肱川あらし

たい陸

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第一章~龍の文字~

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 文久二年(1862)三月二十七日早朝、大洲藩士である井上将策前(ちか)博(ひろ)は、藩命に従い、霧の中を、一人歩いていた。

 将策はこの時、二十三歳。井上家は、大洲藩士で十石程度の下士であったが、大洲藩五郎村を本貫とし、その祖を辿れば、八世紀初頭まで遡る。

 井上家の先祖は、大宝律令の頃に、大洲へ派遣された官人であったようで、本姓は藤原であったが、五郎村の祖廟には、百済系の血筋である事を示す物がある。

 井上家は土着し、郷士となり、一時期大洲を支配していた藤堂高虎に仕えて、大坂の役を経験している。その後、加藤家の大洲入府に伴い、以後は、加藤家の家臣として、将策の代を数えている。

 将策は、五尺八寸の堂々たる体躯の持ち主であり、直心影流免許皆伝、戸田流抜刀術にも秀でた武士であった。

 大洲藩と言えば、二代目の加藤泰興が創始した加藤家槍術に代表されるように、武の藩である印象があるが、江戸時代初期の近江出身で、大洲藩を代表する陽明学者、中江藤樹のように、学問を奨励する藩風があった。

 将策はこの時、藩の勘定方を勤めており、この日、訪れる五十崎(いかざき)村へ向かう為に、未明より家を出ていたのであった。五十崎村は、大洲藩の収入の約八割を担う、手漉き和紙の産地として知られており、大洲和紙は、将軍家へも献上される程の人気物産であった。

 そして、毎年五月五日には、村の中心部を流れる小田川を挟んで競い合う、大凧合戦が行われる。

 毎年、近隣の村々や、遠方からも、見物人が多く参加するこの祭りは、藩にとっても重要な収入源でもあり、将策は役目柄、準備の進み具合と、財政とを確認する役目を仰せつかっていたのだった。

 一個の武人を誇る将策としては、随分と退屈な役ではあったが、勇むように、早く家を出たのは、ある一人の友に会う為でもあった。

「徳さん、徳さん居るかい?」

 一軒の家の前で、将策は歩を止めると、家人からの返事を待たず、戸を叩く事なく、中へ入る。そのまま土間へ入り込むと、框に勝手に腰を降ろし、草鞋を脱ぐと、懐より出した手ぬぐいで、簡単に足についた埃を払った。その家は、沓脱ぎ石も取次の間もない、粗末な造りをしていた。

「何じゃ、将さんかい?」

 家の中へ、すっかりと入り込んだ将策の気配に気づいたのか、奥の部屋より、男の声が聞こえてくる。

「今、手が離せん。こっちじゃけん」

 将策は、仕方なく、声がする奥の部屋へと入っていった。そこは、もう夜明け後であるにも関わらず、陽が入らぬ薄暗い部屋で、日中であるのに、お構いなしに蝋燭が灯っているのだった。部屋に入ると、丸顔の目の細い、若い男が一人座っていた。

「徳さん、こんな暗がりで何をしよるんぜ?」

「光が入ると、感じが良くないんじゃ」

 徳太郎は、将策には一瞥もせず、事に当っていた。徳太郎は、再び筆を取った。そして、一心不乱に、スルスルと筆を走らせ始めた。最初、暗がりのせいで、将策には、それが何かが分からなかった。しかし、徳太郎が筆を進める内に、それが形となって、現れてきたのだった。

「よし、こんなもんじゃろ」

 そこには、確かに「龍」と書かれていた。徳太郎は、凧文字を書いていたのだ。五十崎の凧は、絵ではなく文字を描く。

 その表現方法は、日本中でも類を見ない。いや、世界中でも稀な独特の表現で描かれる。それは、文字を単に書くのではなく、文字の縁を模る方法である。

 つまりは、龍という文字を描くとするのであれば、龍の空欄部分のみを模り、色づけする事で、文字全体を浮かび上がらせるのである。徳太郎は、今、正にそれを行っていた所だった。

「わしは、凧文字を書く時だけは、この部屋じゃないと書けん」

 二人は、床に広がる龍を見下ろしていた。

「いつ見てもガイなのう」(ガイ=たいした物の意)

