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第1話 特定
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阿山狩千流(あやまかり ちる)、女十五歳。退魔師の家系阿山狩家に生まれ、邪(よこしま)な人ならざるものと戦うべく厳しい修行と教育を受けて育ってきた。
神仏への信仰、妖怪への興味が薄くなった現代、家に舞い込む退魔の仕事は昔と比べて減っているが、人外に苦しめられている人間がいること自体は今も変わらない。
(気配の数は二匹ってところね……)
入学式から三日後。昼休みに弁当を口に運びながら千流はこの学校にいるらしい人外のことを考える。
千流が考えるにこの学校の中で、奴等は物の姿を借りているか、生徒として紛れ込んでいる可能性が高い。
(普通の人間に寄生して悪さをしている可能性も捨てられない……待ってなさい、悪しき者たち。
どんなに上手に隠れていたって、この私が見つけ出してみせるわ……!)
千流は桃色の弁当箱を片付けて、涼しげに艶やかな漆黒のポニーテールをさらりと揺らして立ち上がる。
「ね、ね。見に行ってみようよー! すっごく格好いいんだってー!!」
「えー。私、日本人顔がタイプなんだけど」
「あんまり外国人!って感じしないってさ! ラテンだけど性格は硬派だって! お兄ちゃんが言ってた!」
「ふーん。まあ、同性がそう言うんならそうかも……?」
「空手部主将で昼休みでも練習してるって噂だし、早くしないと終わっちゃう! 今ならいるかもだし一緒に来てよぉー」
教室を出ようと席から離れようとした千流の上靴が、耳に飛び込んできたクラスメートたちの会話に歩きだしてすぐに止まった。
そしてはしゃいだ声で友人の手を引き教室を出ていった後ろ姿を目で追い、瞬きした。
クラスメートたちの背中を歩いて追いかけていけば、一階の廊下の途中で女子、女子、女子、女子、女子の不自然な群れ。
「えー、空手の練習は?」
「今日は早めに終わっちゃったみたい」
「せめて、顔だけでもぉー」
せめて顔だけでも、とは一体どんだけだと千流は思う。しかし、イケメンだの外国人だのという理由よりも、なんとなく、自分の勘が『怪しい』と語りかけるようで、来てみたのだ。
人間を魅力し利用する化け物たちもいる。まあ、ここまで騒がれるほど目立つなんて、よほど自分は退魔されないという自信があるか、ただ後先考えぬ馬鹿なだけか。
(まあ一応、確かめるだけならタダだし)
「あれ。貴方――」
「……?」
ふと不思議がる声が聞こえて振り返ると、先程教室で騒いでいた女子二人が千流を見ている。
「同じクラスの人だよね? 貴方も見に来たの!?」
「……え」
「イ、ケ、メン! まー見に来ちゃうよね!! あたしら年頃だもんねぇ!!」
「あ、いや……私は――」
別に男には興味ないのだが、まさか退魔師だと素性を明かすわけにもいかない千流はどう説明しようか困る。
「私は、まあ、三年のお兄ちゃんから聞き出した情報からなんだけどね!」
「あ……うん? そう……なの……??」
「あ、私、金町(かなまち)志織! こっちは中学から一緒の、羽原亜未ね」
「……阿山狩千流。よろしく」
キラキラとした元気のいい志織と、落ち着きのある現実的そうな亜未。千流も流れのままに名乗ったとき、強い気配を感じたと共に、集っていた女子たちから黄色い悲鳴が上がる。
「ランフランクせんぱーい!!」
二年生らしき女子たちの口から名前が飛び出した、その先。強い気配を凝視する千流。
180近い長身に、制服越しでもわかる、年相応だがほどよく鍛えられた身体、短い赤毛。日本人離れした顔立ちの男が、他の部員たちに囲まれ涼しい顔でこちらに見向きせず通りすぎようとしていた。
「こっち向いてー!」
「せんぱーい!!」
間違いなかった。あいつだ――。
黄色い悲鳴のすぐ後ろで目を細め千流が睨んだ瞬間、ランフランクもふと顔をあげて切れ長の瞳で彼女を見る。こちらの敵意に気づいたのか。
勘違いした女子たちの悲鳴がよりいっそう高く上がる。
歩みを止めないランフランクが、そのまま前を向いて何事もなかったかのように歩き去っていく。
「……顔。覚えたわよ――」
制服におおわれた大きな背中を目で追いかけながら呟いた千流の独り言は、志織たちのテンション高い声にかき消される。
さて。こちらの敵意に気づいた奴はどう出るか。
まあ、たとえ逃げたとしても、すぐに追いかけて潰すだけなのだが。
ふん、と一人鼻で笑った千流。
こうして、二人は出会ったのだった。
神仏への信仰、妖怪への興味が薄くなった現代、家に舞い込む退魔の仕事は昔と比べて減っているが、人外に苦しめられている人間がいること自体は今も変わらない。
(気配の数は二匹ってところね……)
入学式から三日後。昼休みに弁当を口に運びながら千流はこの学校にいるらしい人外のことを考える。
千流が考えるにこの学校の中で、奴等は物の姿を借りているか、生徒として紛れ込んでいる可能性が高い。
(普通の人間に寄生して悪さをしている可能性も捨てられない……待ってなさい、悪しき者たち。
どんなに上手に隠れていたって、この私が見つけ出してみせるわ……!)
