君の未来に私はいらない

南 コウ

文字の大きさ
上 下
33 / 38
第四章 そして花火が打ち上がる

第三十二話 別れ

しおりを挟む
 花火大会が終わり、夏の夜空に静寂が戻る。風が吹くと、微かに火薬の香りを感じた。

 俺と日和は人混みに流されながら帰路につく。その間、ほとんど会話を交わさなかった。頭がふわふわして、何も考えられない。キスの余韻に浸っているようだ。

 住宅街に入ると人の気配はなくなり、街灯の灯りが二人の影だけを映し出した。静寂の中を歩いていると、あっという間に日和の家まで辿り着く。

「じゃあね、圭ちゃん」

 はにかみながら小さく手を振る日和。その姿を見て、胸が締め付けられた。

 ここで離れたら、二度と会えなくなる。名残惜しさから、もう一度日和を抱き寄せた。日和も背中に手を回して、ギュッと抱きしめ返した。

 離れたくなかった。日和の温もりにずっと浸っていたかった。だけど俺の事情なんて知らない日和は、すぐに背中に回していた腕を解く。それからいつもと同じように、無邪気に微笑んだ。

「また明日ね」

 明日も当たり前のように日和に会えるこの時代の俺が、心の底から羨ましく思った。だけど、いつまでもメソメソしているわけにはいかない。タイムリミットはもう近付いているのだから。

「ああ、また明日」

 俺は小さく手を振り返す。学校帰りに別れるときと同じように、何でもないふりをして別れの言葉を告げた。

 日和はもう一度手を振りながら、家の中に入っていった。日和の姿が見えなくなってからも、俺はしばらくその場から動けなかった。

 二階にある日和の部屋の灯りがついた時、ようやく我に返った。心の中で日和に別れを告げてから、朝陽との約束の場所へ向かった。



 八年前と同じように、俺は日和にキスをした。付き合おうという明確な言葉は交わさなかったけど、この出来事をきっかけに二人は交際を始める。

 八年前と同じ展開になったということは、この先も俺と日和は共に過ごすことになる。それなら朝陽の存在も復活しているはずだ。

 足は自然と動き出す。夜の住宅街を全速力で駆け抜けた。
 目的地は伊崎神社。そこに行けば、また会えるかもしれない。

 息が上がり、脇腹に痛みが走る。自分の体力のなさを呪いたくなった。だけど足は止まらなかった。

 朱色の鳥居を潜り抜けると、人影が見えた。セーラー服を身にまとった少女が、夜空を見上げながら欅に寄り掛かっている。

「朝陽!」

 歓喜のあまり大声で叫ぶ。朝陽は目を見開きながら、こちらを凝視していた。

「パパ……」

 朝陽は信じられないと言いたげな表情で呟く。朝陽の存在を確かめたくて、俺は両手で強く抱きしめた。

 触れている部分から朝陽の体温が伝わってくる。身体も透けていない。ちゃんとこの場所に存在していた。

「私のこと、見えるようになったんだね」
「ああ、ちゃんと見えるよ」

 そう返事をしながら、朝陽を抱きしめる力を強めた。朝陽は子どものように泣きじゃくりながら話し始めた。

「私、ずっとパパの隣にいたんだよ。だけど、いくら話しかけても気付いてもらえなくて、幽霊にでもなっちゃったのかと思った。このままずっと誰にも気付かれないままだったらどうしようって、不安だったんだよ」
「ごめん。こんなことになったのは俺のせいだ。俺が過去を変えようとしたから、お前の存在が消えかけたんだ」
「だけど、もとに戻ったってことは、過去が変わらなかったってことだよね?」
「そういうことだ」

 そう答えると、朝陽はゆっくりと腕を解いた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、脱力したように微笑む。

「良かったぁ」

 朝陽の笑顔を見て、俺自身も安堵した。落ち着いて物事を考えられるようになると、朝陽の言葉で少し引っかかる箇所を見つけた。

「お前、ずっと隣にいたみたいだけど、日和との会話も聞いていたのか?」

 先ほどの日和とのやり取りを思い出す。キスも含めて全て見られていたなんて恐ろしい想像をしてしまったが、杞憂に終わった。

「流石にそんな野暮なことはしないよ。公園にママが戻ってきてから、私は伊崎神社に向かったから」
「そうか。それなら良かった」

 へらへらと笑いながら答える朝陽を見て、見られていなくて良かったと心の底からホッとした。

「この時代とも、もうお別れだね」

 朝陽は名残惜しそうに、夏の夜空を見上げる。俺も真似するように顔を上げた。

 この時代に来て、色々なことがあった。高校時代の日和と再会して、成長した朝陽にも出会った。

 はじめは誰とも関わらずに、ひっそりとタイムリミットが来るのを待とうと思っていたけど、色々な奴らに振り回されて、慌ただしく過ごしていた。

 補習、野球の試合、ひまわり畑、花火大会。夏のイベントを一気にこなしたような気分だ。終わりが近付いていることを実感した今は、夏休みが終わる直前ような喪失感に苛まれた。

 この時代を去ったら、俺は一人になる。赤ん坊の朝陽を実家に預けたら、狭苦しいと感じていたアパートも少しは広く感じるのかもしれない。

 窓を開ければ秋風が吹き込み、遠くから鈴虫の鳴き声が聞こえる。夏の面影なんて微塵も残っていないほどに、過ごしやすい季節がやって来るだろう。

 もとの時代に帰れることは喜ばしいはずなのに、心のどこかで帰りたくないと願っている自分がいた。

「本当に、もとの時代に帰るんだよな?」

 俺が疑っていると受け取ったのか、朝陽は視線を泳がせながら答えた。

「多分、ね」

 歯切れの悪い返事に、思わず笑ってしまった。

「多分なのかよ」
「少なくとも、私は帰れるよ。だけど、イレギュラーでこの時代に飛ばされたパパのことまでは保証できない。もしかしたら、私と一緒に未来に飛ばされちゃうかもしれないし……」
「そうなったら、どうするんだよ?」
「偉い人に何とかしてもらうよ。私も一緒にお願いしてあげるから!」

 小さくガッツポーズを浮かべる朝陽を見て、呆れてしまった。結局は他人任せのようだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

暴走族のお姫様、総長のお兄ちゃんに溺愛されてます♡

五菜みやみ
ライト文芸
〈あらすじ〉 ワケあり家族の日常譚……! これは暴走族「天翔」の総長を務める嶺川家の長男(17歳)と 妹の長女(4歳)が、仲間たちと過ごす日常を描いた物語──。 不良少年のお兄ちゃんが、浸すら幼女に振り回されながら、癒やし癒やされ、兄妹愛を育む日常系ストーリー。 ※他サイトでも投稿しています。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

処理中です...