「そうかのう?」

 将策に褒めたれたのが照れるのか、徳太郎は、頭の代わりに尻を掻いて誤魔化している。クルリ、クルリと文字通り、時折筆を回しながら、徳太郎は筆を走らせた。

 徳太郎がクルリとやる頻度が上がる。それは、彼の調子が上がってきた証拠であった。余りにもクルリとやるもので、筆の先から、墨が其処ら中に飛び跳ねる。肝心の凧にも飛び跳ねるが、徳太郎は、お構いなしだった。

(趣がある)

 将策の目から見ても、その飛び跳ねて、一見汚れにしか見えない、墨の一つ一つの欠片にさえ、躍動感があった。徳太郎の書く文字は、生きているのだ。

「よし!出来た」

「徳さんの字はやっぱり凄いのう。しかし、何で龍ぜ?」

 将策は、完成した文字をまじまじと見つめながら、徳太郎に問う。

「余り見よったら、照れるがのう。特に意味は無いんじゃが、将さんが今日来る事を考えとったら、そんな気になってのう」

「何じゃいそりゃ?わしは龍かい?」

「そうじゃ、ガイな龍よ」

 二人はそう言って笑う。徳太郎は、手ぬぐいで、体中に散った墨を拭き取ると、蝋燭の灯りを吹き消した。作業終了のそれが合図だった。

「朝は食ったか?」

「いや、まだじゃけん」

 そんなやり取りの後、二人は、朝餉の支度をする事にした。とは言っても、そんなに豪勢な物ではない。将策が麦飯を握る間に、徳太郎が味噌汁を作る。

 時期は、三月末の春とはいえ、伊予の山間部の早朝はまだまだ寒い。暖かい味噌汁は、欠かせないだろう。まだ独り身の徳太郎は、頂き物の漬物を用意する。これだけでも、ありがたい食卓となった。

 将策と徳太郎は幼馴染である。共に大洲城下で育ち、同じ塾で学んだ仲だ。徳太郎は、大洲藩のとある重臣の末息子であったが、二人いる兄と母が違った。

 徳太郎の母は、五十崎村の庄屋の娘であった。それを徳太郎の父が見初めて、半ば強引に妾としたのだ。徳太郎は、物心ついた時から、自分と兄達との差について、謂わばそれを体感として育った。

 だから、少年期に入り、自分が将策ら下士身分の者達と交わるまで、その差別の当たり前が、当たり前ではない事に、気づかなかったのだ。

 そして、徳太郎の元服前に、母が病気で亡くなると、彼は武士を捨てたのだった。その後、徳太郎は、五十崎村の母の生家である弦巻(つるまき)郷へと移り、職人に弟子入りして、僅か数年で独り立ちして、今に至るのである。

 そんな徳太郎を将策は、一種の羨望を持って幼少期と変わらずに接している。徳太郎は、己の運命を変えて、自分の力で立っているのだから。

 二人は食事の準備を済ませると、向かい合うように座った。

「よし、頂くとしよう」

 そう言って、並べられた食事を前に、手を合わせた時であった。

「もし、申し…頼めんかのう」

 外で誰かの声がする。二人は顔を見合わせるが、さっぱりと心当たりがない。怪訝に思うが、仕方なく、将策は入口の戸を開ける。すると、そこには、背の高い男と、背の低い男が立っていた。二人共に若く見えた。

「沢村、やっぱりやめんかのう」

「龍馬さん、そりゃないがぜよ」

 龍馬と呼ばれた背の高い男の方が、低い男へ、ムスッとした表情のまま言った。しかし、背の低い、沢村という男には、やめる様子はない。

「わしらは、土佐藩士じゃが、藩命に従い、これから上方へ赴く所じゃ。じゃが訳あって路銀を無くしてしもうた。まっことすまぬが、握り飯など、分けてはもらえんじゃろうか?」

