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第四章 そして花火が打ち上がる
第三十四話 もとの時代
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目を覚ますと、真っ白な天井とカーテンが視界に飛び込んだ。アパートでもなければ、実家でもない。ここは一体どこなんだ?
起き上がろうとしたところで、腕に管が繋がれていることに気付いた。これは点滴か? そうだとすれば、ここは病院と推測できる。
状況を掴めずにいると、不意に白いカーテンが開いた。顔を上げると、口をパクパクさせているこずえ姉さんがいる。目が合うと、こずえ姉さんは興奮した声で叫んだ。
「お母さん! 圭一郎が起きた!」
その言葉と共に、こずえ姉さんは慌てて病室から飛び出した。
いま病室を飛び出したこずえ姉さんは、俺のよく知っている姿だった。肌のハリを失った、若くない方のこずえ姉さんだ。ということは、俺はもとの時代に戻ってきたのか?
病室を見渡して、日付が確認できるものを探す。すると、先ほどこずえ姉さんが落としていったスマホを見つけた。
点滴の管が外れないように注意しながら、スマホに手を伸ばす。サイドボタンを押して画面を起動させると、今日の日付が分かった。
最初に意識を失った日から、約一ヶ月が経過している。どうやら一ヶ月もの間、俺は眠り続けていたらしい。
もとの時代に戻ってきたつもりだったが、ややズレが生じてしまったようだ。だけど、五年も十年もズレていなかったから、上出来だろう。
気になることはまだある。俺が過去にタイムスリップした影響で、この時代で何かが変わってしまった可能性がある。
朝陽は存在しているのか? 何かの手違いで日和が生きているなんてことないか? 不安と期待が入り混じり、鼓動が加速した。
しばらく経った頃、病室の外が騒がしくなった。視線を向けると、勢いよくドア開いて、母さんとこずえ姉さんが飛び込んできた。
二人は涙を浮かべながらベッドに歩み寄る。母さんは腰が抜けたように崩れ落ちた。
「良かった、目を覚まして! 神社で倒れて意識不明って聞いた時は、生きた心地がしなかったのよ。圭一郎にまで何かあったら、どうしようって……」
圭一郎にまで、という言葉に妙な胸騒ぎを覚える。最悪の展開が脳裏をよぎった。
「朝陽は! 朝陽は無事なのか? それに日和は?」
迫るように尋ねると、母さんは目に涙を溜めながら固まった。
「あんた、何言ってんの? まさか記憶障害が出たんじゃ……」
全身に鳥肌が立つ。心拍数が上がり、息が苦しくなった。気が狂う寸前まできたところで、母さんが真実を明かした。
「日和ちゃんは、事故で亡くなったでしょ?」
その言葉を聞いて、一気に脱力した。起き上がった身体をベッドに沈ませる。
そうか、やっぱり駄目だったか。
何となく分かっていた。花火大会の日、俺と日和はキスをした。八年前と同じ展開になったのだから、未来が変わるはずはない。分かっていたことだけど、目の前に現実を突きつけられると、やっぱり辛い。
日和が笑う姿は、いまでも鮮明に覚えている。穏やかに語りかける声も、抱きしめたときの温もりも、唇の柔らかさも、全部覚えている。
だけどもう、日和の存在を感じることはできない。それが現実だ。
放心する俺を気遣って、こずえ姉さんが遠慮がちに声をかけた。
「とにかく圭一郎が無事で本当によかった。意識が戻ったことを先生にも伝えてくるね」
そう言ってこずえ姉さんは病室を後にした。
こずえ姉さんが去った後、もう一つの懸念事項を思い出した。俺はもう一度ベッドから起き上がる。
「朝陽は? 朝陽は無事なのか?」
ハンカチで涙を拭う母さんに問いかける。真実を知るのは少し怖い。だけど聞かないわけにはいかなかった。
身構える俺とは裏腹に、母さんはさらりと答えた。
「朝陽ちゃんは無事だよ。あんたが庇ったからなのか、傷一つなかった。今は家でお父さんとお留守番している」
