「鏡像のイデア」 難解な推理小説

13章

記憶の迷路

白く霞んだ意識の中、葉羽はゆっくりと目を開けた。見慣れない天井、簡素な家具。ここはどこなのか、彼は全く見当がつかなかった。

身体を起こそうとすると、鈍い痛みが頭を襲った。彼は、額に手を当てて呻いた。記憶が曖昧で、まるで霧の中にいるようだった。自分が誰なのか、なぜここにいるのか、何も思い出せない。

「ここは…どこだ…？」

乾いた唇から、掠れた声が漏れた。部屋は静まり返っており、彼の問いかけに答える者は誰もいなかった。

彼は、恐る恐るベッドから降り、部屋の中を見回した。小さな窓からは、見慣れない街並みが望めた。高いビルも、賑やかな商店街もなく、静かで落ち着いた雰囲気の街だった。

彼は、窓辺に置いてあった小さな鏡に自分の姿を映してみた。そこに映っていたのは、見慣れたようで、どこか見慣れない顔だった。確かに自分自身であることはわかる。しかし、その表情は虚ろで、まるで魂が抜けたかのように生気がなかった。

「俺は…誰だ…？」

再び、同じ問いが彼の口から漏れた。まるで、迷路に迷い込んだように、彼は自分の記憶を探し求めていた。

部屋の中をくまなく探してみたが、彼の記憶を呼び覚ますようなものは何も見つからなかった。一枚の写真、一冊の日記、あるいは一枚の手紙。どんな些細な手がかりでも欲しかった。しかし、部屋の中は綺麗に片付けられており、個人的なものは何も残されていなかった。

彼は、意を決して部屋を出て、外へと向かった。見知らぬ街を歩きながら、彼は記憶の断片を探し求めた。街の風景、人々の顔、そして風の匂い。どんな些細な情報でも、彼の記憶を刺激するきっかけになるかもしれない。

街行く人々に話しかけてみたが、誰も彼を知る者はいなかった。彼は、まるでこの世界に存在しない人間であるかのように、孤独を感じていた。

その時、彼の耳に、聞き覚えのある声が届いた。

「葉羽くん…？」

彼は、声のする方へと振り返った。そこに立っていたのは、彩由美だった。彼女は、驚きと安堵の表情で、葉羽を見つめていた。

葉羽は、彩由美の姿を見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。彼は、この女性を知っている。彼女の名前は、彩由美。しかし、それ以上のことは、何も思い出せなかった。

「彩由美…？」

彼は、 躊躇いながら彩由美の名前を呼んだ。彩由美は、彼の声に涙を浮かべ、駆け寄ってきた。

「葉羽くん…本当に…よかった…無事だったのね…」

彩由美は、葉羽を強く抱きしめた。彼女の温もりは、葉羽の凍えた心をわずかに溶かしていくようだった。しかし、彼は依然として、彩由美との関係、そして自分自身の過去を思い出せずにいた。

「私…のこと…覚えてる…？」

彩由美は、不安そうに尋ねた. 葉羽は、申し訳なさそうに首を横に振った。

「ごめん…思い出せない…俺は…一体…誰なんだ…？」

葉羽の言葉に、彩由美は悲しそうな表情を浮かべた。しかし、彼女はすぐに気を取り直し、葉羽に優しく語りかけた。

「大丈夫…思い出せなくても…私は…葉羽くんのそばにいる…一緒に…思い出していきましょう…」

彩由美は、葉羽の手を取り、歩き始めた。彼女は、葉羽を様々な場所へと連れて行った。葉羽の自宅、学校、そして二人がよく訪れた公園。

彩由美は、葉羽との思い出を語りながら、彼に記憶を取り戻させようとした。彼女は、葉羽が推理小説好きだったこと、彼が天才的な頭脳を持っていたこと、そして彼がどんなに優しい人間だったかを、語り続けた。

葉羽は、彩由美の言葉に耳を傾けながら、記憶の迷路を彷徨い続けた。断片的な記憶、まるで夢の残像のような、曖昧なイメージが、彼の脳裏をよぎる。

しかし、それらの記憶は、すぐに霧散してしまい、彼は完全な記憶を取り戻すことができなかった.

それでも、葉羽は諦めなかった。彼は、彩由美と共に、記憶を取り戻す旅を続けることを決意した. 彼は、彩由美の支えがあれば、必ず記憶を取り戻し、自分自身を取り戻すことができると信じていた。