 沢村はその愛嬌のある表情と、少し甲高い声とで、慇懃に将策へ頼み込んできた。急な珍客に、どうしたものかと思案していた将策であったが、

「将さん、一々相手にすな。そいつら脱藩者じゃ。最近増えて来とる。前も追い返した所じゃけん」

 やり取りを奥で見ていた徳太郎が、将策の背後より顔を出してきた。

「徳さん、何で脱藩者と分かる?」

「ここは、街道からは、逸れた山沿いの集落じゃ。人目を避けて、朝早くに飯をねだるのは、後ろめたい者のする事やろが?」

 徳太郎の鋭い指摘に、表に立つ二人は目線を逸らした。どうやら、徳太郎の指摘は図星であるらしかった。

「さ、去(い)んでくれ。どうしてもと言うなら、銭じゃ。見た所、銭は無さそうじゃけん、代わりに腰の物でも貰おうかいのう」

 徳太郎の言葉に沢村が吠える。

「刀をよこせだと?武士の誇りをやれるもんかい」

 沢村は怒り、今にも刀に手が伸びそうな様子だ。瞬間将策も身構える。しかし、

「ああええよ。これでええんか?」

 そう言うと、龍馬は自分の腰に差してあった大小を抜くと、徳太郎に差し出してみせた。そんな龍馬を見て、徳太郎は、無言でそれを受け取ろうとする。

「徳さん待て!」
 しかし、将策は徳太郎の手を止めて言った。

「わしは、大洲藩士の井上将策という者じゃ。脱藩は大罪ぞ?大それた事じゃ。訳を聞かせてくれるなら、わしの分の握り飯を譲らん事もないが。如何か?」

 将策の思わぬ申し出に、二人は顔を見合わせて、驚くばかりであった。

「わしは坂本龍馬ぜよ。こっちは沢村惣之丞じゃ。まっこと助かるき」

 龍馬と沢村は、将策の申し出を快く受けると、室内へと入るのだった。

 四人の男達は、囲炉裏を囲んで座っている。その眼前には、様々な食材を入れた鍋が美味しそうな匂いを漂わせていた。これは、先程作った味噌汁に、食材を追加した物だ。

「良い匂いぜよ。こりゃ、大洲名物のいも炊きかいのう?」

「いも炊きは秋に食すもの。こりゃ、言うなれば、鍋のごった煮じゃのう」

 食べられれば、何でも良い心境であった。二人は、出された椀を口にかっこみ始めた。沢村などは、自身の猫舌を忘れて、急いで口に熱々の汁を放り込んだ為に、案の定、舌を軽く火傷してしまうのだった。

「それで、御両人はどうして、このような仕儀に相成ったのか?」

 二人の食事が、一段落したのを見計らった将策は、その意図を問うべく、切り出し始めた。

「わしらは、勤皇の志士じゃき!」

 沢村は、力強くその場に立ち上がると、拳を握りしめながら叫んだ。

「土佐勤皇党ぜよ!」

 沢村はもう一度力強く叫んだ。土佐勤皇党とは、党首の武市瑞山を中心とした、土佐藩の下級武士の若者が結成した集団であった。

 当時、日本各地で、勤皇の志士と称した若者たちが藩を脱するという事案が増えていた。それも、この約二年前に起った桜田門外の変を契機とするだろう。幕府の大老であった井伊直弼が、江戸城へ登城する途中の桜田門外にて、水戸藩脱藩浪士らを中心とする者達に、朝方襲われ落命した。

 この余りにも有名な事件が、幕藩体制末期において、生まれた時より、決められた枠組みの中で生きる事を強いられてきた若い武士たちの間で、とりわけ身分の低い者たちの中で、理屈ではない、もっと武士として、男としての根幹のような部分で、或いは、時代が変革する予兆のような何かを敏感に感じ取った末の行動が、脱藩という行為として、現れたのかもしれない。

「わしら、はぐれ者じゃがのう」

 龍馬はそう言いながら、頭を掻いた。どうやら、仲間内での意見の相違があり、居場所が無くなって、脱藩したというのが本音であるらしかった。

「龍馬さん、それを言うなきに」

 龍馬の言葉により、立場を無くした格好の沢村が苦い顔をする。途端に、その場で笑いが起った。これで場が和み、話しが活気づいた。

「二人は、脱藩までして、どこへ向かうつもりぜ?」

「長州じゃ!あそこなら、わしらのような下士も、何か出来るやもしれん」

 将策の問いに、龍馬は自然に答えると、椀の中の物を腹にかっ込み始める。

「そうかい、やはりあんたら、土佐の下士者かい?」

 それを聞いて、何かを察するかのように、徳太郎は何度か頷いた。

「おんしら、黒船を見た事があるかい?わしゃあるぜよ」

 急に龍馬は真顔になり話し始める。この大柄で目の細く、一見すると、無口そうに見える男が語る言葉には、どこか力が感じられた。

「ない。本当か?どこでじゃ?」

 徳太郎は、思わず声を上げた。

「江戸じゃ、わしゃ江戸に居る時に見た」

 将策と徳太郎は、龍馬の顔を覗き込んだ。龍馬は、表情を全く崩さないが、嘘を言っている顔には見えなかった。事実、龍馬が江戸の千葉道場で剣術修行をしていた時期に、ペリーがアメリカより、黒船で来日している。

