次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ

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過去を乗り越えて

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今、目の前で綺麗に弧を描いているあの唇が私の唇に……と考えただけで恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。

「キス、嫌じゃなかった?」

嫌とかそんな感情は全くなく、人の唇の柔らかさに驚いていた。
小さく頷くと立花さんの大きな手が私の頬に触れた。
その手が後頭部へと回り、再び整った顔が近づいてきて反射的に目を閉じると唇が重なった。
角度を変えて触れては離れてを何度も繰り返してきて、その優しい口づけにドキドキと胸が高鳴る。
いきなりキスが深くなり、薄く開いた唇から熱い舌が入り込んできて口内をまさぐる。
差し入れられた立花さんの舌が私の舌を絡めとる。

「……んっ、」

鼻にかかった甘ったるい声が漏れ、クチュクチュと舌が絡まりあう水音が耳に届く。
上あごや頬の裏側、口内を貪るように動く舌に背筋がゾクリと粟立つ。
キスがこんなに気持ちのいいものだなんて知らなかった。
身体がどんどん熱くなり、欲望を煽るようなキスに溺れていく。

「んっ、ふぁ…んんっ、」
「可愛い声……気持ちいい?」

返事の代わりに頷けば、立花さんは満足そうに笑って再び唇を塞いだ。
濃厚なキスに身体の力が抜け、頭がぼんやりして思考が奪われていく。
舌先を擦り合わせられると下半身が甘く痺れ、身体の奥から蜜がとろりと溢れ出た。
キスだけで感じてしまい、思わず膝を擦り合わせる。
ようやく唇が離れると、立花さんは熱のこもった瞳で見つめてきて濡れていた私の唇を拭うように指でなぞる。

「そんな顔しないで。止まらなくなる」

真っ赤に染まった私の顔を見た立花さんは苦笑いを浮かべる。
止まらなくなるというのは、恋愛経験がない私でもわかる。
きっと立花さんは我慢してくれているんだ。

「大丈夫、今日は何もしないよ。俺は河野さんのことが好きだからこそ大切にしたいんだ」

愛おしげに見つめてくる。
立花さんが私のことを大切にしてくれているのは十分理解している。
だけど……。

私は恋愛経験はないけど、そういった行為に興味がないわけではない。
普通に性欲はあるし、好きな人と触れ合いたい。
それが証拠に、さっきの立花さんのキスだけで私の身体は熱を持て余している。

未知の経験だし、恐怖がないと言ったら嘘になる。
だけど想いが通じ合った今、このまま立花さんと結ばれたいと思ってる私がいた。
遅かれ早かれそういう経験をするなら今でも問題はない……よね?

「あの、止めないで……ください」
「えっ?」
「立花さんさえよければ、このまま……」

抱いてください、とは言えずにモゴモゴしてしまう。
チラリと窺うように立花さんに視線を向けると、ぽかんと口を開けて微動だにしていない。
その表情を見て、これは失敗したかもしれないと気づく。
ひとり気持ちが先走って失言してしまった。

「あの……なんでもないです」

恥ずかしすぎる。
さっきまであった身体の熱が一気に冷めていく。

「今日は帰ります」

涙が出そうになるのを堪えて立ち上がった。

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