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2章

異形の胎動

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葉羽は瓏琅教授との会話から得た情報を整理していた。鏡像融合、パラレルワールド、高次元空間。どれもSF小説に出てくるような概念だが、教授の話ぶりから察するに、全くの絵空事とも言えないようだった。しかし、それらはあくまでも仮説に過ぎず、鏡に映るもう一人の自分が何者なのか、なぜ自分に話しかけてくるのか、そして鏡の異変の真意は何か、という疑問に対する明確な答えは得られていなかった。

そんな中、街では奇妙な噂が流れ始めていた。夜道で異形の存在を目撃したという話が、口コミやSNSを通じて急速に広まっていたのだ。目撃情報の内容は様々で、巨大な影、不定形な塊、人の形をした異様な生物など、どれも一様に不気味で、現実離れした存在だった。

葉羽はこれらの噂を単なる都市伝説として片付けることはできなかった。鏡の異変、鏡像の言葉、そして街に現れる異形の存在。これらは全て無関係とは思えなかった。彼は、これらの現象の間に何らかの繋がりがあるのではないかと考え始めた。

情報収集のため、葉羽は稀鐘音也(まれがね おとや)という人物を訪ねることにした。稀鐘はオカルト研究家で、都市伝説や超常現象に精通していることで知られていた。葉羽は稀鐘の著作を読んだことがあり、彼の博識さと冷静な分析力に感銘を受けていた。

稀鐘の自宅は、雑多な物が積み上げられた、まるでゴミ屋敷のような状態だった。葉羽は山積みの書類や古書をかき分け、奥へと進んでいった。そして、薄暗い部屋の奥で、稀鐘を見つけた。

稀鐘は長髪で無精髭を生やし、ボロボロの服を着ていた。まるで世捨て人のような風貌だったが、彼の目は鋭く、知性を感じさせた。

「神藤葉羽さんですね。お待ちしていました」

稀鐘は葉羽に気づくと、穏やかな声で挨拶した。まるで葉羽が来ることを予期していたかのようだった。

「街で噂になっている異形の存在について、何かご存知ですか?」

葉羽は単刀直入に尋ねた。稀鐘は静かに頷き、葉羽を椅子に案内した。

「ええ、知っています。私も独自に調査を進めているところです」

稀鐘は机の上から、異形の存在が目撃された場所を記した地図を取り出した。地図上には、赤い点がいくつも記されていた。

「これらの点は、異形の存在が目撃された場所です。見ての通り、特定の地域に集中していることが分かります」

葉羽は地図を凝視した。赤い点は、葉羽の自宅周辺に集中していた。

「これは…偶然でしょうか?」

葉羽が呟くと、稀鐘は意味深な笑みを浮かべた。

「偶然とは思えませんね。恐らく、これらの現象は全て、何らかの共通の原因によって引き起こされているのでしょう」

「共通の原因…?」

「ええ。例えば、次元断層」

「次元断層?」

葉羽は初めて聞く言葉に、首を傾げた。稀鐘は説明を始めた。

「次元断層とは、異なる次元が交差する、いわば次元の亀裂のようなものです。通常、次元と次元は互いに干渉することはありませんが、何らかの原因で次元断層が発生すると、異なる次元の間でエネルギーや物質が行き来することが可能になります」

「つまり、異形の存在は、次元断層を通って、別の次元からこの世界にやってきているということですか?」

「その可能性は高いでしょう。異形の存在の目撃情報の内容は、どれも我々の世界の常識では説明できないものばかりです。まるで、別の次元から迷い込んだかのような…」

稀鐘の言葉は、葉羽の不安を増幅させた。もし、鏡の異変も次元断層と関連しているとしたら? 鏡像は、別の次元から来た存在なのか?

「次元断層は、どのような原因で発生するのでしょうか?」

葉羽は尋ねた。稀鐘は少し考え込み、答えた。

「原因は様々ですが、大きなエネルギーの放出、あるいは空間の歪みが引き金となることが多いようです。例えば、大規模な地震や火山噴火、あるいは人工的に発生させた強力な電磁波などが、次元断層を発生させる可能性があります」

葉羽は、自宅の鏡が異変を起こし始めた時期を思い出した。確か、その頃、近所で奇妙な地響きが何度かあったような気がする。

「もしかして、あの地響きは…」

葉羽が呟くと、稀鐘は頷いた。

「ええ、恐らく、あの地響きは次元断層の発生を示すサインだったのでしょう。そして、あなたの自宅の鏡は、次元断層の影響を受けて、異変を起こし始めた。そう考えるのが自然でしょう」

