次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ

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忍び寄る不穏な影

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「藤崎、本人たちが否定しているのに憶測で引っ掻き回すような余計な詮索をするべきではない。同期なんだから仲良く話すことはあるだろ」

立花さんが藤崎さんに窘めるように口を開いた。
私はその言葉を聞いて誤解されていないと安堵した。

「あの人、かなりめんどくさい人だな。そんなことわざわざ上司に聞きに行くか?」

宮沢が舌打ちしながら言う。
その気持ちは痛いほど分かる。
私だってさっきからイライラしているし。

「二人とも、なんかごめんね。同期として恥ずかしいわ。あれは酔っ払いの戯言として聞き流しといてね」

志保さんが謝罪してくれて、なんだか申し訳なくなった。

宮沢は急に立ち上がり「トイレ」と言って部屋を出た。
私はつくねを頬張っていたら、隣に誰かが座る気配がした。
てっきり宮沢がトイレから戻ってきたと思っていたんだけど。

「河野さん、さっきはうちの部下が変なことを言ってごめんね」

今まで宮沢がいた場所にまさかの立花さんが座ったので、私は心臓が飛び出るぐらい驚いた。

「いえ、大丈夫です。気にしてませんから」

どうにか平静を装いながら答える。
公の席でこんな至近距離に立花さんが座ってるなんてドキドキしない訳がない。

「藤崎は仕事は出来るんだが、噂話に興味があるみたいだから、そこをどうにかしてもらえたらいいんだけど」
「立花課長も苦労されているんですね。でもまあ、あの子の噂好きは直りそうにないですよ。私たちも何度も注意しているんですけど」
「そうか、水谷さんも苦労しているね」

立花さんと志保さんの二人は苦笑いしながら話している。

嘘や冗談でも宮沢と付き合っているという話題が出るのは不本意だ。
それを立花さんに聞かれたのが本当に嫌だった。
宮沢だってやっと玲奈に告白してこれからって時なのに、変な噂が広まったら嫌だと思うし。

「根も葉もない噂話を広められたら困る人間もいるってことを学習して欲しいですけど」

トイレから戻ってきた宮沢がイライラした様子でぼやく。
ちょうど、藤崎さんがいなくなったのでその席に座る。

「確かにそうだよね。二人に不愉快な思いをさせてすまない。藤崎には日を改めて注意しておくよ」
「あ、すみません。立花課長にそこまでしてもらわなくても大丈夫です」

宮沢は焦りながら謝罪していた。

***

お開きの時間になり、居酒屋を出ると藤崎さんが駄々を捏ねていた。

「私も二次会に行くー」
「行かない。藤崎はもう帰る!」
「えー、まだ飲み足りない」
「もう十分だから。立花課長、藤崎を連れて帰ります」
「ありがとう。悪いけど頼むね」
「大丈夫です。慣れているので。お疲れさまでした」

志保さんは止めてあったタクシーに藤崎さんを押し込んだ。

「梨音ちゃんは二次会行く?」
「すみません。私はちょっと眠くなったのでここで失礼します」
「帰るなら送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。野中さんが二次会に行かれなかったらみんな困りますよ」

野中さんに聞かれ、私は断りを入れた。

「俺がタクシーで送るんで大丈夫ですよ。河野の世話を同期に頼まれてるので。あっ、向こうで野中さんを呼んでますよ」

宮沢が二次会に行くメンバーを指さすと、「おーい」と手を振っている姿が見えた。

「悪いな。じゃあ、頼んだよ」

野中さんは足早にみんなの元へ向かった。
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