密室島の輪舞曲

２章

最初の犠牲者

夜の10時を過ぎた月影館の食堂。豪華なディナーが終わり、葉羽は参加者たちを観察していた。化学者の山岸誠一、物理学者の望月俊介、音響工学者の鈴木香織...そのほかの参加者も、皆が各分野での第一人者だ。しかし、彼らの会話には奇妙な緊張感が漂っていた。

「葉羽くん」彩由美が小声で話しかけてきた。「皆さん、何か隠し事してるみたい」

確かにその通りだった。表面的には穏やかな会話を交わしているものの、互いを警戒するような視線が飛び交っている。特に山岸誠一は、何度も神経質そうに腕時計を確認していた。

「失礼します」突然、山岸が席を立った。「少し気分が悪いので、部屋で休ませていただきます」

その背中には、異常なほどの汗が滲んでいた。葉羽は違和感を覚えた。食事中、山岸はほとんど手をつけていなかったはずだ。

深夜0時を回った頃、館内に悲鳴が響き渡った。

「山岸さんが...山岸さんが！」

メイドの叫び声に、全員が山岸の部屋に駆けつけた。しかし、部屋の扉は内側から固く閉ざされていた。

「鍵は内側からかかっています」執事が告げる。「窓も全て内側から施錠されています」

「壊せ！」望月俊介が叫んだ。

数人がかりで扉を破ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

山岸誠一が、天井から首を吊っていた。部屋の中央で、静かに揺れる死体。床には倒れた椅子。典型的な自殺現場のように見えた。

「これは...自殺？」誰かがつぶやく。

しかし、葉羽の目は別のものに釘付けになっていた。天井の古い扇風機、微かに揺れるカーテン、そして床に落ちた山岸の腕時計。針は11時37分で止まっている。

「待ってください」葉羽が声を上げた。「これは自殺ではありません」

部屋の中の空気が凍りついた。

「どういうことだ？」望月俊介が問う。

「まず、部屋の温度が不自然です。外は真夏なのに、この部屋だけ異常に涼しい。そして...」

葉羽は床に近づき、何かを拾い上げた。極小の金属片だった。

突然、部屋の電気が消え、暗闇が訪れる。数秒後、非常灯が点灯したが、その僅かな時間に、葉羽は確かに見た。扇風機から漏れる微かな青い光を。

「これは殺人です」葉羽は断言した。「しかも、完全な密室殺人」

彩由美が葉羽の袖を掴んだ。その手が震えている。

「でも、どうやって...」

その時、館内放送が鳴り響いた。先程と同じ機械的な声。

『第一幕の幕開けです。皆様、お楽しみください』

部屋の中の誰もが、背筋が凍る思いを味わっていた。葉羽は山岸の死体をもう一度見上げた。不自然に青ざめた顔。首のロープの跡。しかし、それは全て偽装なのではないか？

月が雲に隠れ、館の中は更なる暗闇に包まれていった。誰かが「明日の朝まで、各自の部屋で待機しましょう」と提案し、皆、それに同意した。

自室に戻った葉羽は、ノートを広げ、気付いた点を書き出し始めた。
・異常な室温
・扇風機の青い光
・床の金属片
・時計の示す時刻
・山岸の奇妙な行動

「まるで...誰かが実験をしているみたいだ」

窓の外では、波の音が不気味に響いていた。そして遠くで、誰かの笑い声が聞こえたような気がした。機械的で、どこか歪んだ笑い声が...。

葉羽は枕元に置いた招待状を見つめた。銀色のインクが、月明かりに照らされて不気味に輝いている。これは単なる殺人事件ではない。もっと恐ろしい何かが、この館で始まろうとしているのだ。

部屋の扇風機が、ゆっくりと回り始めた。