「あの黒船には、侍が何人居っても勝てん」

 龍馬はそう言うと、家の壁の黒いシミを睨みつけた。まるで、そのシミの黒さを黒船に見立てているかのようだ。

「それでお主、土佐を飛び出したか?」

「そうじゃっ!」

 将策の問いに、龍馬は短く答えた。

「そうじゃったんか?龍馬さん」

 沢村の呆然とした顔を見合わせて笑う二人。龍馬の当たり前だという態度に、沢村は唖然として、黙ってしまったのだった。

 空腹を満たすと、四人はその場を片付ける。そして、徳太郎の指図に従い、何やら準備を始めていた。将策は、奥の部屋より、竹の棒を沢山持ってくると、脇へ並べる。そして、龍馬と沢村の二人は、徳太郎に言われるままに、和紙を何枚も広げていった。

「今年初物じゃけん、組み立ててみる。やり方は、見て覚えてくれ」

 徳太郎は、手に持った竹と道具を揃えて、床に並べ始めた。これから、いよいよ大凧の骨組みをするようだ。それを三人に手伝わせるのだ。

「銭が無いなら、食った分は働いて貰わんとのう。五十崎の凧を作るなど、滅多にない機会じゃけん」

 徳太郎の言葉に顔を見合わせて、苦笑いする龍馬と沢村だった。二人の顔には、そんな機会一生涯無くても構わないと書いてあると、将策は思い、笑いを堪えていた。

 将策自身は、徳太郎に付き合って、ここ数年手伝いで何度か携わっている。だから、土佐の両名よりは、勝手が分かるだろう。

 五十崎が誇る大凧合戦と言えば、その起源は、鎌倉幕府が存在した頃まで遡ると言われる。元々は、家に産まれた男児の初節句を祝う為に、その男児の名を記した凧を飛ばしたのが始まりとされるが、いつしか、時代を経るにつれて、それが、村々の競い合いへと変化し、現在の形へなったとされている。

 その競い合いが、年々過激になってきており、死人まで出るようになってきてからは、藩から役人が派遣されるようになったのであった。

 その大凧作りだが、五十崎の大凧と言えば、その独特な凧文字と、使用する大洲和紙とに注目が行きがちだが、凧の骨組にも特徴がある。

 まず、従来の凧の骨組と言えば、×印のような骨組みを交差するように、組み合わされる形を思い描くが、五十崎の凧は言うなれば、♯に近い形だ。

 もっとも横棒は四本と決まっていて、縦棒も凧の中心に二本、少しだけ八の字の形で組む。この時の縦と横の比率が決まっていて、横棒1対縦棒1、2となっている。
 
 これは、凧を飛ばす時に弓張りし、上空での空気抵抗を受ける為に、最もバランスが取れるいわば黄金比率なのだ。形が♯のようになっているのも、弓張りをする為であり、どうすれば、良く飛び、どうすれば凧文字が、大空で良く見えるかを考えた設計となっている。

 大凧作りは、この最初に行う工程の骨組み作りで、半分出来が左右されると言って、過言ではない。

「そう置くんじゃないけん。こうじゃ。竹を曲げて、一番強い物を上から順に置くんじゃ」

 骨組みに使用する竹を切って、それを順に置いていると、徳太郎から細かな指示がとぶ。これは、機械など無い時代、竹に使用する骨組みは、刃物で切る為、どうしても大小や強弱にバラつきがでる。

