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第三章 八年前とは違う夏
第二十話 ひまわり畑
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電車に揺られながら、俺は窓枠に頭を預ける。車窓からは長閑な風景が広がっていた。
見渡す限りの田園風景が流れて行く。黄緑色の苗と群青の空は、夏の瑞々しい風景を創り出していた。田んぼの傍では、白鷺が羽を広げている。きっとこの景色は、十年経っても変わらないんだろうなぁなんて思いながら、通り過ぎる夏の風景をしみじみと眺めていた。
「電車、ガラガラだね」
向かいのシートに座っていた日和の言葉につられて、車内を見渡す。二両編成の電車には、乗客は数えるほどしかいなかった。
俺達の住む町は、車がなければ生活が成り立たない。高校を卒業すれば、みんな当たり前のように車の免許を取得する。だから電車で移動するのは、学生が大半を占めていた。
そんな学生たちも、夏休みは家で過ごしている。だから電車内は閑散としているのだ。
「ガラガラの方が静かでいいだろう」
「それもそうだね」
日和は笑顔を浮かべたまま、隣に座る朝陽に話を振る。
「そういえば、朝陽ちゃんってどこから来たの?」
急に話題を振られた朝陽は、驚いたようにびくっと肩を震わせる。
「どこから……」
朝陽は目を泳がせる。日和の質問にどう切り返すか、必死で頭を回転させているようだった。
それもそのはずだ。同じ町に住んでいると答えれば、どこかでボロが出る。この時代と朝陽のいた時代とでは、町の様子は変わっているはずだから。万が一地元トークでも始まったら、どこかで食い違いが起きるに決まっている。答えに詰まる朝陽に、助け舟を出す。
「家は結構遠いんだよな?」
俺が口を挟むと、朝陽は「それだ!」と言わんばかりに目を見開き、大きく頷いた。
「そうそう! ここよりもずっと遠くから来ました! もう、ここに来るまで大変だったんですから!」
ずっと遠くというのは、あながち間違いではない。こいつは時空を超えて、未来からやって来たんだから。雑な返しにはなってしまったが、日和を納得させるには十分だった。
「やっぱりそうなんだ! 朝陽ちゃんみたいな可愛い子がいたら、地元で有名人になっていたはずだもん! だけど私も透矢も野球部の人達も朝陽ちゃんのことは知らなかったから、きっとこの辺りの子じゃないんだろうなって、思っていたんだぁ」
「私なんて全然可愛くないですよ」
不意に褒められた朝陽は、頬を赤らめて謙遜する。すると日和は、朝陽をまじまじと見つめた。
「いや、朝陽ちゃんは可愛いよ! 正直ね、今まで出会った女の子の中で、一番可愛いと思っているくらいだもん」
「大袈裟ですよ! ほら、圭一郎くんからも言ってやって!」
日和に褒められた朝陽は、助けを求めるように話を振ってきた。日和につられて、俺も朝陽をまじまじと見つめる。
ほんのり赤みがかった大きな瞳に、形の整った鼻筋。目鼻立ちのはっきりした顔立ちは、美人と呼べる部類に入る。初めて会ったときは、派手なギャルという印象だったけど、ここ最近は明るい髪色にも耳元で主張するピアスにも慣れてきた。ギャルという偏見がなくなれば、そこそこ可愛い女子高生に見える。
「まあ、可愛い方なんじゃないか?」
素直に感想を伝えてみる。すると朝陽は、ますます顔を赤くした。
「もう! 圭一郎くんまで揶揄わないでよ!」
朝陽は両手で赤くなった頬を抑えながら、バタバタと足を動かしていた。
◇
バスと電車を乗り継いで、一時間ほどかけて目的の駅に到着した。改札には駅員の姿はなく、ホームは三両の電車しか収まらないほどに短い。天井を見上げると、柱の隅に蜘蛛の巣が張っている。木造の駅舎は、嵐が来たら吹き飛んでしまいそうなほどに年季が入っていた。
ここから先は、徒歩でひまわり畑に向かう。電車内で調べた情報だと、坂道を登った先にひまわり畑があるらしい。
駅を出た俺達は、傾斜のある坂を息を切らしながら登った。この炎天下の中、坂道を登り続けるなんて気が遠くなる。
「暑い……」
朝陽が額に汗をかきながら悲痛の声を上げる。すると日和が朝陽の後ろに回り、背中を押した。
「もう少しだよ! 頑張れ、頑張れ!」
日和は朝陽の背中を押しながら、登りをサポートする。日和に押されるままに、朝陽は坂を登っていた。
日和はなんだか楽しそうだ。日和だって暑くてしんどいはずなのに、どうしてそんなに笑っていられるのか? 不思議に思いながらも、せっせと坂を登る二人を追いかけた。
