霧崎時計塔の裂け目

葉羽

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4章

時の裂け目と契約の代償

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神藤葉羽と望月彩由美は、霧崎璃久の告白に動揺しながらも、次第に街全体が「時間の狭間」に囚われつつあるという現実を理解し始めていた。目の前にいる霧崎は、ただの転校生ではなく、「時間を操る一族」の最後の生き残り。彼の一族は、過去に禁断の術を用い、永遠の命を追い求めた結果、時間が歪み、街そのものが狂い始めていたのだ。

葉羽と彩由美は、霧崎に導かれ、街の運命を左右する「最後の真実」を求めて時計塔へ向かう。霧に覆われ、誰もが恐れを抱くこの時計塔こそ、すべての謎の中心地であり、時間の崩壊を引き起こしている「源」だった。

時計塔の入り口は、巨大で古びた鉄の扉だった。扉の上には複雑な模様が刻まれており、まるで時計のギアが絡み合うように歪んだデザインが描かれていた。霧がその表面を這うように漂っており、塔自体が生きているかのような不気味な雰囲気を漂わせていた。

「ここがすべての始まりであり、終わりだ……」霧崎はそう言って扉に手をかけた。

扉が重々しい音を立てて開くと、内部からは冷たい風が吹き抜け、時間の異常を感じさせるような妙な静けさが広がっていた。塔の内部は暗く、螺旋階段が上へと続いている。葉羽は何かが自分たちを見ているかのような圧迫感を覚えながらも、階段を上る決意をした。

階段を一段一段、慎重に進む葉羽と彩由美。その後ろを静かに歩く霧崎の足音が、妙に遅れて聞こえる。まるで時間そのものが塔の中で歪んでいるかのようだ。上へ行くにつれて、空気はますます重く、冷たくなっていく。遠くで鐘の音が響き、それが現実の時間とは異なるリズムを刻んでいるのがわかる。

やがて、彼らは最上階に辿り着いた。そこには、巨大な振り子時計が存在していた。だが、その振り子は止まっており、まるで時間の流れ自体が停止しているかのようだった。壁には無数の歯車が埋め込まれており、それらが微かに震えているのが見える。歯車の動きは、まるで何かを待っているかのように不規則で、神経を逆なでするような音を立てていた。

「この振り子が、街の時間を操る装置だ。俺の一族が作り上げた……だが、その代償は大きすぎた」霧崎は静かに語り始めた。

彼の一族は、永遠の命を得るためにこの装置を作り、時間を操る術を手に入れた。しかし、それはあまりにも危険な力だった。時間を操作することは、すべての法則を無視し、世界のバランスを崩壊させる行為だった。やがて、一族の者たちは次々と消え去り、時間の歪みに飲み込まれていった。そして、彼らが支配していた街自体が「時間の狭間」に囚われることとなったのだ。

「俺はその崩壊を止めるため、ここに来た。だが、もう手遅れかもしれない……この塔は、時間そのものを崩壊させつつある。俺がここにいる限り、街はこの狭間から逃れることはできないんだ」

霧崎の言葉に、葉羽は驚きを隠せなかった。彼は今まで、霧崎が何らかの悪意を持ってこの街に来たと思っていた。しかし、実際は違った。霧崎は自らの命を犠牲にしてでも、この街を守ろうとしていたのだ。

「じゃあ……どうすれば、この崩壊を止められるんだ?」葉羽は問いかけた。

霧崎は沈黙したまま、振り子時計を見つめていた。そして、やがて口を開いた。

「一つだけ方法がある。だが、それには大きな代償が伴う。俺が時間の流れを元に戻すためには、この塔を壊し、俺自身も消滅しなければならない」

「消滅……?君が……?」

霧崎は静かに頷いた。「この塔の存在は、俺の命と結びついている。この街が時間の狭間から抜け出すためには、俺という存在が消えなければならないんだ。そうすることで、街は本来の時間の流れに戻るだろう」