 その為、上空に上がった時の空気抵抗を一律にするために、横棒には、上から順番に、竹のしなりが強い順に置いて行くのである。

「そしたら、竹と竹との合わさった所を八の字で縛りや」

 骨組みが出来れば、次は糊付けである。まず組み上がった骨組みの和紙を重ねる箇所、骨組みの外枠部分に糊を塗っていく。これは、障子糊では弱い為、洗濯糊を使用する。

 そして、糊を塗ったならば、あらかじめ用意していた和紙ののり代部分にも糊を塗って、それを隙間なく、骨組みと合わしていくのだ。

「縛った所にも紙を張りや」

 先程、骨組みの合わさる間接部分を縛って補強したが、ここにもそれを隠すように紙を貼るのである。

 そして、糊の乾くのを待って、弓張り糸を付けるのだ。通常二ヶ所、骨組みの横棒と、二番目と三番目の竹に沿うように糸を付けるのだが、好みによっては、三ヶ所付ける者もいる。

 弓の張り具合は、凧を揚げる際に、風の状況に合わせて調節出来るようになっている。風が強い時は張りを甘くし、そうでない時は強くするのだ。

「出来たぞ!よし飛ばそうぞ!」

 将策が声を上げると、他の三人も同時に声を上げた。これで根付け糸をつければ、完成である。

「わしゃ、正月以外で凧上げなぞ、初めてじゃ」

 土佐者の二人は言い合う。四人の男たちは、まるで童のように、我先に外へ走り出る。そして、順番に出来上がった凧を飛ばすのであった。

 最初に龍馬が駆け、将策が持った凧を大空へ投げると、風に乗った凧は、勢いよく大空を駆けるのだった。当日の大凧合戦では、この凧を繋げている糸に「ガガリ」と呼ばれる特殊な刃物を付け、それを相手の凧にぶつけて糸を切る。喧嘩凧の由来は、まさしくそこにあった。

「見てみい。徳さんの書いた龍が、あんなにはっきり見えるぞ」 

「そうじゃ、龍馬が龍を飛ばしちょる」

 そう言って、四人は笑い、いつまでも駆けた。まるで長年の輩(ともがら)が、遊び戯れるかのような様子だった。
 二人が去ったのは、それから間もなくの事であった。

「わしゃ、黒船に勝てる方法を考えるがじゃ。それを探しに行く」

 龍馬は去り際にそう言い残した。将策は龍馬の言葉が心に残った。衝撃だった。自分と歳のさほど変わらない、また身分も余り変わらない隣国の若者が、黒船を倒し、外国に勝つ事を考えて、脱藩までしたのだ。

「もう一人の龍が旅立ったか…」

 徳太郎が、龍馬の去った後に、そう呟くのが印象的であった。徳太郎は自分を龍と言う。しかし、自分に何が出来るだろう?同じ歳の徳太郎は、自分で道を拓き着実に歩いている。

 しかし、自分は藩のお役目をこなすのが、背一杯な有様だ。将策は龍馬と沢村の背中を見つめながら、内心葛藤する自分に、戸惑っているのだった。



 その年の五月五日は、昨晩より雨が降り続いていたが、翌朝を迎えるとピタリと止んで快晴であった。開催を危ぶまれた大凧合戦が、五十崎村の中央を流れる小田川の豊秋河原にて、いよいよ行われる。
 
 大風が吹いている。この地域は、矮小な入り組んだ盆地であるが故に、余り風が強く吹き込む事は稀であるが、決まって、何故か毎年大凧合戦の前後になると、大雨と大風が起る。

 しかし、祭りの当日になると、これが毎回、ピタリと止むのであった。昨年などは、朝まで雨と風があったのにも関わらず、陽が高くなるにつれて、それらが止み、祭りは決行されたのだ。

「五十崎の人間の祭り好きは、たいがいじゃけんのう」

 この日だけは、普段は辺鄙な村でしかない、この場所に、人々が溢れ返る。近隣の村々からも、様々な人達が集まって、ある者は凧揚げに参加し、ある者は屋台の出店で品を求めた。

 その人々の中には、凧揚げの準備に忙しい徳太郎の姿もあった。徳太郎は、自身も作成した大凧を持って参加するのだが、祭りの運営側としても何かと仕事を抱えていた。

 とは言っても、田舎の祭りで、若い男がさせられるのは、力仕事や雑用と相場は決まっているので、徳太郎も、その様々を体験している最中であった。

「それは、こっちに置いた方がええけん」

「いや駒吉、それはこっちじゃ。ガガリの数は足り取るんか?」

「足りん。徳兄、取って来うわい」

 徳太郎は、弟分の職人に指示を出しながら、自らも手際よく作業をこなしていく。そうこうしている間に、祭りの準備も進んでいたが、しかし、今年の祭り準備には、例年に無い緊張感があった。

