君の未来に私はいらない

南 コウ

文字の大きさ
上 下
21 / 38
第三章 八年前とは違う夏

第二十話 ひまわり畑

しおりを挟む
 電車に揺られながら、俺は窓枠に頭を預ける。車窓からは長閑な風景が広がっていた。

 見渡す限りの田園風景が流れて行く。黄緑色の苗と群青の空は、夏の瑞々しい風景を創り出していた。田んぼの傍では、白鷺が羽を広げている。きっとこの景色は、十年経っても変わらないんだろうなぁなんて思いながら、通り過ぎる夏の風景をしみじみと眺めていた。

「電車、ガラガラだね」

 向かいのシートに座っていた日和の言葉につられて、車内を見渡す。二両編成の電車には、乗客は数えるほどしかいなかった。

 俺達の住む町は、車がなければ生活が成り立たない。高校を卒業すれば、みんな当たり前のように車の免許を取得する。だから電車で移動するのは、学生が大半を占めていた。

 そんな学生たちも、夏休みは家で過ごしている。だから電車内は閑散としているのだ。

「ガラガラの方が静かでいいだろう」

「それもそうだね」

 日和は笑顔を浮かべたまま、隣に座る朝陽に話を振る。

「そういえば、朝陽ちゃんってどこから来たの?」

 急に話題を振られた朝陽は、驚いたようにびくっと肩を震わせる。

「どこから……」

 朝陽は目を泳がせる。日和の質問にどう切り返すか、必死で頭を回転させているようだった。

 それもそのはずだ。同じ町に住んでいると答えれば、どこかでボロが出る。この時代と朝陽のいた時代とでは、町の様子は変わっているはずだから。万が一地元トークでも始まったら、どこかで食い違いが起きるに決まっている。答えに詰まる朝陽に、助け舟を出す。

「家は結構遠いんだよな?」

 俺が口を挟むと、朝陽は「それだ!」と言わんばかりに目を見開き、大きく頷いた。

「そうそう! ここよりもずっと遠くから来ました! もう、ここに来るまで大変だったんですから!」

 ずっと遠くというのは、あながち間違いではない。こいつは時空を超えて、未来からやって来たんだから。雑な返しにはなってしまったが、日和を納得させるには十分だった。

「やっぱりそうなんだ! 朝陽ちゃんみたいな可愛い子がいたら、地元で有名人になっていたはずだもん! だけど私も透矢も野球部の人達も朝陽ちゃんのことは知らなかったから、きっとこの辺りの子じゃないんだろうなって、思っていたんだぁ」

「私なんて全然可愛くないですよ」

 不意に褒められた朝陽は、頬を赤らめて謙遜する。すると日和は、朝陽をまじまじと見つめた。

「いや、朝陽ちゃんは可愛いよ! 正直ね、今まで出会った女の子の中で、一番可愛いと思っているくらいだもん」

「大袈裟ですよ! ほら、圭一郎くんからも言ってやって!」

 日和に褒められた朝陽は、助けを求めるように話を振ってきた。日和につられて、俺も朝陽をまじまじと見つめる。

 ほんのり赤みがかった大きな瞳に、形の整った鼻筋。目鼻立ちのはっきりした顔立ちは、美人と呼べる部類に入る。初めて会ったときは、派手なギャルという印象だったけど、ここ最近は明るい髪色にも耳元で主張するピアスにも慣れてきた。ギャルという偏見がなくなれば、そこそこ可愛い女子高生に見える。

「まあ、可愛い方なんじゃないか?」

 素直に感想を伝えてみる。すると朝陽は、ますます顔を赤くした。

「もう! 圭一郎くんまで揶揄わないでよ!」

 朝陽は両手で赤くなった頬を抑えながら、バタバタと足を動かしていた。



 バスと電車を乗り継いで、一時間ほどかけて目的の駅に到着した。改札には駅員の姿はなく、ホームは三両の電車しか収まらないほどに短い。天井を見上げると、柱の隅に蜘蛛の巣が張っている。木造の駅舎は、嵐が来たら吹き飛んでしまいそうなほどに年季が入っていた。

 ここから先は、徒歩でひまわり畑に向かう。電車内で調べた情報だと、坂道を登った先にひまわり畑があるらしい。

 駅を出た俺達は、傾斜のある坂を息を切らしながら登った。この炎天下の中、坂道を登り続けるなんて気が遠くなる。

「暑い……」

 朝陽が額に汗をかきながら悲痛の声を上げる。すると日和が朝陽の後ろに回り、背中を押した。

「もう少しだよ! 頑張れ、頑張れ!」

 日和は朝陽の背中を押しながら、登りをサポートする。日和に押されるままに、朝陽は坂を登っていた。

 日和はなんだか楽しそうだ。日和だって暑くてしんどいはずなのに、どうしてそんなに笑っていられるのか? 不思議に思いながらも、せっせと坂を登る二人を追いかけた。

 坂を登り切った先には、金色のひまわり畑が広がっていた。整列するように植えられたひまわりは、一様に太陽を見上げている。ひまわり畑とカラッと晴れた夏空のコントラストは、ここまで坂を登ってきた疲れを吹き飛ばすほどに美しかった。