坂を登り切った先には、金色のひまわり畑が広がっていた。整列するように植えられたひまわりは、一様に太陽を見上げている。ひまわり畑とカラッと晴れた夏空のコントラストは、ここまで坂を登ってきた疲れを吹き飛ばすほどに美しかった。
「わあ、すごい! ちょうど見ごろだねぇ」
日和は瞳を輝かせている。その声は、いつも以上に弾んでいた。
「すごい! めっちゃ綺麗!」
朝陽も瞳を輝かせる。その眼差しが日和と瓜二つだったせいで、俺は思わず吹き出してしまった。
「どうしたの? 圭ちゃん」
「いや、お前らの反応が、そっくりだったから」
理由を説明しても日和はピンと来ていないらしく、もう一度首をかしげる。そんな中、朝陽が俺の腕を掴んだ。
「ねえねえ、もう少し上に登ってみようよ!」
「おい、引っ張んなって」
朝陽に腕を引っ張られながら丘を登る。幅の狭い畑の隙間を通り抜け、頂上を目指した。
丘の頂上まで達すると、ひまわり畑を一望できた。金色のひまわりは、自らの生命力を主張するように力強く輝いている。それは見ている人間に、エネルギーを分け与えているようだった。
しばらくひまわり畑に見入っていると、あとから追いかけてきた日和が息を切らしながらやって来た。膝に手を付いて息を切らしていた日和だったが、顔を開けた瞬間、目を輝かせた。
「うわぁ! 絶景だねぇ」
日和はひまわり畑を見渡している。俺はひまわりよりも日和の横顔が気になって仕方なかった。見入っていると、ふいに視線が合う。
「今日は誘ってくれて、ありがとね。圭ちゃんが誘ってくれなければ、こんな景色は見られなかったよ」
ふわりと微笑みかけられる。その笑顔は、ひまわりよりも太陽よりも眩しかった。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。一瞬、息をすることさえも忘れていた。
日和の笑顔に、ここまで動揺したのは初めてだ。直視できなくなり、わざとらしく視線を逸らす。それでも心臓の音は、煩く鳴り響いていた。
「圭ちゃん、大丈夫?」
急に黙り込んだ俺を心配して、顔を覗き込む。距離が縮まったことで、ふわりと柑橘系の香りが漂ってきた。その香りで、胸が締め付けられる。俺は動揺を悟られないように、背中を向けた。
「なんでもねえよ」
声が裏返らないように返事をするのが精一杯だった。
見渡す限りの田園風景が流れて行く。黄緑色の苗と群青の空は、夏の瑞々しい風景を創り出していた。田んぼの傍では、白鷺が羽を広げている。きっとこの景色は、十年経っても変わらないんだろうなぁなんて思いながら、通り過ぎる夏の風景をしみじみと眺めていた。
「電車、ガラガラだね」
向かいのシートに座っていた日和の言葉につられて、車内を見渡す。二両編成の電車には、乗客は数えるほどしかいなかった。
俺達の住む町は、車がなければ生活が成り立たない。高校を卒業すれば、みんな当たり前のように車の免許を取得する。だから電車で移動するのは、学生が大半を占めていた。
そんな学生たちも、夏休みは家で過ごしている。だから電車内は閑散としているのだ。
「ガラガラの方が静かでいいだろう」
「それもそうだね」
日和は笑顔を浮かべたまま、隣に座る朝陽に話を振る。
「そういえば、朝陽ちゃんってどこから来たの?」
急に話題を振られた朝陽は、驚いたようにびくっと肩を震わせる。
「どこから……」
朝陽は目を泳がせる。日和の質問にどう切り返すか、必死で頭を回転させているようだった。
それもそのはずだ。同じ町に住んでいると答えれば、どこかでボロが出る。この時代と朝陽のいた時代とでは、町の様子は変わっているはずだから。万が一地元トークでも始まったら、どこかで食い違いが起きるに決まっている。答えに詰まる朝陽に、助け舟を出す。
「家は結構遠いんだよな?」
俺が口を挟むと、朝陽は「それだ!」と言わんばかりに目を見開き、大きく頷いた。
「そうそう! ここよりもずっと遠くから来ました! もう、ここに来るまで大変だったんですから!」
ずっと遠くというのは、あながち間違いではない。こいつは時空を超えて、未来からやって来たんだから。雑な返しにはなってしまったが、日和を納得させるには十分だった。
「やっぱりそうなんだ! 朝陽ちゃんみたいな可愛い子がいたら、地元で有名人になっていたはずだもん! だけど私も透矢も野球部の人達も朝陽ちゃんのことは知らなかったから、きっとこの辺りの子じゃないんだろうなって、思っていたんだぁ」
