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偶然の再会

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ドアを開けて外に出た瞬間、ふわりと春の風が私を包んだ。
その心地よさについ笑みを浮かべてしまう。
駐車場に止めてあった配達用の車に乗り込んだ。
車を走らせていると、桜並木が視界に入る。
天気もいいし、お花見日和だ。

夏木美桜(なつき みお)、二十四歳。
母親が私を身ごもっている時、桜が綺麗に咲いていたのを見た父親が『美しい桜のように綺麗に咲き誇って欲しい』という理由で名前を付けてくれたらしい。

私が中学の時に両親が離婚し、父親と離ればなれになってしまった。
離婚理由は教えてもらえなかったけど、父親は私のことを可愛がってくれていたし、私も離れたくなかった。
でも、母親の手前、会いたいという気持ちは胸の奥にしまっていた。
八年前に病気で亡くなったと親戚から聞かされ、春が来ると何となく父親を思い出すことがある。

母親は女手ひとつで私を育てるために寝る間も惜しんで働き、短大まで通わせてくれた。
働き詰めだからといって、家事など手抜きをしていたということは一切ない。
朝起きたらご飯は出来ていたし、私が高校生の頃はお弁当も毎日欠かさず作ってくれていた。
母親には感謝の気持ちしかない。

そんな母親も私が短大を卒業した四月に再婚した。
前から付き合っていたみたいだけど、私が短大を卒業するまで待ってくれていたらしい。
義父は会社を経営していて、すごく優しい人。
何より母親のことを大切に想ってくれていて、この人なら大好きな母親を任せられると思った。
今まで苦労した分、母親には残りの人生を自分のために生きて幸せになってもらいたいと心から願っている。
再婚後、母親や義父に一緒に住もうと言われたけれど、私は断って家を出た。
一応、二人は新婚な訳だしのんびり暮らすのが一番だと考えた結果だ。

私は母親の妹夫婦が営んでいる『和田さん亭』という惣菜店で働いている。
惣菜の量り売りや弁当を扱っている店だ。
従業員はおばさんとその旦那さん、調理師免許を持っている男性従業員とパートの女性が三人と私の七人だ。
店の規模は小さいけど、近くにはオフィスビルやマンションもあり、たくさんの人に利用してもらっている。

テーブルに惣菜をのせた大皿が並び、日替わりメニューや定番の物など常時三十種類の惣菜を作っている。
サラリーマンやOLの人にはお弁当が人気だ。
最近は会議用や行楽用、イベント用など予約弁当の配達も始めた。
これが好評で徐々に弁当の注文が増えている。
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