「わあ、すごい! ちょうど見ごろだねぇ」

 日和は瞳を輝かせている。その声は、いつも以上に弾んでいた。

「すごい! めっちゃ綺麗!」

 朝陽も瞳を輝かせる。その眼差しが日和と瓜二つだったせいで、俺は思わず吹き出してしまった。

「どうしたの? 圭ちゃん」

「いや、お前らの反応が、そっくりだったから」

 理由を説明しても日和はピンと来ていないらしく、もう一度首をかしげる。そんな中、朝陽が俺の腕を掴んだ。

「ねえねえ、もう少し上に登ってみようよ!」

「おい、引っ張んなって」

 朝陽に腕を引っ張られながら丘を登る。幅の狭い畑の隙間を通り抜け、頂上を目指した。

 丘の頂上まで達すると、ひまわり畑を一望できた。金色のひまわりは、自らの生命力を主張するように力強く輝いている。それは見ている人間に、エネルギーを分け与えているようだった。

 しばらくひまわり畑に見入っていると、あとから追いかけてきた日和が息を切らしながらやって来た。膝に手を付いて息を切らしていた日和だったが、顔を開けた瞬間、目を輝かせた。

「うわぁ! 絶景だねぇ」

 日和はひまわり畑を見渡している。俺はひまわりよりも日和の横顔が気になって仕方なかった。見入っていると、ふいに視線が合う。

「今日は誘ってくれて、ありがとね。圭ちゃんが誘ってくれなければ、こんな景色は見られなかったよ」

 ふわりと微笑みかけられる。その笑顔は、ひまわりよりも太陽よりも眩しかった。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。一瞬、息をすることさえも忘れていた。

 日和の笑顔に、ここまで動揺したのは初めてだ。直視できなくなり、わざとらしく視線を逸らす。それでも心臓の音は、煩く鳴り響いていた。

「圭ちゃん、大丈夫?」

 急に黙り込んだ俺を心配して、顔を覗き込む。距離が縮まったことで、ふわりと柑橘系の香りが漂ってきた。その香りで、胸が締め付けられる。俺は動揺を悟られないように、背中を向けた。

「なんでもねえよ」

 声が裏返らないように返事をするのが精一杯だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

【完結】大江戸くんの恋物語

月影 流詩亜(旧 るしあん)
ライト文芸
両親が なくなり僕は 両親の葬式の時に 初めて会った 祖母の所に 世話になる 事に……… そこで 僕は 彼女達に会った これは 僕と彼女達の物語だ るしあん 四作目の物語です。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

ハリネズミたちの距離

最上来
ライト文芸
家なし仕事なしの美本知世、二十二歳。 やけ酒だ!とお酒を飲み、気づいたら見知らぬ男の家にいて、しかもその男は知世が大好きな小説家。 そんな小説家、稲嶺玄雅が知世を雑用係として雇うと言い出してから、知世の人生がぐるりと変わる。 登場人物 美本知世(みもとちせ) 主人公。お酒が好きな二十二歳。 那月昴(なつきすばる)というペンネームで小説を書いていた。 稲嶺玄雅(いなみねげんが) 歴史好きな小説家。ペンネームは四季さい。鬼才と言われるほどの実力者。 特に好きな歴史は琉球と李氏朝鮮。 東恭蔵(あずまきょうぞう) 玄雅の担当編集。チャラ男。 名前のダサさに日々悩まされてる。 三田村茜(みたむらあかね) 恭蔵の上司。編集長。 玄雅の元担当編集で元彼女。 寺川慶壱(てらかわけいいち) 知世の高校の同級生で元彼氏。 涼子と付き合ってる。 麦島涼子(むぎしまりょうこ) 高校三年生の十八歳。 慶壱と付き合ってる。 寺川みやこ(てらかわみやこ) 慶壱の妹で涼子のクラスメイト。 知世と仲がいい。 表紙・佳宵伊吹様より

蛍地獄奇譚

玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。 蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。 *表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。 著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

今夜も琥珀亭で

深水千世
ライト文芸
【第15回恋愛小説大賞奨励賞受賞作品】 北海道にあるバー『琥珀亭』でひょんなことから働きだした尊。 常連客のお凛さん、先輩バーテンダーの暁、そして美しくもどこか謎めいた店長の真輝たちと出会うことで、彼の人生が変わりだす。 第15回恋愛小説大賞奨励賞を受賞しました。ありがとうございます。 記念に番外編を追加しますのでお楽しみいただければ幸いです。

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

処理中です...