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第三話 ルール
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綾斗のクラスでは美少女ランキングが存在している。クラスの男子が面白半分で集計した失礼極まりない代物だが、これが案外浸透していた。
クラスで一番人気なのは、4月に京都から転校してきた相良雅。まとめ髪をした小柄な美少女で、京都弁ではんなり喋る姿が可愛いと評判だ。
二番人気は、木崎愛未。見た目は黒髪セミロングの清楚系だが、男心を熟知した小悪魔チックな仕草に多くの男子が翻弄されている。
三番人気が白鳥羽菜だ。教室の隅で静かに読書をしているような子で目立つタイプではないが、薄幸そうな儚い雰囲気に惹かれている男子は少なくない。
ちなみに羽菜は、学年でもトップクラスの成績を収めている。賢いうえに美人な羽菜は、非の打ちどころがないように見える。……が、運動はあまり得意ではないらしい。
綾斗の学校では、体育は男女別に行われる。今日は男子はサッカー、女子はソフトボールを行なっていた。
男子側のグランドでは2チームが試合をしており、綾斗を含む余った生徒たちはグラウンドの隅で待機していた。
その間、一部の男子が女子がキャッチボールをする姿を見て盛り上がっている。
「見ろよ。相良さんと木崎さんがペアになったぞ」
「美少女二人がペアなんて、ビジュ良すぎ」
「あそこは天国か?」
女子側のグラウンドではクラスで一番人気の相良雅と二番人気の木崎愛未がペアになってキャッチボールをしている。ほとんどの男子はその美少女ペアに注目していた。
その傍らで、綾斗は別の人物に注目する。白鳥羽菜だ。
羽菜はペアの女子にふわっとゆるい球を投げる。腕力がないのか、球は相手に届く前に地面に落下した。
羽菜は申し訳なさそうに両手を合わせ、ペアの女の子に謝る。なんてことないありふれた光景だ。
(いま白鳥羽菜を見ている男子は、きっと俺だけだろうな)
周りの男子が相良雅と木崎愛未に注目している状況では、羽菜のことなんて一切話題に上がらなかった。羽菜の姿を盗み見ながら、綾斗は昨日の出来事を思い出す。
(白鳥羽菜とハグともになったなんて、いまだに信じられない)
昨日、羽菜からハグともになろうと提案された。
目の前に差し出された小さな手を、綾斗はつい握ってしまったのだ。それが承諾の合図だと気付いていながら。
どうして承諾したのかと聞かれても、はっきりとした理由は説明できない。ただひとつ言えるのは、羽菜とのハグがとても良かったということだ。
柔らかな感触とぬくもりに包まれて、幸せな気分になった。羽菜の言う通り、幸せホルモンがドバドバと分泌されていたのだろう。
要するに、快楽に抗えなかったのだ。なんとも情けない話である。
しかし、ハグともになったはいいが、どういうシステムなのかイマイチ理解できない。どのタイミングでハグをすべきなのか分からないままでは、こちらからアクションを起こすことはできなかった。
流石にところ構わずハグをするというのは考えられない。人前でいきなりハグをしようものなら、悲鳴をあげられるような気がした。
羽菜のことを考えながら、ぼんやりグラウンドを眺めていると、隣に座っていたクラスメイトから話しかけられた。
「水野が慈悲深い顔で女子の体育を眺めてる」
「さすが菩薩様。悟りでも開いているのか?」
「おおー、ありがたや、ありがたやー」
クラスメイトは南無南無と拝むような仕草をする。その反応を見て、綾斗はいつものように笑って見せた。
「なんだよそれ! ただ眩しくて目を細めてただけだよ」
綾斗の言葉にクラスメイトはドッと笑う。
