霧崎時計塔の裂け目

葉羽

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1章

謎の転校生と閉ざされた街

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神藤葉羽は、その日も学校の図書室で一人、推理小説に没頭していた。古い紙の匂いが心地よく、ページをめくる音がまるで時計の秒針のようにリズムよく響く。葉羽にとって、推理小説は単なる趣味ではなく、日常にスパイスを与える知的な遊戯だった。誰かが複雑に張り巡らせた謎を解き明かし、論理で勝つ感覚は、他に代えがたい快感だった。

そんな静寂なひとときを壊すように、突然のチャイムが響いた。授業開始を告げる音に、葉羽はしぶしぶ本を閉じ、教室に向かった。望月彩由美もすでに席についていて、いつものように彼を笑顔で迎えた。彩由美は葉羽の幼馴染で、いつも優しさを全身にまとったような存在だった。少し天然なところがあり、時に自分のことよりも他人を気にかける姿勢が、葉羽には微笑ましくも頼もしかった。

「また推理小説読んでたの?」彩由美が小声で話しかけてくる。

「まあね。あのページをめくる音がどうしてもやめられないんだ」と葉羽は軽く笑い返した。

しかし、その日の授業は、何か違っていた。教室に入ってきた担任の先生が、普段よりも少し緊張した表情で黒板に何かを書き始めた。

「みんな、今日は転校生を紹介します。彼は……」

先生が紹介した転校生は、これまで葉羽が見たことのない、どこか異様な雰囲気をまとった少年だった。背は高く、無表情で淡々としている。まるで時間そのものが彼を取り巻いて止まっているような、不気味な静けさを感じさせた。

「霧崎璃久(きりさき りく)です。よろしくお願いします」

霧崎璃久——その名前を聞いた瞬間、葉羽は何故か胸の奥がざわつくのを感じた。彼の瞳はまるで深い闇を宿しているようで、どこを見ているのか分からない。彼がこちらを見た瞬間、葉羽は一瞬目をそらした。

授業中も葉羽は落ち着かなかった。時折、霧崎がこちらを見ているような気がして、気のせいだと分かっていても、どうしても意識してしまう。そんな緊張が、いつしか教室全体にも広がっていくのを感じた。

放課後、彩由美と帰ろうとしたとき、彼女が不安げに言った。

「ねえ、葉羽……なんか、街が変じゃない?」

「どういうこと?」

「霧がいつもより濃くて、街の外に出られなくなってるみたいなの……みんな不安そうにしてた」

葉羽は驚きながらも、彩由美の言葉を信じるしかなかった。確かに、今朝から街には異様な霧が立ち込めていた。だが、それが街全体を閉ざしてしまうほどのものだとは思いもよらなかった。葉羽は、その霧の異常さと霧崎の転校が、単なる偶然とは思えなかった。

帰り道、葉羽と彩由美は、その霧の中を歩いた。視界はいつもよりも不明瞭で、何かがひそかに街全体を飲み込もうとしているような圧迫感があった。豪邸に一人で住む葉羽は、普段は静けさを楽しんでいたが、この日は不安が胸に広がっていた。

「霧がずっとこんな感じだと、なんだか落ち着かないよね……」彩由美が少し怯えた声で言う。

「大丈夫だ。何か原因があるはずだし、すぐに晴れるさ」と葉羽は彼女を安心させるように言ったが、内心はそれほど楽観的ではなかった。まるでこの街が、何か恐ろしいものに支配されつつあるかのように感じたのだ。

その夜、葉羽は一人で書斎にこもり、推理小説を読み始めた。だが、どうしても霧崎璃久のことが頭から離れない。彼が現れた日から街に霧が立ち込め、異常な現象が次々と起こり始めている。そして、街全体が閉ざされているという彩由美の言葉——。

窓の外を見ると、霧はますます濃くなっていた。遠くで聞こえるのは、風の音と、どこかで微かに鳴り響く時計の針の音。葉羽は自分の中で膨らむ不安を抑えようとしながらも、不可解な出来事がこれからも続く予感を拭いきれなかった。

翌日、葉羽は学校へ向かう道すがら、街が以前と何か違うことに気づいた。いつもは活気に満ちている商店街が、妙に静まり返っているのだ。霧が街全体を飲み込んでしまったかのようで、街中を歩く人々もどこか不安げな表情を浮かべていた。

「葉羽、これって……本当に大丈夫なのかな?」彩由美が再び不安そうに話しかける。

「霧だけじゃない。この街全体が何かおかしい……」葉羽は考え込んだ。自分の直感が警告を発しているのを無視できなかった。

教室に着くと、またしても霧崎璃久が冷たい視線を送っていた。葉羽は彼の目が自分を捉えて離さないことに気付き、背筋がぞくりとした。

その瞬間、教室の時計が妙に狂った音を立て始めた。まるで時間そのものが歪んでいるかのように。時間が止まる、あるいは逆流する感覚が、葉羽の中で大きくなっていく。

街に広がる霧、転校生霧崎の不可解な存在感、そして歪み始めた時間——。

葉羽は無意識に手にしていた推理小説のページをめくりながら、初めて自分が現実の「謎」に直面していることを悟った。そして、これがただの偶然ではないことも。

「この街で、何かが起こっている。そして俺は、それを解明する必要がある」

彼の目には、推理小説の登場人物と同じく、冷静で論理的な光が宿り始めていた。
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