葉羽は、稀鐘の言葉に納得した。鏡の異変、鏡像の言葉、そして街に現れる異形の存在。これらは全て、次元断層という共通の原因によって引き起こされているのだ。

「では、どうすれば次元断層を閉じることができるのでしょうか?」

葉羽は尋ねた。稀鐘は首を横に振った。

「残念ながら、次元断層を閉じる方法は分かっていません。次元断層は自然現象であり、我々の科学技術では制御できないのです」

葉羽は落胆した。次元断層を閉じることができないということは、異形の存在は今後もこの世界に現れ続けるということだ。そして、鏡の異変も、解決する見込みがないということだ。

「しかし、希望がないわけではありません」

稀鐘は続けた。

「次元断層は、自然に消滅することもあります。あるいは、次元断層を発生させた原因を取り除くことで、次元断層を閉じることができる可能性もあります」

葉羽は、稀鐘の言葉にわずかな希望を見出した。もし、次元断層を発生させた原因が分かれば、それを取り除くことで、次元断層を閉じることができるかもしれない。

葉羽は、次元断層の原因を探るため、異形の存在が目撃された場所を実際に訪れてみることにした。稀鐘から地図を借り、目撃情報の詳細を聞き取り、葉羽は調査を開始した。

最初の目撃場所は、葉羽の自宅からほど近い公園だった。夜になると、公園の奥の森で、巨大な影が目撃されているという。葉羽は懐中電灯を手に、森の中へと足を踏み入れた。

森の中は、街灯の光が届かず、真っ暗闇だった。葉羽は懐中電灯で周囲を照らしながら、慎重に進んでいった。木の葉が風に揺れる音、虫の鳴き声、そして遠くから聞こえてくる街の喧騒。これらの音が、葉羽の緊張感を高めていた。

しばらく歩いていると、葉羽は前方で何かが動く気配を感じた。彼は懐中電灯をその方向に向けた。すると、木の陰から、異様な生物が現れた。

それは、人の形をした黒い影だった。顔は判別できないが、身長は2メートル以上あり、手足は異様に長く、まるでクモのように地面を這っていた。

葉羽は恐怖に慄きながらも、冷静さを保とうとした。彼は深呼吸をし、怪物に話しかけた。

「君は、一体何者だ?」

しかし、怪物は答えなかった。代わりに、怪物は鋭い爪を振りかざし、葉羽に襲い掛かってきた。

葉羽は咄嗟に身をかわし、怪物の攻撃を避けた。そして、懐中電灯を武器代わりに、怪物を殴打した。

しかし、懐中電灯は怪物の硬い皮膚に跳ね返され、全く効果がなかった。怪物は再び爪を振りかざし、葉羽に襲い掛かってきた。

葉羽は再び身をかわし、怪物の攻撃を避けた。しかし、今度はバランスを崩し、地面に倒れてしまった。

怪物は葉羽に覆いかぶさり、鋭い牙を剥き出した。葉羽は死を覚悟した。

その時、葉羽のポケットの中で、携帯電話が振動した。着信相手は、彩由美だった。

葉羽は携帯電話を取り出し、彩由美に電話に出た。

「葉羽くん、今どこにいるの? すごく心配してるんだよ」

彩由美の声は、不安と焦りで震えていた。葉羽は彩由美の声を聞き、勇気が湧いてきた。

「大丈夫だよ、彩由美。今、ちょっとトラブルに巻き込まれてるけど、すぐに解決する」

葉羽は彩由美に安心させようとした。しかし、怪物は葉羽の電話を遮るように、再び襲い掛かってきた。

葉羽は携帯電話を握りしめ、怪物の攻撃を避けようとした。しかし、既に遅かった。怪物の爪が葉羽の腕を切り裂き、激痛が走った。

葉羽は悲鳴を上げた。その瞬間、怪物の体が光に包まれ、消滅した。

葉羽は呆然として、何が起こったのか理解できなかった。そして、携帯電話の向こうから、彩由美の叫び声が聞こえてきた。

「葉羽くん! 大事?! どうしたの?!」

葉羽は、彩由美の声に我に返った。彼は深呼吸をし、彩由美に答えた。

「大丈夫だよ、彩由美。もう、大丈夫だ」
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