量子の檻 - 遺言の迷宮

葉羽

文字の大きさ
上 下
3 / 7
3章

闇の囁き

しおりを挟む
神藤葉羽は、自室の窓から差し込む朝日に目を覚ました。昨夜の出来事が夢だったのではないかと一瞬思ったが、枕元に置かれた謎の本を見て、全てが現実だったことを思い出す。彼はゆっくりと起き上がり、本を手に取った。
「やはり...」葉羽はつぶやいた。本の表紙に描かれた図形が、かすかに光を放っている。
彼はスマートフォンを手に取り、望月彩由美にメッセージを送った。
「起きてる? 今日も一緒に調べたいことがある」
数分後、返信が来た。
「おはよう、葉羽くん! うん、私も起きたところ。学校の前に会える?」
葉羽は微笑んだ。「了解。いつもの場所で」
彼は急いで準備を整え、家を出た。東京の街は既に活気に満ちており、通勤・通学の人々で賑わっていた。しかし葉羽の目には、どこか現実感が薄く見える。昨夜の体験が、彼の世界の見方を変えてしまったかのようだ。
いつもの待ち合わせ場所に着くと、彩由美が既に待っていた。彼女の姿を見た瞬間、葉羽の心臓が高鳴るのを感じる。
「おはよう、葉羽くん」彩由美が明るく笑顔で挨拶した。
「おはよう」葉羽は少し照れくさそうに返した。「昨日のこと...やっぱり現実だったんだな」
彩由美はうなずいた。「うん、私も朝起きてすぐに確認したの。あの体験、忘れられそうにないよ」
二人は並んで歩き始めた。学校までの道のりで、葉羽は昨夜見つけた本の内容について説明を始めた。
「この本に書かれた暗号、どうやら量子力学の原理を使っているみたいなんだ」葉羽は真剣な表情で言った。「でも、解読するにはもっと深い知識が必要そうだ」
彩由美は首をかしげた。「量子力学? 難しそう...」
葉羽は微笑んだ。「確かに難しいけど、面白いんだ。例えば...」
彼が説明を続けようとした瞬間、突然周囲の空気が変わった。街の喧騒が遠ざかり、二人の周りだけが静寂に包まれる。
「え...?」彩由美が不安そうに周りを見回した。
葉羽も警戒心を高めた。「これは...」
その時、彼らの耳元で不気味な囁きが聞こえ始めた。
「お前たちには関係のないことだ...」
「好奇心は猫をも殺す...」
「秘密に近づけば、闇に飲み込まれる...」
葉羽は本能的に彩由美を抱きしめ、守るような姿勢を取った。「大丈夫だ、彩由美。これも幻想の一種だ」
彩由美は葉羽にしがみつきながら、震える声で言った。「怖い...葉羽くん、これ何なの?」
葉羽は冷静さを保とうと努めた。「きっと、私たちを脅そうとしているんだ。でも、怖がる必要はない。これは現実ではない」
しかし、囁きはますます大きくなり、二人の周りを取り巻いていく。そして、闇のような影が彼らに迫ってきた。
「葉羽くん!」彩由美が叫んだ。
葉羽は咄嗟に本を取り出し、開いた。すると、本から眩い光が放たれ、闇を押し返した。囁きも徐々に弱まり、やがて完全に消えた。
二人の周りの世界が、ゆっくりと元に戻っていく。街の音が戻り、人々の姿が見え始めた。
葉羽は深く息を吐いた。「大丈夫か、彩由美?」
彩由美はまだ震えながら、葉羽から離れた。「う、うん...なんとか。あれ、何だったの?」
葉羽は真剣な表情で答えた。「警告だ。私たちが近づこうとしている真実が、誰かにとって都合が悪いんだ」
彼は本を見つめた。「この本が私たちを守ってくれた。きっと、これを解読することが、全ての謎を解く鍵になるはずだ」
彩由美は不安そうな表情を浮かべた。「でも、また怖いことが起きたら...」
葉羽は彼女の手を取った。「大丈夫だ。一緒にいれば、どんな困難も乗り越えられる」
彩由美は葉羽の目を見つめ、少し安心したように微笑んだ。「うん...ありがとう、葉羽くん」
二人は再び歩き始めた。学校に着くと、いつもと変わらない日常が広がっていた。しかし、彼らの心の中では、さっきまでの恐怖と緊張が残っていた。
授業中、葉羽は表面上は真面目に講義を聞いているように見えたが、頭の中では先ほどの出来事を分析していた。あの闇の正体は何なのか。なぜ彼らを脅そうとしたのか。そして、本の力とは...
休み時間、葉羽と彩由美は屋上に集まった。
「葉羽くん、あの本のこと、もっと詳しく教えて」彩由美が真剣な表情で言った。
葉羽は本を取り出し、開いた。「ここに書かれている式は、シュレーディンガー方程式の変形のようだ。量子状態を表現している」
彩由美は首をかしげた。「シュレーディンガー...? 猫の人?」
葉羽は微笑んだ。「そう、有名な思考実験の人だ。量子の世界では、観測するまで状態が決まらない。つまり...」
彼は説明を続けたが、途中で彩由美の表情が曇るのに気づいた。
「どうした?」
彩由美は少し躊躇してから言った。「ごめんね、葉羽くん。私、ついていけてない気がする。頭が良くない私には、この謎は難しすぎるのかも...」
