密室島の輪舞曲

6章

月影館の秘密

夜半過ぎ、葉羽は一瞬意識が冴えた時間を利用して、館内を探索することを決意した。彩由美を安全な場所で休ませ、懐中電灯を手に暗い廊下へと足を踏み出した。

「この建物、何かがおかしい」

葉羽は壁をつたいながら歩く。頭痛と吐き気が襲ってくるが、それを必死に押し殺す。館内の気温は更に下がり、息が白く凍る。

突如、廊下の突き当たりで、何かが光った。近づいてみると、それは古い鏡だった。しかし、その表面には奇妙な模様が浮かび上がっている。

「これは...回路図？」

鏡の曇りを拭うと、そこには確かに建物の設計図のような図面が浮かび上がっていた。化学物質に反応して現れる特殊インクで描かれたものらしい。

『実験制御室 B3』
『音波発生装置 配置図』
『化学物質散布システム概略』

葉羽は急いでスマートフォンで写真を撮ろうとしたが、バッテリーが急激に消耗していく。かろうじて最後の一枚を撮影した時、背後で物音がした。

振り返ると、望月俊介が立っていた。

「やはり...君か」俊介の声は虚ろだ。「私の予想通り...鋭いね」

「叔父さん！」葉羽は叫びそうになるのを抑えた。「あなたは知っていたんですね。この館で何が起きているのか」

俊介はゆっくりと頷いた。「30年前...私たちは禁忌を犯した。人間の意識を操作する実験...しかし、結果は悲惨だった」

「では、今回も...」

「違う」俊介が遮る。「今回は誰かが、その失敗した実験を完成させようとしている。より洗練された方法で...」

その時、廊下の照明が激しく明滅し始めた。俊介の表情が歪む。

「地下...地下を探れ。でも気を付けろ。この館の本当の恐ろしさは...」

言葉の途中で、俊介が突然苦しみ始めた。そして、意識を失ったように崩れ落ちる。

葉羽は急いで医務室に俊介を運んだ後、図書室に向かった。鏡に映っていた設計図を詳しく調べる必要がある。

図書室の古い資料を探っていると、一冊の革表紙の本が目に留まった。

『月影プロジェクト 完全記録』

ページを開くと、衝撃的な内容が記されていた。

『被験者の90%が重度の知覚異常を発症
 実験開始から72時間後、制御不能な集団催眠状態に
 死亡者4名、重度後遺症10名
 プロジェクト緊急停止』

そして、最後のページには警告が。

『この実験を再開してはならない。人間の意識への干渉は、予測不能な結果をもたらす』

葉羽は急いでノートに重要事項を書き写した。
・地下3階に制御室
・音波と化学物質の複合作用
・72時間という時間制限
・集団催眠の危険性

突然、本のページが勝手にめくれ始めた。空調からの風ではない。まるで誰かが...

背後を振り返ると、そこには...誰もいなかった。しかし、確かに人の気配がした。

その時、館内放送が鳴り響く。

『実験時間：残り36時間
  現在の被験者生存率：82%
  次のステージに移行します』

葉羽は急いで彩由美の元に戻ろうとした。しかし、廊下を走る途中、激しいめまいに襲われる。視界が歪み、壁が呼吸しているように見えた。

「これは...幻覚？」

意識を保とうと必死にもがく中、葉羽は確信した。この館は、30年前の実験の失敗を教訓に、より完璧な「人間牧場」として設計されているのだと。

そして今、その牧場で「収穫」が始まろうとしていた。

「彩由美...」

葉羽は意識が遠のく中、必死に立ち上がろうとした。しかし、体が言うことを聞かない。

廊下の突き当たりで、誰かが笑っている。機械的で、歪んだ笑い声が...。