母さんの言葉を聞いて、俺は再び脱力した。
「よかった……」
安堵の溜息が漏れる。朝陽が存在していて本当に良かった。
この時代に朝陽が存在するということは、未来の朝陽ももとの時代に帰れたのだろう。無邪気に笑う朝陽が失われずに済んで本当によかった。
「朝陽ちゃん、ここに連れてこようか?」
母さんの言葉に、俺は迷わず頷いた。
◇
それから一時間足らずで、朝陽を抱きかかえた母さんが戻ってきた。母さん腕に抱かれた朝陽は、すやすやと寝息を立てていた。
目の前にいるのは、ギャルの女子高生ではない。全身に脂肪を蓄えた赤ん坊だった。小さな身体が呼吸と共に上下する様子を見て、目頭が熱くなる。
「朝陽ちゃん、パパが目を覚ましたよ」
母さんは優しく語り掛けながら、ゆっくりと朝陽を差し出した。両手で朝陽を抱きかかえると、ずっしりとした重みを感じた。
ミルクの甘い香りが鼻腔をくすぐる。狭苦しいアパートに充満していた赤ん坊の香りを思い出した。
宝物を扱うように、そっと朝陽を抱き寄せる。朝陽は確かにここにいる。その事実だけで俺は救われた気がした。
それから母さんが、手帳サイズの冊子をベッドの端に置いた。
「これ、大事なものだからきちんと管理していなさい」
冊子の表紙には『母子手帳』と記されている。日和が妊婦検診の時に鞄に入れていたものだ。存在は知っていたけど、まじまじと見たのは初めてだった。
「なんだよこれ?」
「これは母子手帳っていって、赤ちゃんとお母さんの健康状態を記録するものよ。日和ちゃんはマメだったから、妊娠中の様子を細かく書いていたようね。落ち着いたら、読んでみるといいわ」
「ああ、分かった」
俺は母子手帳を手に取る。表紙には日和の筆跡で、家族三人の名前が書かれていた。
「それじゃあ、私は先生にご挨拶してくるから、朝陽ちゃんを見ていてね」
そう告げると、母さんは病室から出て行った。
病室の中が、しんと静まり返る。目の前には、すやすやと眠る朝陽がいた。
俺は朝陽を起こさないように、そっとベッドに寝かせる。それからパラパラと母子手帳をめくった。
起き上がろうとしたところで、腕に管が繋がれていることに気付いた。これは点滴か? そうだとすれば、ここは病院と推測できる。
状況を掴めずにいると、不意に白いカーテンが開いた。顔を上げると、口をパクパクさせているこずえ姉さんがいる。目が合うと、こずえ姉さんは興奮した声で叫んだ。
「お母さん! 圭一郎が起きた!」
その言葉と共に、こずえ姉さんは慌てて病室から飛び出した。
いま病室を飛び出したこずえ姉さんは、俺のよく知っている姿だった。肌のハリを失った、若くない方のこずえ姉さんだ。ということは、俺はもとの時代に戻ってきたのか?
病室を見渡して、日付が確認できるものを探す。すると、先ほどこずえ姉さんが落としていったスマホを見つけた。
点滴の管が外れないように注意しながら、スマホに手を伸ばす。サイドボタンを押して画面を起動させると、今日の日付が分かった。
最初に意識を失った日から、約一ヶ月が経過している。どうやら一ヶ月もの間、俺は眠り続けていたらしい。
もとの時代に戻ってきたつもりだったが、ややズレが生じてしまったようだ。だけど、五年も十年もズレていなかったから、上出来だろう。
気になることはまだある。俺が過去にタイムスリップした影響で、この時代で何かが変わってしまった可能性がある。
朝陽は存在しているのか? 何かの手違いで日和が生きているなんてことないか? 不安と期待が入り混じり、鼓動が加速した。
しばらく経った頃、病室の外が騒がしくなった。視線を向けると、勢いよくドア開いて、母さんとこずえ姉さんが飛び込んできた。
二人は涙を浮かべながらベッドに歩み寄る。母さんは腰が抜けたように崩れ落ちた。
「良かった、目を覚まして! 神社で倒れて意識不明って聞いた時は、生きた心地がしなかったのよ。圭一郎にまで何かあったら、どうしようって……」
