次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ

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花火と芽吹く想い

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二十代であろう少しガラの悪い男性にジロリと睨まれて身体が竦む。
そんな私を見て、その男性の隣にいた女性が申し訳なさそうに口を開いた。

「こっちこそごめんなさい。ちょっと、孝太!舌打ちなんてしないで。謝ってくれたんだからいいでしょ。ほら、早く行こう」

女性が宥めるように言い、そのカップルは再び歩き出した。

こ、怖かった……。
一緒にいた女性がいい人で本当に良かった。

それより、立花さんを探さないといけない。
人にぶつからないように周りを気にしながら歩いていたら、ドーンという音が耳に届いた。

花火が上がったんだ。
この人混みの中ではゆっくりと花火を見ることは出来ない。
私、何をやっているんだろう。
子供みたいに浮かれてクレープなんて食べたいとか言わなければよかった。
そしたら立花さんとはぐれることはなかったのに。
後悔先に立たず、情けなさや心細さで涙が出そうになる。

「河野さん!」

いきなり背後から腕を掴まれた。
聞こえた声に振り返ると、ずっと探していた人が汗だくて息を切らしていた。

「よかった、見つかって」

私は立花さんに会えてホッとしたせいか、涙がこぼれ落ちた。

「ごめん、一人にして」

一瞬、驚いた顔をした立花さんは私の涙を優しく拭ってくれた。

「ここは通行の邪魔になるから移動しようか」

そうだ、ここは屋台がひしめいていて人の往来がある。
突っ立っていたら邪魔になるだけだ。

「またはぐれたら困るから」

そう言って立花さんは私の手を繋ぎ歩き出した。
私も二度とはぐれたくなかったので、その手をしっかりと握り返した。

花火大会の会場から少し離れた砂場と鉄棒しかない小さな公園に着いた。
ビルとビルの隙間から花火が見えるか見えないかという微妙な公園だから、誰もいなかった。
穴場と言えば穴場だけど、わざわざこんな公園で見ようとする人はいないのかもしれない。
立花さんはそれを知っていてここに連れてきてくれたのかな。

「そこのベンチに座ろうか」
「はい」

ベンチに座り、一息ついた。
公園の街灯の明かりに照らされた立花さんの額には汗を浮かんでいた。
私はバッグからハンドタオルを差し出した。

「よかったら使ってください」
「ありがとう」

タオルを受け取ると額の汗を拭いながら口を開いた。

「連絡が取れなかったので心配したよ」
「すみません、スマホを家に忘れてきたみたいで」
「そうだったのか。どうりで何度連絡しても出ない訳だ。でも、無事に会えてよかったよ」

あんな人混みの中、汗をかきながら私を探してくれていたことを知り、申し訳なくなる。

「ごめんなさい」
「誤らなくてもいいよ。俺にだって落ち度はあるし。無事に会えてよかった」

立花さんが優しく微笑み、また泣きそうになった。

「腹減らない?」

そう言われ、返事をする前に私のお腹がグゥと小さな音を鳴らす。
ホッとしたからなのか、お腹は正直に空腹を知らせた。
しかも、どうやら立花さんにその音が聞こえたらしく、私の顔を見てプッと吹き出す。

「だよな。買ったやつ、食べよう」

いただきます、と手を合わせ焼きそばの蓋を開けて食べ始める。
私も恥ずかしさを誤魔化すようにクレープにかぶりついた。
お腹が空いてたこともあり、あっという間に食べ終えた。
美味しかったなと満足していると、立花さんがクスッと笑った。

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