 理由は、大洲藩の藩主のお身内が、お忍びで見物に来られるからであった。

(お忍びで来られるなら、本当に忍んで欲しい)

 とは、村の祭りを運営する側の本音であっただろう。しかし、仮にお忍びとは言え、藩主のお身内が来られるともなれば、警護も必要であるし、寛いで見物出来る場所も用意しなければならない。どうぞご勝手にという分けには、いかないのであった。

「おい、徳さん」

 そんな忙しい最中に名前を呼ばれて、不機嫌そうに振り返る徳太郎の顔が、笑顔になるまでにそうかからなかった。見ると将策が立っていたからだ。

「来たんかい将さん。それで例の御方は?」

「今こちらに向かって居られる。わしは斥候役じゃ」

 しゃべりながら、将策は徳太郎が抱え
ていた荷物を半分持って運び始める。

「こんな所で、油売っとってかまんのか?」

 徳太郎の問いに、将策は笑顔だけで答えた。それだけで徳太郎には理解出来た。

 そうこうする内に、祭りの準備が終わる頃には、陽がすっかり登っていた。まだ河原に生える草々たちは、昨晩の雨に濡れていたが、気温は十分上がっていて、少し暑いぐらいであった。

 ドドドーンッという大音と共に、祭りの開催を告げる花火が上がって、人々は空を見上げ始めた。すると、少し早めに、練習のつもりか、直前揚げを禁止されているにも関わらず、凧がポツリ、ポツリ上っているのが見えた。

「おい、井上!こっちじゃ」

 河原の上から声を掛けられた将策は、徳太郎に別れを告げると、その声の方向へと駆け出した。

「若様がお越しになられたぞ」

 同輩に告げられて、将策は一つ頷いた。そして、将策が示された方向を見ると、平侍の恰好をした若武者が一人、お付きの者たちと立っていた。

 大洲藩藩主、加藤泰祉(やすとみ)の実弟である廉之進泰(やす)輔(すけ)であった。この時、まだ十六歳と元服して間もなくの頃である。今回、若様の起っての希望により、お忍びで祭り見物に来たのであった。

 将策が目を向けると、事前に準備しておいた一艘の屋形船へ、若様たちが乗り込もうとしている所であった。船頭が手招きしているのが見える。

 実は予定では、若様が船に乗るのは、まだ先の事であった。将策は船待ちをする為に、時間を潰していたのだが、何か予定が変更となったのであろう。急いで、何食わぬ顔で、同僚たちの横に潜り込んだ。

「舟に乗るのは、久方ぶりじゃのう」

 乗り込みながら、若様が喜ぶ姿を見て、将策は予定が変更された理由を悟った。

 現代と違って、江戸時代には、小田川に橋は架かっていない。この時代は、日本中でそうであったが、幕府の防衛政策により、橋を架ける事が許されなかった為、渡し船や、屋形船での流通が盛んになった時代でもあった。

 舟に一緒に乗り込むと、船頭のすぐ横に、将策は腰を下ろした。いくらお忍びとは言っても、御城の若様の横に座する身分には無い。将策は案内兼警護役といった所であったが、余り物々しいのもかえって不自然かもしれない。

 船頭の横で、風に当りながら、若い武士が凧揚げを見物しているというのが、この際は、どうやら無難な様子であっただろう。

「おい、そこの者、名は?」

 不意に屋形船の中より声を掛けられて、将策はきょとんとしてしまった。しかし、すぐに気を取り戻して、声の主へ向けて平伏する。

「私はお忍びで来たのだ。顔を上げよ。若武者どもが、同輩たちと、舟遊びをしている風にせよ」

 若様のおっしゃりように、将策は戸惑うばかりであった。とにかくも顔を上げると、すぐに若様と目が合ったので、反射的にまた目を頭ごと伏せた。すると、咳払いが一つする。それに応えるように、将策は再び顔を上げる。すると、もう一つ咳払いが聞こえる。

 少し考えてから、将策は足を崩してみた。すると、若様はにっこりと微笑まれるのだった。その様子を見ていた、若様の後ろに控える二人の同輩たちも、足を崩して、緊張の糸をほぐすのだった。

