上 下
1 / 25
1章

日常の推理ゲーム

しおりを挟む
秋の夕暮れ。燃えるような夕陽が、焔星高等学校の校舎をオレンジ色に染め上げていた。神藤葉羽は、図書館の窓際の席で、電子書籍リーダーに熱中していた。画面に映し出されているのは、アガサ・クリスティの傑作、『そして誰もいなくなった』。何度読んでも、その緻密なプロットと巧妙なトリックには感嘆させられる。

「ふぅ…見事な伏線回収だ」

小さく呟き、葉羽は電子書籍リーダーを閉じた。時刻は午後6時。閉館時間まであと30分。そろそろ帰らなければならない。

葉羽は窓の外に目をやった。校庭では、野球部の部員たちが練習に励んでいる。白球が空高く舞い上がり、夕陽に照らされて輝いている。その光景をぼんやりと眺めながら、葉羽は先ほど読んだ小説のトリックについて考え始めた。孤島に集められた10人の男女が、一人ずつ謎の死を遂げていく。犯人は誰なのか?密室トリックはどのようにして成立したのか?

「…なるほど、犯人は意外な人物だったか」

葉羽は、小説のトリックを改めて分析し、感嘆の息を漏らした。彼は、推理小説を読むだけでなく、日常の些細な出来事からも推理を試みる癖があった。例えば、今日図書館に来たとき、入口のマットに付着していた泥の量と形状から、今朝雨が降ったこと、そしてその雨は短時間だが激しいものであったことを推測した。

「葉羽くん、まだ読んでるの?」

聞き覚えのある声が、葉羽の思考を中断させた。振り返ると、そこには幼馴染の望月彩由美が立っていた。柔らかな笑顔と、肩まで伸びた黒髪が、夕陽の光に照らされて輝いている。

「ああ、彩由美。閉館時間まで、もう少しだけ」

葉羽は微笑みながら答えた。彩由美は、葉羽と同じクラスで、明るく優しい性格だった。二人は小学生の頃からの幼馴染で、お互いの家も近かった。

「もうこんな時間!早く帰らないと、お母さんに怒られちゃう」

彩由美は少し慌てた様子で言った。葉羽は、電子書籍リーダーを鞄にしまい、席を立った。

「よし、じゃあ一緒に帰ろう」

二人は並んで図書館を出た。オレンジ色の夕焼け空の下、静かな校内を歩きながら、他愛のない会話を交わした。

「今日の晩ご飯、何かなあ」

彩由美が呟いた。

「僕はカレーかな。昨日の夕飯の残りのカレーがあるから」

葉羽は答えた。普段は自炊しているが、実家が裕福で、使用人や料理人を雇うことも容易に出来る経済力があった. しかし、両親は仕事で海外を飛び回っており、ほとんど家にいない。広い屋敷で一人暮らしをするよりも、自炊をして気ままに生活をする方を好んでいた.
そのため、一人で食事をする時は昨日の残り物で済ませることも少なくなかった.

彩由美が少し驚いた顔をした.
裕福な家庭であることを彩由美は知っていた。しかし、葉羽はそれをひけらかすことは一切なく、質素に堅実に生活していた.

「ええっ!カレーの残り?もったいないよ!もっと美味しいもの食べなよ!たまには私の家でご飯食べない?」

彩由美が提案した。葉羽は少し照れくさそうに答えた。

「いや、大丈夫だよ。カレーも好きだし」

二人は並んで校門を出た。

「じゃあ、また明日ね」

彩由美が笑顔で手を振った。

「ああ、また明日」

葉羽も手を振り返した。二人は別々の道へと進んでいった。

葉羽は、家路を歩きながら、今日の出来事を振り返っていた。図書館で読んだ推理小説、彩由美との会話、夕焼け空の美しさ。どれも平凡で何気ない出来事だが、葉羽にとってはかけがえのない日常だった。

その時、葉羽のスマホに緊急速報のニュースが飛び込んできた。画面には、「町外れの幽霊屋敷で殺人事件発生」という見出しが大きく表示されていた。

「幽霊屋敷…?」

葉羽は、その屋敷の名前に見覚えがあった。町外れの森の中にひっそりと佇む、古びた洋館。不気味な噂が絶えない場所で、地元の人々からは「呪われた屋敷」と呼ばれていた.
近づいてはいけないと言われているにもかかわらず、子供の頃、好奇心から何度か彩由美と一緒に屋敷の周りまで忍び込んだ記憶があった。

「まさか、本当に幽霊の仕業…?」

葉羽は、胸騒ぎを覚えながら、ニュース記事を読み進めた. 被害者は屋敷の主人、五十嵐進太郎。密室状態の自室で、胸にナイフが突き刺さった状態で発見されたという。警察は自殺の可能性も視野に入れ捜査を進めているとあったが…

「自殺…か?」

葉羽は、何か腑に落ちないものを感じた。記事によると、五十嵐の自室は内側から鍵がかかっており、窓もすべて閉鎖されていたという。まるで完全な密室。

「…まるで推理小説みたいだな」

葉羽は、思わず呟いた。その時、彼の頭の中に、ある考えが閃いた.

(もし、これが自殺ではなく、殺人だとしたら…?)

この考えは、葉羽の推理魂に火をつけた。彼は、この事件の真相を解明したいという衝動に駆られた。まるで、自分が推理小説の探偵になったかのような気分だった。

その時、彼のスマホに着信があった. 画面には彩由美の名前が表示されていた。

「もしもし、葉羽くん?ニュース見た?幽霊屋敷で殺人事件だって…」

彩由美の声は、震えていた.

「ああ、見たよ。彩由美、大丈夫か?」

「う、うん…でも、ちょっと怖い…」

彩由美の不安そうな声が、葉羽の心に響いた。幼馴染である彩由美を守るためにも、この事件の真相を突き止めなければならない。彼は心に誓った。

(待っていてくれ、彩由美。必ずこの事件を解決してみせる。)

葉羽は、決意を新たにした。そして、事件の舞台となる、幽霊屋敷へと向かうことを決意する.

この事件が、彼の人生を大きく変えることになるとも知らずに…。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

一輪の廃墟好き 第一部

流川おるたな
ミステリー
 僕の名前は荒木咲一輪(あらきざきいちりん)。    単に好きなのか因縁か、僕には廃墟探索という変わった趣味がある。  年齢25歳と社会的には完全な若造であるけれど、希少な探偵家業を生業としている歴とした個人事業者だ。  こんな風変わりな僕が廃墟を探索したり事件を追ったりするわけだが、何を隠そう犯人の特定率は今のところ百発百中100%なのである。  年齢からして担当した事件の数こそ少ないものの、特定率100%という素晴らしい実績を残せた秘密は僕の持つ特別な能力にあった...

水華館−水の中の華たち−

桜月 翠恋
ミステリー
時は大正あたりだろうか? 珍しい華を飾る館があるという噂が広まっていた その珍妙な館の取材をするために記者である一人の男が 館の主である、女神と話し、真実を探るための物語である… なお、この作品には過激な表現が含まれる可能性があります ご注意ください。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...