圭一郎にまで、という言葉に妙な胸騒ぎを覚える。最悪の展開が脳裏をよぎった。
「朝陽は! 朝陽は無事なのか? それに日和は?」
迫るように尋ねると、母さんは目に涙を溜めながら固まった。
「あんた、何言ってんの? まさか記憶障害が出たんじゃ……」
全身に鳥肌が立つ。心拍数が上がり、息が苦しくなった。気が狂う寸前まできたところで、母さんが真実を明かした。
「日和ちゃんは、事故で亡くなったでしょ?」
その言葉を聞いて、一気に脱力した。起き上がった身体をベッドに沈ませる。
そうか、やっぱり駄目だったか。
何となく分かっていた。花火大会の日、俺と日和はキスをした。八年前と同じ展開になったのだから、未来が変わるはずはない。分かっていたことだけど、目の前に現実を突きつけられると、やっぱり辛い。
日和が笑う姿は、いまでも鮮明に覚えている。穏やかに語りかける声も、抱きしめたときの温もりも、唇の柔らかさも、全部覚えている。
だけどもう、日和の存在を感じることはできない。それが現実だ。
放心する俺を気遣って、こずえ姉さんが遠慮がちに声をかけた。
「とにかく圭一郎が無事で本当によかった。意識が戻ったことを先生にも伝えてくるね」
そう言ってこずえ姉さんは病室を後にした。
こずえ姉さんが去った後、もう一つの懸念事項を思い出した。俺はもう一度ベッドから起き上がる。
「朝陽は? 朝陽は無事なのか?」
ハンカチで涙を拭う母さんに問いかける。真実を知るのは少し怖い。だけど聞かないわけにはいかなかった。
身構える俺とは裏腹に、母さんはさらりと答えた。
「朝陽ちゃんは無事だよ。あんたが庇ったからなのか、傷一つなかった。今は家でお父さんとお留守番している」
母さんの言葉を聞いて、俺は再び脱力した。
「よかった……」
安堵の溜息が漏れる。朝陽が存在していて本当に良かった。
この時代に朝陽が存在するということは、未来の朝陽ももとの時代に帰れたのだろう。無邪気に笑う朝陽が失われずに済んで本当によかった。
「朝陽ちゃん、ここに連れてこようか?」
母さんの言葉に、俺は迷わず頷いた。
◇
それから一時間足らずで、朝陽を抱きかかえた母さんが戻ってきた。母さん腕に抱かれた朝陽は、すやすやと寝息を立てていた。
目の前にいるのは、ギャルの女子高生ではない。全身に脂肪を蓄えた赤ん坊だった。小さな身体が呼吸と共に上下する様子を見て、目頭が熱くなる。
「朝陽ちゃん、パパが目を覚ましたよ」
母さんは優しく語り掛けながら、ゆっくりと朝陽を差し出した。両手で朝陽を抱きかかえると、ずっしりとした重みを感じた。
ミルクの甘い香りが鼻腔をくすぐる。狭苦しいアパートに充満していた赤ん坊の香りを思い出した。
宝物を扱うように、そっと朝陽を抱き寄せる。朝陽は確かにここにいる。その事実だけで俺は救われた気がした。
それから母さんが、手帳サイズの冊子をベッドの端に置いた。
「これ、大事なものだからきちんと管理していなさい」
冊子の表紙には『母子手帳』と記されている。日和が妊婦検診の時に鞄に入れていたものだ。存在は知っていたけど、まじまじと見たのは初めてだった。
「なんだよこれ?」
「これは母子手帳っていって、赤ちゃんとお母さんの健康状態を記録するものよ。日和ちゃんはマメだったから、妊娠中の様子を細かく書いていたようね。落ち着いたら、読んでみるといいわ」
「ああ、分かった」
俺は母子手帳を手に取る。表紙には日和の筆跡で、家族三人の名前が書かれていた。
「それじゃあ、私は先生にご挨拶してくるから、朝陽ちゃんを見ていてね」
そう告げると、母さんは病室から出て行った。
病室の中が、しんと静まり返る。目の前には、すやすやと眠る朝陽がいた。
俺は朝陽を起こさないように、そっとベッドに寝かせる。それからパラパラと母子手帳をめくった。
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