「勘定方の井上将策と申しまする」

「うむ、井上とやら、ここは初めてゆえ、案内を頼む」

「ははっ」

 将策は若様の希望に沿えるように、必死で自分が知る祭りの醍醐味を語ってみせた。

「凧の糸についた金具を見て下さりませ。あれなるが、ガガリにございます」

「おおっあのようにして、糸同士を絡ませて、ガガリとやらで切るのだな」

 将策の説明に、若様は一つ一つ聞き入っていた。何せ目の前で実物を見ながらであるのだから、迫力が違う。おのずと、目や耳に入ってくる物が、違って見えて当然であっただろう。

「あの大きな凧は?」

 若様が指さすと、そこには、見たことも無い程の巨大な大凧を上げようと、大勢の男たちが準備している姿があった。

「あれなるは、百畳程の大きさからなる、日本一の大凧にございます」 

「日本一とのう…」

 そう言うと、若様は屋形船を岸に付けるように合図をする。すると、船頭が無言で岸へ舟を向けた。岸につくと、若様はするすると、まるで引き寄せられるかのように、その巨大凧の方へ歩を進めた。

「おう、将さん!」

 若様の後ろより歩いてきた将策を見つけた徳太郎の声が聞こえた。見れば、巨大凧を繋ぐ、これも通常よりも、倍以上に大きな凧紐を三十人以上は居るだろう男達が、引っ張ろうとしている。その一人に徳太郎の姿を認めたのだ。

「この祭りの一番の見どころですよ。無事上がれば、今年は吉とし、上がらねば…」

 将策はそれ以上言わなかったが、若様はそれだけを聞くと、コクンと一つ頷いた。そして、一人駆け出すと、凧紐を引っ張る列の最後尾に陣取るのだった。

「おう、お侍の兄ちゃんが加勢に来たぞ!」

 それを見た群衆が湧く。将策らお付きの者たちも、それを合図に列に加わるのだった。

「せーのっ!」

 威勢よく掛け声を合図に皆で引っ張る。一度目では上がらない。もう一度、もう一度と繰り返す内に、我も我もと人が増えてきて、合計で五十名からなる引手が集まっていた。用意した凧紐では足らなくなったので、急遽、もっと長い紐と取り換える羽目となった。

 そして、何度目かの綱引きの時に、

「よし、上がったぞ!」

 大歓声と共に、巨大凧が空を飛んだ。

「若様、やりましたな」

 巨大凧が上がると、引手に参加した者達が、若様へ声を掛けていく。それを見て将策は苦笑する。

(お忍びも形無しだな。皆、誰かを察しておったけん…)

 しかし、当の若様は、何も臆する事もなく、村人たちと会話を楽しんでいる様子であった。その点、この若君はいささか、風変わりなのかもしれない。

「わしは、あの若様好きじゃ」

 いつの間にか、将策の横に立っていた徳太郎が声を掛ける。将策も黙って頷く。全く同意見であったからだ。

「ドドーンッ」

 そうこうしていると、祭りを終える合図の花火が上がった。将策と徳太郎は、その花火の上がった方向にある、白い煙の残骸を黙って見上げている。

「時に将さん、わしは京に行こうと思う」

 不意に徳太郎が語り始める。その言葉に驚いた将策は、見上げていた顔を徳太郎に向き直す。しかし、徳太郎の顔は、空を見上げたままであった。

「何ぜ?急に」

 二人の間を駆けるように風が横切る。

「夢じゃ、将さん」

「夢?」

 徳太郎はその言葉を言うと、将策の顔を見た。

「ここの和紙を日本一にする。夢じゃ!」

 徳太郎は、殊更に大きな声を出した。その声に驚いた周りの数名が振り返っていた。

「そんで、どないするつもりぜ?」

 将策の言葉に徳太郎は、俯いたまますぐには答えなかった。将策の言葉が核心をついていたからだ。この時代、大洲和紙が将軍家へ献上される程の上物で、藩の財政の大きな助けとなっている事はすでに述べた。

 しかし、裏を返せば、大洲和紙は、貴族や大名を始めとした身分の高い者に好まれる傾向にあった。つまりは、まだ量産出来る方法が確立されていない手漉き和紙であるが故、品質が良く、数が少ないとなると、自然値段が上がり、庶民が求め難い一品となっていたのである。

