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74.高辻奏は背中を押す

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「でさ、調子乗って生徒会が作った学祭のシンボル像の首切っちゃって、親呼び出されてめちゃくちゃ怒られた。」
「そりゃあ怒られるよ。」

かなでくんはコミュ力が高い。歳が近いこともあって、あっという間にタメ口に名前で呼び合う事になった。
学生時代の思い出話にも花が咲いた。

「奏くん、ありがとね。仕事とは言え、こんなに気を遣ってくれて。」
「楓ちゃん、そうやって壁を作るのやめなよ。」
「えっ?」
「ずっと巫女様としてしか見られないのが嫌だから、名前で呼んでとか敬語無しでとかお願いしたんでしょ?」
「それは堅苦しいからで・・・でも・・・うん・・・今はそうかな・・・」

自分が巫女だからみんな優しいし、応えてくれているんだと、先生達と接する程に思って距離を感じていた。

「じゃあ、お金を払ってるからそうしてくれてる、巫女だからそうしてくれてるんだって考え、半分やめたら?」
「簡単に言わないでよ。向こうはそうだと思ってたら勘違い女なんだから。私なんて巫女である事を除いたらその辺のモブだよ?」
「でもさ。」

自分で言っといて何だけどちょっとは否定して欲しかった。
私の気持ちにはお構い無しに奏くんは話を続けた。

「楓ちゃんが巫女である以上、楓ちゃんが作った壁は楓ちゃんにしか壊せないよ。」
「でも・・・」
「壁を作るって事は楓ちゃんの素が見えないって事だよ。」
「私、いつも素だよ?」
「いつも監視カメラのチェックしてるけど、こんなに砕けた姿も、さっきの満面の笑みも、初めて見たよ?」
「そう・・・?」
「うん。楓ちゃん案外可愛いじゃんって思った。」

案外は余計だから、案外は。口から出そうになったけどギリギリ飲み込んだ。

「だから、楓ちゃんから壁をとっぱらいなよ。そしたら向こうも、理の巫女じゃなく、楓ちゃんが見えるよ。」
「そういうものなの・・・?」
「理の巫女って神様の次に神聖な存在だからね。楓ちゃんが壁作ってたら守り手はどうにもできないよ。」

奏くんはデリカシーが無いけど他はちゃんとしてる。

「両手を広げて構えてたら自然と距離は縮まるよ。」

距離が縮まったら縮まったで心臓が困るけど、それ以上に今の状況は寂しい。
時折、自分から頼んだ名前呼びやタメ口が虚しくなる程だ。

「楓ちゃんは魅力あるし、守られることを当然と思ってないでしょ?」
「うん。」 
「なら大丈夫だよ。俺より時間は掛かると思うけど。」
「そっか・・・」
「俺も協力するよ。」
「有難いけど自分でなんとかするから大丈夫。気持ちだけ受け取るよ。」

奏くんのデリカシーの無さで場が凍りつく場面が容易に想像できて、私は丁重にお断りした。
でも、奏くんの主張には頷けた。今変えられるものは自分だけだ。
孤独を拗らせる前に何とかしたいし、善は急げだ。

「その先の関係がどうなるかわからないけど、考えてみるよ。」
「向こうは40超えたおっさんなんだから心配要らないよ。任せてたら良いって。」
「奏くん・・・それ絶対雪野さん達に言っちゃダメだよ。」
「どれ?」
「おっさん。」
「事実なのに?」

首を傾げる奏くんを見て、断って正解だったと強く思った。
奏くんは最後の紅茶を飲んで、手を合わせた。

「ご馳走様でした。」
「お粗末様でした。」
「給料貰って楽しく話して美味しい物食べれるなんて最高だよ。話し相手が欲しくなったらまた呼んでね。」
「うん。ありがとう。」
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