葉羽と彩由美は愕然とした。霧崎は、すべてを犠牲にしてでもこの街を救おうとしている。だが、それは彼自身の命をも奪うことになるのだ。

「でも……そんなの、あまりにも残酷すぎるよ!」彩由美が涙ぐんで叫んだ。彼女は、霧崎の苦しみを感じ取っていた。彼はこの街を救うために自らの命を犠牲にする運命にありながら、それを受け入れている。その姿に、彼女は強い悲しみを覚えた。

「霧崎、君がいなくなったら……俺たちはどうすればいいんだ?」葉羽は必死に問いかけた。彼は、霧崎がいなくなることがどれほど大きな犠牲であるかを理解していた。

「俺の運命は、もはや変えることはできない。だが、お前たちにはまだ時間がある。この街が崩壊する前に、すべてを終わらせなければならないんだ。俺が消えれば、街は元に戻る。そして、お前たちはこの狂った時間から解放される」

霧崎の声には、どこか諦めのような静けさがあった。彼は、すべてを悟った上で自らの命を差し出す覚悟を決めていたのだ。

葉羽はその場に立ち尽くし、頭を抱えた。彼は、これまで数多くの推理小説を読み、様々な難解な謎を解いてきた。しかし、今目の前にある現実の選択肢は、あまりにも過酷で、単純な論理では割り切れないものだった。霧崎の消滅という犠牲によってしか、街を救うことはできないのか?

「本当に、それしか方法はないのか?」葉羽は最後の望みに賭けるように尋ねた。

霧崎は静かに首を振った。「他に方法はない。俺がこの塔と共に消えることでしか、この街の崩壊は止まらないんだ」

その時、彩由美が一歩前に出た。彼女の目には決意が宿っていた。

「葉羽、霧崎……この街を救うために、私たちは何ができるのか、もう一度考えようよ。霧崎が消えることが唯一の解決策だとしても、私たちにできることがあるはず」

彼女の言葉に、葉羽は目を閉じて深く考えた。そして、彼の頭の中でひらめきが生まれた。

「……もしかすると、霧崎が消える必要はないかもしれない」

葉羽の言葉に、彩由美と霧崎は驚いた表情を見せた。

「どういうことだ?」霧崎が問う。

「この塔が時間の歪みを引き起こしているのなら、塔自体の構造を変えることで、時間の流れを元に戻すことができるかもしれない。つまり、霧崎が消えるのではなく、時間のバランスを取り戻す方法があるはずだ。この振り子時計を、正しい時間の流れに再設定することができれば……」

葉羽は、推理小説で数多くの「時間トリック」を読んできた経験をもとに、理論を展開し始めた。時計の歯車を正確に動かし、時間の歪みを解消する方法を見つければ、霧崎が消える必要はない。そして、街全体も元に戻るかもしれない。

「それが……可能なのか?」霧崎の声には、微かな希望が宿っていた。

「やってみる価値はある。俺たちは、まだ諦めるべきじゃない」

葉羽は振り子時計の前に立ち、塔の歯車を一つずつ丁寧に調べ始めた。彼の脳内では、これまでに読んできた数々の推理小説の知識が、まるでパズルのように組み合わさっていった。そして、その知識が一つの結論へと導いていく。

「これだ……これで時間の流れを正すことができる」

葉羽が振り子時計の仕組みを解明し、慎重に歯車を調整していくと、突然、塔全体が低い唸り声を上げ始めた。歪んだ時間の波動が少しずつ収束し、正常な流れを取り戻しつつあるのが感じられた。

「葉羽、すごい……!」彩由美が歓声を上げた。

霧崎も驚きながらも、どこかほっとした表情を浮かべていた。

「本当に……時間が戻り始めている」

塔の振り子が再び規則的に動き始め、街全体の時間が少しずつ正常なリズムを取り戻していく。葉羽の推理は正しかった。街は崩壊せず、霧崎も消えることなく、すべてが元に戻る――そう信じていた。

しかし、その瞬間、塔の奥から異様な気配が漂ってきた。

「まだ……終わっていない」

霧崎が呟く。その視線の先には、もう一つの謎が待ち構えていた。
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