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忍び寄る不穏な影

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「乾杯」

その声に各自が手に持っていたグラスを持ち上げた。
今日は、プロジェクトの打ち上げの為に居酒屋に来ている。
和風建築の外観で店内は広々としていて、カウンター席、テーブル席、あとは個室も完備している居酒屋だ。
貸し切っている個室は掘りごたつ式になっていて、正座して座らなくていいので助かる。

先日、私も関わっていたオリジナル文房具の第二弾が無事に発売された。
好調な滑り出しをしているとのことで、みんな笑顔にあふれている。
打ち上げには用事があって参加できない人が数人いたけど、ほぼ全員が集まった。

私の席は宮沢やデザイナーの野中さんや広報部の志保さんとかチームの中で比較的若い人たちの集まりだ。
このメンバーで集まるのは最後なので寂しさは感じるけど。

「梨音ちゃん、しっかり飲んでる?飲み放題なんだから飲まなきゃ損だよ」

野中さんがビールを勧めてくる。
何度か顔を合わせているうちに、みんな私のことを下の名前で呼んでくれるようになった。

「ありがとうございます」

野中さんは今日の幹事ということで、常に周りに気を配って声をかけたり、上司の注文を聞きに行ったりと大忙しだ。
今も私の空いていたグラスに気づいて新しいビールを注文してくれていた。

「もう飲めません」とは言えなくて、苦笑いを浮かべながらグラスに口をつけた。

「梨音ちゃん、さっきからビールをよく飲んでるけどお酒は飲める方なの?」

目の前に座っていた志保さんが聞いてくる。

「さすがに量はそんなにたくさん飲めないけど、お酒は好きです」
「そうなのね。見た目は『ビールとか飲めません』とか言いそうだけど」
「私ってそんな風に見えますか?」
「うん。梨音ちゃんて見た目が可愛らしいから、カクテルとか甘いお酒限定みないな感じがする」

そういえば、私と同じような顔で甘いお酒限定しか飲めないという人物をよく知っている。

「私の母親がそうです。ビールとか一切飲めなくて、カクテル専門ですね。しかも、三杯ぐらいで酔っぱらっちゃうんです」
「えーなにそれ。すごく可愛い。顔は似てるの?」
「母の若い頃にそっくりみたいです」
「へぇ。私は完全に父親似なの。眉毛もすっごい太くて昔からコンプレックスだったの。メイクするようになって綺麗に整えたけどね」

志保さんの眉毛は綺麗なアーチ型を描いていて、派手すぎず品のあるメイクをしている。

「おい、今日は飲み過ぎるなよ」

隣に座っていた宮沢が小声で話しかけてきた。

「分かってるって」
「ホントかよ。中村からお前の酒癖の悪さを聞いてるから、かなり心配なんだけど」

同期や仕事での飲み会は多少セーブして飲んでいる。
だけど、前に玲奈と一緒に飲んだ時、二回ぐらい記憶をなくしてる。
その時の話を聞いたんだろう。
まぁ、あの時は玲奈と二人ということもあり、気が緩んでいたのもある。
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