事件後、葉羽は再び幽霊屋敷を訪れていた。屋敷は、以前にも増してひっそりと静まり返り、まるで深い眠りに落ちた巨人のようだった。屋敷内を吹き抜ける風の音、木の軋む音、それらはすべて、静寂を増幅させる効果音のように、葉羽の耳に届いた。

葉羽は、五十嵐の書斎に座り、事件を振り返っていた。瑠璃堂の巧妙なトリック、五感操作薬の恐るべき力、そして量子複製装置が生み出した悲劇。それらはすべて、葉羽の心に深い傷跡を残していた。

ふと、葉羽は机の上にある一枚の写真に目を留めた。それは、五十嵐と翡翠川が並んで写っている写真だった。五十嵐は穏やかに微笑み、翡翠川は少し緊張した面持ちで、彼の隣に立っていた。

「…翡翠川さん…」

葉羽は、写真を見ながら呟いた。翡翠川は、五十嵐に心酔していた。彼女は、五十嵐の研究を支え、彼を深く尊敬していた。しかし、五十嵐は、彼女の信頼を裏切り、彼女を事件に巻き込んでしまった。

葉羽は、翡翠川に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼は、翡翠川に真実を伝えるべきかどうか、迷っていた。

その時、書斎のドアが開き、翡翠川が入ってきた。彼女は、少し疲れた様子だったが、いつもの落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

「…葉羽くん、どうしたの?また何か気になることがあるの?」

翡翠川は、葉羽に尋ねた。葉羽は、翡翠川に五感操作薬の副作用について説明した。

「…翡翠川さん、貴女も、瑠璃堂に偽の記憶を植え付けられていた可能性があります」

葉羽の言葉に、翡翠川は少し驚いた様子を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「…そう…かもしれないわね。でも、私は、自分の記憶を信じているわ。五十嵐さんは、確かに素晴らしい科学者だった。彼は、量子力学の研究を通して、人類の未来に貢献しようとしていた。私は、彼の意志を継ぎ、彼の研究を完成させたいと思っているの」

翡翠川の言葉に、葉羽は心を打たれた。彼女は、五十嵐の裏切りによって深く傷つきながらも、彼の意志を継ごうとしていたのだ。

「…翡翠川さん…」

葉羽は、感嘆の念を込めて翡翠川の名前を呼んだ。

「…でも、一つだけ、気になることがあるの」

翡翠川は、少し真剣な表情で言った.

「…何ですか?」

葉羽は、尋ねた.

「…幽霊屋敷で起こる、不可解な現象についてよ。夜中に聞こえる物音、急に冷たくなる空気、そして、白い影…まるで、五十嵐さんの魂が、まだこの屋敷に留まっているかのような…」

翡翠川の言葉に、葉羽はハッとした。彼は、事件の真相を解明することに集中するあまり、幽霊屋敷の怪奇現象について深く考えていなかった。

「…確かに、おかしいですね。事件は解決し、瑠璃堂も逮捕された。なのに、なぜ、まだ怪奇現象が起こるのでしょうか…?」

葉羽は、考え込んだ。

「…もしかして、魂の転写は、完全に失敗したわけではなかった…?」

翡翠川は、恐るべき仮説を口にした。

「…どういう意味ですか?」

葉羽は、翡翠川に尋ねた。

「…量子複製装置は、物質だけでなく、魂の一部も複製することができる。もしかして、五十嵐さんの魂の一部が、この屋敷に残留しているのではないでしょうか…?」

翡翠川の言葉に、葉羽は戦慄した。もし、それが本当だとしたら、幽霊屋敷には、五十嵐の意識の残滓が彷徨っていることになる。

「…それを確かめる方法があります」

葉羽は、真剣な表情で言った.

「…どんな方法ですか?」

翡翠川は、葉羽に尋ねた。

「…量子複製装置を使えば、残留思念を読み取ることができるはずです」

葉羽は、説明した.

二人は、再び秘密実験室へと向かった。そして、量子複製装置を使って、幽霊屋敷に残留する思念を読み取ろうとした。

装置が稼働し始めると、部屋中に奇妙な音が響き渡った。それは、まるで魂が呻き声を上げているかのような、不気味な音だった。

そして、装置のモニターに、ぼんやりとした映像が映し出された。それは、五十嵐の姿だった。彼は、悲しげな表情で、何かを訴えているようだった。

「…私は…間違っていた…」

五十嵐の声が、装置から聞こえてきた。

「…五十嵐さん…」

翡翠川は、涙を流しながら、五十嵐の名前を呼んだ.

五十嵐の残留思念は、自分の犯した罪を悔い、そして、翡翠川に謝罪していた。彼は、自分の研究が、多くの人々を不幸にしてしまったことを、深く後悔していたのだ。

五十嵐の残留思念は、やがて消滅した。しかし、彼の言葉は、葉羽と翡翠川の心に深く刻まれた。

二人は、科学技術の進歩が、常に人類の幸福に繋がるとは限らないことを、改めて認識した. そして、彼らは、科学技術の光と影を見つめ続け、未来を切り開いていくことを誓った。
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