うん、問題ない。場の空気を壊さず、対処できた。綾斗は密かに胸を撫でおろしていた。
◇
昼休み。クラスメイトと教室でお弁当を食べようとしたところ、羽菜が綾斗の席にやって来た。羽菜は小さなお弁当を手に持ちながら、綾斗に小首を傾げる。
「水野くん、お昼ご一緒してもいいですか?」
羽菜の方から誘ってくるのは意外だった。驚きはしたが、断る理由はない。
「うん。いいよ」
綾斗は当たり障りのない笑顔を浮かべながら誘いに乗った。
一緒にお昼を食べるといっても、教室で堂々と食べるわけにはいかない。二人はどういう関係なんだと、クライメイトに追求されたら面倒だ。どこか別の場所で食べることにした。
中庭はリア充が占拠している。学食は騒がしくて落ち着かない。図書室は飲食禁止だから論外。
あちこち候補を思い浮かべた末、屋上まで続く階段でお弁当を食べることにした。この場所は滅多に人は通らない。視聴覚室の上の階ということもあり、授業で視聴覚室を使うとき以外は見向きもされない場所だった。
昨日、綾斗が屋上の扉に開いていることに気付いたのだって、たまたま視聴覚室に忘れ物を取りに行ったからだ。忘れ物を回収して教室に戻ろうとしたところで、扉が開いているのに気付いた。
学校の隅っこのような場所なら、綾斗と羽菜がお弁当を食べていても誰にも気付かれない。ちょっと埃っぽさは気になるが、騒がしいよりはずっとマシだ。
お弁当を開けると、羽菜は真面目な顔で話を切り出した。
「ルールを決めましょう」
「ルール?」
「はい。ハグとものルールです。こういうのは最初が肝心です。ルールを定めなければ、なああなな関係になってしまいます」
「なるほどね。じゃあ決めようか」
ルールを決めるというのは賛成だ。ルールがある方が分かりやすい。お互いの認識を一致させるためにも必要なことだった。
羽菜が提示したルールはこうだ。
1.ハグは人目につかない場所でする
2.ハグとものことは二人だけの秘密
3.ハグ以上の行為は禁止
「うん。異論はないよ」
「じゃあ、契約成立ですね」
羽菜は律儀にスマホにメモしていた。やっぱり真面目な気質らしい。
クラスで一番人気なのは、4月に京都から転校してきた相良雅。まとめ髪をした小柄な美少女で、京都弁ではんなり喋る姿が可愛いと評判だ。
二番人気は、木崎愛未。見た目は黒髪セミロングの清楚系だが、男心を熟知した小悪魔チックな仕草に多くの男子が翻弄されている。
三番人気が白鳥羽菜だ。教室の隅で静かに読書をしているような子で目立つタイプではないが、薄幸そうな儚い雰囲気に惹かれている男子は少なくない。
ちなみに羽菜は、学年でもトップクラスの成績を収めている。賢いうえに美人な羽菜は、非の打ちどころがないように見える。……が、運動はあまり得意ではないらしい。
綾斗の学校では、体育は男女別に行われる。今日は男子はサッカー、女子はソフトボールを行なっていた。
男子側のグランドでは2チームが試合をしており、綾斗を含む余った生徒たちはグラウンドの隅で待機していた。
その間、一部の男子が女子がキャッチボールをする姿を見て盛り上がっている。
「見ろよ。相良さんと木崎さんがペアになったぞ」
「美少女二人がペアなんて、ビジュ良すぎ」
「あそこは天国か?」
女子側のグラウンドではクラスで一番人気の相良雅と二番人気の木崎愛未がペアになってキャッチボールをしている。ほとんどの男子はその美少女ペアに注目していた。
その傍らで、綾斗は別の人物に注目する。白鳥羽菜だ。
羽菜はペアの女子にふわっとゆるい球を投げる。腕力がないのか、球は相手に届く前に地面に落下した。
羽菜は申し訳なさそうに両手を合わせ、ペアの女の子に謝る。なんてことないありふれた光景だ。
(いま白鳥羽菜を見ている男子は、きっと俺だけだろうな)