「この和紙を誰もが使えるようにするんじゃ。その為に、上方に上らにゃならん」

 徳太郎の話しを聞いて、将策は確信していた。徳太郎は、龍馬ら、脱藩浪士を真似て国抜けをやろうとしていると。手漉き和紙の新たな試みを求めて、上方へ行くつもりなのだ。

(しかし、そんな事をしたら、上手く行っても、もう帰ってはこれん…)

 将策は、心の中で、言うべき言葉を考えていた。徳太郎を止めえる言葉を。その時であった。

「面白い話をしておるのう」

 言葉の方向を見ると、何と若様が二人の元へ来ていた。驚いた将策は、すぐにその場にしゃがみ、礼を取ろうとする。

「徳さん、お殿様の弟君じゃ」

 横に居る徳太郎の片足を引っ張るが、徳太郎は気づいていない。

「よい、今日はお忍びじゃからな。井上も立つがよい」

 言われて将策は仕方なく、その場に立つ。

「井上、そなたは可笑しな武士であるな?」

若様からの言葉に、将策は意図を計りかねて、徳太郎と顔を見合わせる。

「わしに付いてきた者達で、そなたのように、村の者らと、親しげに話す者など居らぬわ」

 そう言って、若様は将策と徳太郎を交互に見合う。

「ここにいる徳太郎は、幼馴染にして、元々は武士の生まれです。故あって和紙職人をしておる次第にて…それに私はお役目柄、村々を周る事も多くございますゆえ」

「成程、徳太郎とやら、そなたも、実に愉快な男であるな」

 若様は将策の言葉に頷くと、そう言うと笑った。三人の周りでは、祭りの後始末に追われる村人たちで賑わっていた。三人は、祭りの片付けの邪魔にならないように、河原近くの茂みに移動した。若様が先に腰を下ろし、二人に座るように言うので、仕方なく、その向いに座った。

「祭りは楽しかったぞ。そなたは凧を作るそうだのう」

「はい。和紙を作り、そして、凧を飛ばすけん」

 徳太郎は短く答える。ふと思ったが、他のお付きの者はどうしたのだろう?将策は辺りを見渡したが姿が見えない。

「他の者には、用事を申し付けた。まだ大丈夫じゃ」

 将策の動きで察した若様が言う。やはりこの若様は頭が良い。

「先程は夢と申しておったの。今一度、聞かせてはくれぬか?」

 若様からのお言葉ではあったが、徳太郎は顔を伏せたままで、すぐに答えずにいた。どう話せば良いのか分からなかったからだ。まさか脱藩するつもりでいる事を、御城の若様に言うわけにもいかないだろう。まして、この時代、まだ若者が自由に将来を語る事は、許されていないというのに。

「構わぬ。今日はお忍びと言うたではないか?」

「徳さん…」

 将策はそれだけ言うと、徳太郎に話すよう促した。若様の穏やかな口調と、優しいお顔に、話しても問題ないだろうと感じたからだ。

「はい。わしは上方へ行って、手漉き和紙を広めたく存じまする。無論、そう易々とは行かぬ事と思いますが…」

「相分かった!」

 徳太郎の話しに、若様は即座に相槌を打つ。

「へ?」

「許そう」

「えっ?」

 若様の思いがけない言葉に、将策と徳太郎は、互いに顔を見合う。そのきょとんとした表情を見て若様が笑った。釣られるように、二人も噴出してしまった。三人が笑っていると、程なくして、お付きの者達が戻ってくるのが遠目に見えていた。

 御城への帰る道中、馬に乗る若様の顔を覗いては、将策は考え込んでいた。若様は許すとおっしゃったが、どうするかまでは語らなかった。そもそもが、無理のある話しではあるのだ。

 ここの手漉き和紙産業は、藩の重要な財政の柱となっている。それを一人の職人が、好きに商いを拡げて良いなどと、聞いたことも無い話しだからだ。しかし、若様がそう言うお気持ちになられた事は、確かな事であるだろうし、将策には、徳太郎を羨む気持ちが芽生えていたのだった。

(俺も自らの進むべき道を定めたいものだ)

 将策の心の中は、この事でいっぱいであった。気持ちだけが焦るが、何をどうしたらよいのかは判別とはしない。いつの時代も若者の苦悩は、一緒なのかもしれない。帰路を急ぐ将策の頭上を、村の子供たちが上げる龍と書かれた凧が空高く泳いでいるのだった。
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