次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ

文字の大きさ
上 下
19 / 107
悩む日々

しおりを挟む
「なるほど、会社の人がそんなことをね」

枝豆を摘みながら音波ちゃんが呟く。

「でも、梨音にはいい機会なんじゃない?恋がしたいって言ってもそう簡単にいい人なんて現れないと思うし、男の人に慣れておくのもいいかもね。ナンパとかで変な男に引っかかるより、会社の人なら多少は安心だし」
「そうかな」
「そうだよ!梨音は男の人と付き合ったことがない上に、あの失恋のダメージが梨音を消極的にしているのよ。一番楽しい時期に一人身なんて勿体ないわ。まだ二十代半ばだからって油断していたら、あっという間に三十路になるんだからね。私なんてあと三年で三十路だよ」

音波ちゃんはため息をつく。

「もっと軽い感じで考えてみたらいいんじゃない?だって偽装彼氏なんでしょ。付き合ってみて無理だと思うなら断ればいいし、何事も経験だよ」
「そんな軽い感じでいいのかな」

相手に失礼な気がする。
ましてや、会社の御曹司。
音波ちゃんはそれを知らないからあんな風に言えるんだよなぁ。

「あのね、誰も付き合った相手と必ず結婚しろなんて言ってないでしょ。それに、普通に付き合っててもすぐに別れたりするんだよ。相性もあるし、苦手だなと思っていた人が付き合ってみて意外にそんなことなかったりするし。梨音は深く考え過ぎ。だって、提案されているのは偽装恋愛でしょ。向こうだって軽い感じで言ってきたんじゃないの?」
「そうなのかな」
「そうだって。お互いにプラスになるんだから、前向きに考えなよ。それと、お兄ちゃんのバーに行くこともね!」

前向きか……。
立花さんも私が協力してくれたら助かるって言っていた。
もう少し、気楽に考えてもいいのかも。
気持ちが軽くなり、飲みかけのビールを一気に飲み干した。

音波ちゃんと別れて家に帰ると、私は初めて自分から立花さんに連絡を取った。
メッセージで済ますのはさすがに失礼だと思い、電話をかけることにした。
呼び出し音が数回鳴って、『もしもし』と立花さんが出た。

「夜分遅くにすみません。河野です。今、お時間大丈夫ですか?」
『時間は全然大丈夫だけど、どうしたの?』

穏やかな声が耳に響く。

「あの、この前の返事をしようと思って。長い間、お待たせしてしまってすみません」

緊張で心臓がバクバクと音を立てている。
本当にこの判断がいいのか分からない。
でも、何事も経験だと音波ちゃんに言われたし、やるだけやってみよう。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。

「立花さんの提案の件ですけど、お受けします」
『それは、恋のリハビリの提案を受け入れてくれるってこと?』
「はい」
『よかった。じゃあ、今日から俺たちは彼氏彼女だね』

改めて彼氏、彼女という言葉を口に出されるとむず痒くなる。
偽装とはいえ、立花さんと付き合うなんて全く想像が出来ない。
でも、提案を受け入れてしまったのだから、あとは流れに身を任せるだけだ。

「いろいろと慣れてないのでご迷惑をおかけするかもしれませんけど、よろしくお願いします」

そう言いながら、向こうから見えていないのに頭を下げた。

『こちらこそよろしくね。だけど、そんなに畏まらなくていいよ。もっと気楽に考えてくれたらいいから』

立花さんはクスクス笑う。
そして、おやすみと言って電話を切った。

これから私はどうなってしまうんだろうという不安と、少しの期待が入り混じった複雑な感情が押し寄せ、その日の夜はあまり眠れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

処理中です...