周りの男子が相良雅と木崎愛未に注目している状況では、羽菜のことなんて一切話題に上がらなかった。羽菜の姿を盗み見ながら、綾斗は昨日の出来事を思い出す。
(白鳥羽菜とハグともになったなんて、いまだに信じられない)
昨日、羽菜からハグともになろうと提案された。
目の前に差し出された小さな手を、綾斗はつい握ってしまったのだ。それが承諾の合図だと気付いていながら。
どうして承諾したのかと聞かれても、はっきりとした理由は説明できない。ただひとつ言えるのは、羽菜とのハグがとても良かったということだ。
柔らかな感触とぬくもりに包まれて、幸せな気分になった。羽菜の言う通り、幸せホルモンがドバドバと分泌されていたのだろう。
要するに、快楽に抗えなかったのだ。なんとも情けない話である。
しかし、ハグともになったはいいが、どういうシステムなのかイマイチ理解できない。どのタイミングでハグをすべきなのか分からないままでは、こちらからアクションを起こすことはできなかった。
流石にところ構わずハグをするというのは考えられない。人前でいきなりハグをしようものなら、悲鳴をあげられるような気がした。
羽菜のことを考えながら、ぼんやりグラウンドを眺めていると、隣に座っていたクラスメイトから話しかけられた。
「水野が慈悲深い顔で女子の体育を眺めてる」
「さすが菩薩様。悟りでも開いているのか?」
「おおー、ありがたや、ありがたやー」
クラスメイトは南無南無と拝むような仕草をする。その反応を見て、綾斗はいつものように笑って見せた。
「なんだよそれ! ただ眩しくて目を細めてただけだよ」
綾斗の言葉にクラスメイトはドッと笑う。
うん、問題ない。場の空気を壊さず、対処できた。綾斗は密かに胸を撫でおろしていた。
◇
昼休み。クラスメイトと教室でお弁当を食べようとしたところ、羽菜が綾斗の席にやって来た。羽菜は小さなお弁当を手に持ちながら、綾斗に小首を傾げる。
「水野くん、お昼ご一緒してもいいですか?」
羽菜の方から誘ってくるのは意外だった。驚きはしたが、断る理由はない。
「うん。いいよ」
綾斗は当たり障りのない笑顔を浮かべながら誘いに乗った。
一緒にお昼を食べるといっても、教室で堂々と食べるわけにはいかない。二人はどういう関係なんだと、クライメイトに追求されたら面倒だ。どこか別の場所で食べることにした。
中庭はリア充が占拠している。学食は騒がしくて落ち着かない。図書室は飲食禁止だから論外。
あちこち候補を思い浮かべた末、屋上まで続く階段でお弁当を食べることにした。この場所は滅多に人は通らない。視聴覚室の上の階ということもあり、授業で視聴覚室を使うとき以外は見向きもされない場所だった。
昨日、綾斗が屋上の扉に開いていることに気付いたのだって、たまたま視聴覚室に忘れ物を取りに行ったからだ。忘れ物を回収して教室に戻ろうとしたところで、扉が開いているのに気付いた。
学校の隅っこのような場所なら、綾斗と羽菜がお弁当を食べていても誰にも気付かれない。ちょっと埃っぽさは気になるが、騒がしいよりはずっとマシだ。
お弁当を開けると、羽菜は真面目な顔で話を切り出した。
「ルールを決めましょう」
「ルール?」
「はい。ハグとものルールです。こういうのは最初が肝心です。ルールを定めなければ、なああなな関係になってしまいます」
「なるほどね。じゃあ決めようか」
ルールを決めるというのは賛成だ。ルールがある方が分かりやすい。お互いの認識を一致させるためにも必要なことだった。
羽菜が提示したルールはこうだ。
1.ハグは人目につかない場所でする
2.ハグとものことは二人だけの秘密
3.ハグ以上の行為は禁止
「うん。異論はないよ」
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