葉羽は驚いた表情を見せた。「そんなことない。彩由美の直感力は素晴らしいんだ。それに...」
彼は少し照れながら続けた。「君がいてくれるから、僕は頑張れるんだ」
彩由美は目を丸くした。「え...?」
葉羽は真剣な表情で彩由美を見つめた。「一緒に解いていこう、この謎を。君の力が必要なんだ」
彩由美の頬が赤くなった。「う、うん...ありがとう、葉羽くん」
その瞬間、再び周囲の空気が変化した。今度は、二人の周りに霧のようなものが立ち込めてきた。
「また...」葉羽は警戒心を高めた。
霧の中から、様々な映像が浮かび上がり始めた。それは二人の過去の記憶だった。
幼い頃の葉羽が、両親と笑顔で遊んでいる姿。しかし、その映像はすぐに歪み、両親の姿が消えていく。代わりに、一人寂しく本を読む葉羽の姿が映し出された。
「これは...」葉羽は言葉を失った。
一方、彩由美の映像も現れた。彼女が友達と楽しそうに話している姿。しかし、その映像も歪み、彩由美が一人で泣いている姿に変わった。
「やめて...」彩由美が小さな声で言った。
葉羽は彩由美の手を強く握った。「これは幻だ。私たちを惑わそうとしているんだ」
しかし、映像は続く。葉羽が冷たい表情で彩由美を無視する姿。彩由美が悲しそうに葉羽から離れていく姿。
「違う!」葉羽が叫んだ。「こんなことは絶対にない!」
彼は彩由美を抱きしめた。「彩由美、聞いてくれ。僕は絶対に君を一人にしない。これは全部嘘だ」
彩由美は涙を流しながら、葉羽にしがみついた。「葉羽くん...私も、絶対に葉羽くんのそばにいる」
二人の強い思いが、霧を押し返し始めた。映像が消え、周囲の世界が元に戻っていく。
葉羽と彩由美は、しばらくそのまま抱き合っていた。やがて、彩由美が小さな声で言った。
「ねえ、葉羽くん。私たち、なんでこんな目に遭ってるの?」
葉羽は深く考え込んだ。「きっと、私たちが近づこうとしている真実が、とてつもなく重要なものなんだ。だからこそ、誰かが必死に阻止しようとしている」
彼は彩由美の目を見つめた。「でも、怖がる必要はない。一緒に乗り越えていこう」
彩由美はうなずいた。「うん。私、葉羽くんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられる気がする」
二人は再び本に目を向けた。葉羽は慎重に頁をめくり、新たな暗号を見つけた。
「これは...」葉羽の目が輝いた。「量子もつれの原理を使った暗号だ。解読するには、二つの異なる場所で同時に特定の操作を行う必要がある」
彩由美は首をかしげた。「二つの場所?」
葉羽はうなずいた。「そう。しかも、その二つの場所は物理的にかなり離れていないといけない」
彼は地図を取り出し、計算を始めた。「ここと...ここだ」
彩由美は地図を覗き込んだ。「え? 一つは東京タワー...もう一つは...富士山!?」
葉羽は真剣な表情で言った。「そう。この二つの場所で、同時に特定の操作を行わないと、次の手がかりは得られない」
彩由美は驚きの表情を見せた。「でも、どうやって? 私たち二人じゃ、同時にそんな離れた場所にいられないよ」
葉羽は深く考え込んだ。「そうだな...誰か信頼できる人に協力してもらう必要がありそうだ」
彼は突然思いついたように言った。「そうだ、僕の叔父だ。彼なら信頼できる」
彩由美は不安そうに尋ねた。「大丈夫? 私たち以外の人を巻き込んで...」
葉羽は彼女の手を取った。「大丈夫だ。叔父は元警察官で、こういった不可思議な事件の経験もある。彼なら理解してくれるはずだ」
彩由美はほっとしたように微笑んだ。「そっか。じゃあ、私たちはどっちに行く?」
葉羽は少し考えてから答えた。「僕たちは東京タワーに行こう。叔父に富士山をお願いする」
彼はスマートフォンを取り出し、叔父に連絡を入れた。詳しい説明は避けつつ、協力を要請する。
通話が終わると、葉羽は彩由美に向き直った。「準備はいいか? これから大きな一歩を踏み出すことになる」
彩由美は決意に満ちた表情で答えた。「うん、準備オッケー。葉羽くんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられる」
二人は互いに微笑み合い、新たな冒険に向けて歩み出した。東京タワーへの道のり、そしてそこで待ち受ける未知の体験。全てが不確かで危険に満ちているかもしれない。しかし、二人の心の中には、共に歩んでいく強い決意が芽生えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

少年の嵐!

かざぐるま
ミステリー
小6になった春に父を失った内気な少年、信夫(のぶお)の物語りです。イラスト小説の挿絵で物語を進めていきます。

処理中です...