「私なんて全然可愛くないですよ」
不意に褒められた朝陽は、頬を赤らめて謙遜する。すると日和は、朝陽をまじまじと見つめた。
「いや、朝陽ちゃんは可愛いよ! 正直ね、今まで出会った女の子の中で、一番可愛いと思っているくらいだもん」
「大袈裟ですよ! ほら、圭一郎くんからも言ってやって!」
日和に褒められた朝陽は、助けを求めるように話を振ってきた。日和につられて、俺も朝陽をまじまじと見つめる。
ほんのり赤みがかった大きな瞳に、形の整った鼻筋。目鼻立ちのはっきりした顔立ちは、美人と呼べる部類に入る。初めて会ったときは、派手なギャルという印象だったけど、ここ最近は明るい髪色にも耳元で主張するピアスにも慣れてきた。ギャルという偏見がなくなれば、そこそこ可愛い女子高生に見える。
「まあ、可愛い方なんじゃないか?」
素直に感想を伝えてみる。すると朝陽は、ますます顔を赤くした。
「もう! 圭一郎くんまで揶揄わないでよ!」
朝陽は両手で赤くなった頬を抑えながら、バタバタと足を動かしていた。
◇
バスと電車を乗り継いで、一時間ほどかけて目的の駅に到着した。改札には駅員の姿はなく、ホームは三両の電車しか収まらないほどに短い。天井を見上げると、柱の隅に蜘蛛の巣が張っている。木造の駅舎は、嵐が来たら吹き飛んでしまいそうなほどに年季が入っていた。
ここから先は、徒歩でひまわり畑に向かう。電車内で調べた情報だと、坂道を登った先にひまわり畑があるらしい。
駅を出た俺達は、傾斜のある坂を息を切らしながら登った。この炎天下の中、坂道を登り続けるなんて気が遠くなる。
「暑い……」
朝陽が額に汗をかきながら悲痛の声を上げる。すると日和が朝陽の後ろに回り、背中を押した。
「もう少しだよ! 頑張れ、頑張れ!」
日和は朝陽の背中を押しながら、登りをサポートする。日和に押されるままに、朝陽は坂を登っていた。
日和はなんだか楽しそうだ。日和だって暑くてしんどいはずなのに、どうしてそんなに笑っていられるのか? 不思議に思いながらも、せっせと坂を登る二人を追いかけた。
坂を登り切った先には、金色のひまわり畑が広がっていた。整列するように植えられたひまわりは、一様に太陽を見上げている。ひまわり畑とカラッと晴れた夏空のコントラストは、ここまで坂を登ってきた疲れを吹き飛ばすほどに美しかった。
「わあ、すごい! ちょうど見ごろだねぇ」
日和は瞳を輝かせている。その声は、いつも以上に弾んでいた。
「すごい! めっちゃ綺麗!」
朝陽も瞳を輝かせる。その眼差しが日和と瓜二つだったせいで、俺は思わず吹き出してしまった。
「どうしたの? 圭ちゃん」
「いや、お前らの反応が、そっくりだったから」
理由を説明しても日和はピンと来ていないらしく、もう一度首をかしげる。そんな中、朝陽が俺の腕を掴んだ。
「ねえねえ、もう少し上に登ってみようよ!」
「おい、引っ張んなって」
朝陽に腕を引っ張られながら丘を登る。幅の狭い畑の隙間を通り抜け、頂上を目指した。
丘の頂上まで達すると、ひまわり畑を一望できた。金色のひまわりは、自らの生命力を主張するように力強く輝いている。それは見ている人間に、エネルギーを分け与えているようだった。
しばらくひまわり畑に見入っていると、あとから追いかけてきた日和が息を切らしながらやって来た。膝に手を付いて息を切らしていた日和だったが、顔を開けた瞬間、目を輝かせた。
「うわぁ! 絶景だねぇ」
日和はひまわり畑を見渡している。俺はひまわりよりも日和の横顔が気になって仕方なかった。見入っていると、ふいに視線が合う。
「今日は誘ってくれて、ありがとね。圭ちゃんが誘ってくれなければ、こんな景色は見られなかったよ」
ふわりと微笑みかけられる。その笑顔は、ひまわりよりも太陽よりも眩しかった。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。一瞬、息をすることさえも忘れていた。
日和の笑顔に、ここまで動揺したのは初めてだ。直視できなくなり、わざとらしく視線を逸らす。それでも心臓の音は、煩く鳴り響いていた。
「圭ちゃん、大丈夫?」
急に黙り込んだ俺を心配して、顔を覗き込む。距離が縮まったことで、ふわりと柑橘系の香りが漂ってきた。その香りで、胸が締め付けられる。俺は動揺を悟られないように、背中を向けた。
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