密室島の輪舞曲

5章

恐怖の前兆

朝日が昇る前、葉羽は激しい頭痛で目を覚ました。隣で眠る彩由美も、苦しそうな寝息を立てている。

「おかしい...」

部屋の空気が妙に重い。喉が渇き、視界がちらつく。これは単なる疲れではない。

朝食の席には、半数以上の参加者が姿を見せなかった。現れた者たちも、皆一様に具合が悪そうだった。

「私の部屋で...奇妙な振動音が...」神経科医の白石が震える手でコーヒーカップを持ちながら語る。「まるで...30年前の...」
言葉の途中で、彼女は急に口を噤んだ。

「白石先生」葉羽は静かに問いかけた。「30年前の実験について、詳しく教えていただけませんか？」

沈黙が続く。やがて白石は深いため息をつき、重い口を開いた。

「あれは、人間の知覚と意識を操作する実験だったの。音波と化学物質を組み合わせて...」

突然、彩由美が椅子から崩れ落ちた。

「彩由美！」

葉羽が駆け寄ると、彼女の顔は蒼白で、全身が冷や汗で濡れていた。

「葉羽くん...私の体が...氷のように...」

医務室に運ぶ途中、廊下の壁に設置された古い温度計が目に入った。22度...真夏の館内にしては異常に低い。

そして、もう一つの異変に気付く。壁という壁に、微細な結晶のような物質が付着していた。葉羽がそれを拭い取ろうとした瞬間。

「触れないで！」

振り返ると、化学研究者の村田が立っていた。

「あれは...ある種の有機金属化合物よ。皮膚に触れただけでも...」
その時、村田自身が激しい咳き込みを始めた。

医務室のベッドで横たわる彩由美の具合は一向に良くならない。

「彩由美、目を開けていて」葉羽は彼女の手を握りながら懇願した。「何か話して」

「葉羽くん...私、怖いの...」彩由美の声が震えている。「さっきから、誰かの声が聞こえるの。でも、それが誰の声なのか...分からなくて...」

その時、医務室の古い機械が突然うなりを上げ始めた。心電図モニターが異常な波形を描き、点滴のボトルが微かに振動する。

葉羽は直感的に彩由美を抱き上げ、部屋から飛び出した。その数秒後、医務室の電気系統が爆発的なショートを起こし、火花が散った。

「これは...実験室だ」葉羽は悟った。「この館全体が、巨大な実験室になっている」

その日の午後、新たな発見があった。館の地下室で、古い研究ノートが見つかったのだ。

『被験者実験記録 月影プロジェクト phase1
目的：人間の知覚限界の解明と意識制御
使用物質：有機金属化合物M-47、超音波発生装置...』

しかし、それ以上を読む前に、地下室の電気が切れた。懐中電灯を点けると、壁一面に奇妙な数式が書かれているのが見えた。そして、その下には...

『失敗作は全て排除せよ』

暗闇の中、どこからともなく機械的な笑い声が響く。葉羽は彩由美を抱きかかえたまま、急いで地下室を後にした。

夕方になって、新たな異変が起きた。参加者全員が、同じような症状を訴え始めたのだ。
・激しいめまい
・視覚の歪み
・幻聴
・体温低下

「これは...催眠作用？」葉羽は自分のノートに書き込んだ。
・館全体に仕掛けられた装置
・空調システムを使った薬物散布？
・音波による知覚操作
・温度管理による生理機能への干渉

窓の外では、台風がますます激しさを増していた。そして今や、誰もが確信していた。

これは、30年前の悪夢が再現されようとしているのだと。

「葉羽くん...」意識が朦朧としながらも、彩由美は彼の手を握った。「私たち...実験台なのね」

葉羽は答える代わりに、彼女の手をより強く握り返した。そして、館の何処かで響く低い振動音に耳を澄ました。

まるで巨大な生き物の呼吸のような、その音に。