量子の檻 - 遺言の迷宮

葉羽

文字の大きさ
上 下
5 / 7
5章

記憶の迷宮

しおりを挟む
闇の中を落下し続けていた神藤葉羽と望月彩由美の意識が、ゆっくりと戻り始めた。二人が目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。
「ここは...」葉羽が驚きの声を上げた。
「私たちの小学校?」彩由美が続けた。
確かに、そこは二人が通っていた小学校の校庭だった。しかし、何かが違う。空は薄暗く、周囲には霧がかかっている。そして、校舎は不自然なほど巨大に見える。
葉羽は慎重に周囲を見回した。「これは現実じゃない。おそらく、私たちの記憶を基に作られた空間だ」
彩由美は不安そうに葉羽の腕にしがみついた。「どうして私たちがここに?」
その時、遠くから子供たちの笑い声が聞こえてきた。二人が声の方を見ると、幼い頃の自分たちが校庭で遊んでいる姿が見えた。
「あれは...私たち?」彩由美が息を呑んだ。
葉羽はうなずいた。「ああ、でも近づかないほうがいい。これは試練の一部だ。私たちの過去を利用して、何かを伝えようとしているんだ」
突然、空間が歪み始め、景色が変化した。今度は中学校の教室の中にいる。黒板には複雑な数式が書かれており、生徒たちが真剣に授業を受けている。
葉羽は黒板の数式に目を凝らした。「これは...量子力学の基本方程式?でも、中学生には難しすぎる」
彩由美も黒板を見つめた。「私、この授業の記憶がないわ」
葉羽は考え込んだ。「これは私たちの実際の記憶ではない。何か別の意味がある...」
彼が言葉を終えるか終えないかのうちに、再び空間が変化した。今度は、見知らぬ研究所のような場所だ。白衣を着た科学者たちが忙しそうに作業している。
「ここは...」葉羽が目を見開いた。「まさか、遺言状の作者の記憶?」
彩由美は科学者たちの顔を見ようとしたが、不思議なことに誰の顔もはっきりと見えない。「葉羽くん、この人たち、顔が...」
葉羽もそれに気づいた。「そうか、これは完全な記憶ではない。断片的な情報を基に再構成されたものなんだ」
二人が研究所の中を歩いていると、突然、警報が鳴り響いた。科学者たちが慌ただしく動き回り始める。
「何かが起きている」葉羽が緊張した面持ちで言った。
そのとき、一人の科学者が二人の前に立ちはだかった。その顔だけははっきりと見える。
「お前たちか、真実を追い求めているのは」科学者が厳しい口調で言った。
葉羽は一歩前に出た。「はい、私たちです。あなたは誰ですか?」
科学者は深いため息をついた。「私は...いや、それは重要ではない。お前たちに警告しなければならない。その真実は、人類に知られてはならないものだ」
彩由美が声を上げた。「でも、なぜですか?知ることで、世界をより良くできるかもしれません」
科学者は首を横に振った。「お前たちには理解できない。その知識は、世界の秩序を根本から覆す力を持っている」
葉羽は拳を握りしめた。「それでも、私たちは知る必要があります。この謎を追い続けてきた理由が、きっとあるはずだ」
科学者は二人をじっと見つめた。「そうか...ならば、最後の試練を与えよう。お前たちの過去と向き合うのだ」
その言葉と共に、空間が再び歪み始めた。葉羽と彩由美は、自分たちの人生の重要な場面を次々と体験することになる。
幼少期の喜びと悲しみ、学生時代の苦悩と成長、そして現在に至るまでの決断の数々。全てが鮮明に蘇ってくる。
「つらい記憶もある」彩由美が涙を流しながら言った。「でも、これが私たちなんだね」
葉羽は彩由美の手を強く握った。「そうだ。私たちはこの経験全てを通して、今の自分になった」
記憶の洪水が収まると、二人は再び研究所にいた。科学者が静かに話し始める。
「よく耐えた。お前たちの決意は本物だ。しかし、最後の選択が残っている」
彼は二つの扉を指さした。「右の扉を選べば、全ての真実を知ることができる。しかし、二度と元の世界には戻れない。左の扉なら、全てを忘れて日常に戻ることができる」
葉羽と彩由美は顔を見合わせた。
「どうする?」葉羽が静かに尋ねた。
彩由美は少し考えてから答えた。「私は...葉羽くんと一緒なら、どちらでも構わない」
葉羽は微笑んだ。「そうか...」
彼は科学者に向き直った。「私たちは、右の扉を選びます」
科学者は深くうなずいた。「そうか...覚悟はいいな」
葉羽と彩由美は手を取り合い、右の扉に向かって歩き出した。扉を開ける瞬間、まばゆい光が二人を包み込んだ。
そして、彼らの意識は新たな次元へと引き込まれていった。真実の扉の向こうで、彼らを待ち受けているものとは...
第5章は、ここで幕を閉じる。葉羽と彩由美の選択が、彼らの運命と世界の行く末をどのように変えるのか。それは、次の章で明らかになるだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

回想録

高端麻羽
ミステリー
古き良き時代。 街角のガス灯が霧にけぶる都市の一角、ベィカー街112Bのとある下宿に、稀代の名探偵が住んでいた。 この文書は、その同居人でありパートナーでもあった医師、J・H・ワトスン氏が記した回想録の抜粋である。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

処理中です...