次期社長と訳アリ偽装恋愛

気づきたくなかった気持ち

６

「全然迷惑なんかじゃないよ。君を甘やかすのは俺の役目だから」

立花さんの優しさが胸を熱くする。
どうしてそんなことを言うの？
柔らかな眼差しを向けられ、何も言えないでいたら不意に着信音が耳に届いた。
どうやら立花さんにかかってきた電話みたいで、スマホの画面を見ると「ちょっとごめんね」と言って電話に出た。

「もしもし。あー、悪い。ちょっと用事があって店から出たんだ。すぐ戻るよ。分かってるって、マキにもそう伝えて」

話の内容からして居酒屋で一緒にいた人だというのが分かる。
それより聞こえてしまった名前に胸騒ぎがした。
マキって誰なんだろう。
友達……いや、女の人かな。
あっ！
もしかしてマキって立花さんが片想いしている人かもしれない。
一瞬にしていろんなことが頭の中を駆け巡る。
普段ならもう少し冷静に考えられたかもしれない。
だけど、今は能勢さんの暴言のこともあり気持ちが不安定になっていて、どんどん志向がマイナスの方に働いてしまう。

この前、立花さんは好きな人と徐々に距離をつめていきたいと話していた。
もしかしたら、好きな人も一緒にいたのに私のせいで立花さんが席を外すことになってしまったとしたら申し訳ない。
それと同時に胸が痛くて切なくなった。
スマホをポケットにしまった立花さんに私はすぐに謝罪した。

「立花さん、食事中だったんですよね。私のせいですみません。もう、ここで大丈夫なので失礼します。ホントにありがとうございました」
「えっ、河野さん？」
「それでは失礼します」

勢いで言いたいことだけ言って私は背中を向け早足で駅へと急いだ。

つい忘れそうになるけど、私と立花さんは偽装恋愛をしていたんだ。
胸の痛みの原因を今になって自覚してしまうなんて最悪だ。
あんな提案なんて受け入れなければよかった。
一緒に過ごす時間が増え、いつの間にか私は立花さんを好きになっていた。

看病してくれたり、慣れない料理を作ってくれたりと私のためにいろんなことをしてくれた。
立花さんの優しさに甘え、どんどん私の心の中に彼が入り込んでいた。
でも、私の想いは届くことはない。
立花さんには好きな人がいるからーーー。

唇を噛み締め、ひたすら歩く。
立花さんに偽装恋愛の解消を切り出されるのも時間の問題かもしれない。
この関係は偽物だったんだから当然だ。

私という存在は、立花さんの役に立てていたんだろうか。
与えられるばかりで何も返せていない気がする。
私は恋する気持ちを思い出すことが出来て立花さんには感謝しかない。
立花さんが偽装恋愛の解消を持ち掛けてきたら、その時はちゃんと受け入れないといけないと自分自身に言い聞かせた。