千流は桃色の弁当箱を片付けて、涼しげに艶やかな漆黒のポニーテールをさらりと揺らして立ち上がる。
「ね、ね。見に行ってみようよー! すっごく格好いいんだってー!!」
「えー。私、日本人顔がタイプなんだけど」
「あんまり外国人!って感じしないってさ! ラテンだけど性格は硬派だって! お兄ちゃんが言ってた!」
「ふーん。まあ、同性がそう言うんならそうかも……?」
「空手部主将で昼休みでも練習してるって噂だし、早くしないと終わっちゃう! 今ならいるかもだし一緒に来てよぉー」
教室を出ようと席から離れようとした千流の上靴が、耳に飛び込んできたクラスメートたちの会話に歩きだしてすぐに止まった。
そしてはしゃいだ声で友人の手を引き教室を出ていった後ろ姿を目で追い、瞬きした。
クラスメートたちの背中を歩いて追いかけていけば、一階の廊下の途中で女子、女子、女子、女子、女子の不自然な群れ。
「えー、空手の練習は?」
「今日は早めに終わっちゃったみたい」
「せめて、顔だけでもぉー」
せめて顔だけでも、とは一体どんだけだと千流は思う。しかし、イケメンだの外国人だのという理由よりも、なんとなく、自分の勘が『怪しい』と語りかけるようで、来てみたのだ。
人間を魅力し利用する化け物たちもいる。まあ、ここまで騒がれるほど目立つなんて、よほど自分は退魔されないという自信があるか、ただ後先考えぬ馬鹿なだけか。
(まあ一応、確かめるだけならタダだし)
「あれ。貴方――」
「……?」
ふと不思議がる声が聞こえて振り返ると、先程教室で騒いでいた女子二人が千流を見ている。
「同じクラスの人だよね? 貴方も見に来たの!?」
「……え」
「イ、ケ、メン! まー見に来ちゃうよね!! あたしら年頃だもんねぇ!!」
「あ、いや……私は――」
別に男には興味ないのだが、まさか退魔師だと素性を明かすわけにもいかない千流はどう説明しようか困る。
「私は、まあ、三年のお兄ちゃんから聞き出した情報からなんだけどね!」
「あ……うん? そう……なの……??」
「あ、私、金町(かなまち)志織! こっちは中学から一緒の、羽原亜未ね」
「……阿山狩千流。よろしく」
キラキラとした元気のいい志織と、落ち着きのある現実的そうな亜未。千流も流れのままに名乗ったとき、強い気配を感じたと共に、集っていた女子たちから黄色い悲鳴が上がる。
「ランフランクせんぱーい!!」
二年生らしき女子たちの口から名前が飛び出した、その先。強い気配を凝視する千流。
180近い長身に、制服越しでもわかる、年相応だがほどよく鍛えられた身体、短い赤毛。日本人離れした顔立ちの男が、他の部員たちに囲まれ涼しい顔でこちらに見向きせず通りすぎようとしていた。
「こっち向いてー!」
「せんぱーい!!」
間違いなかった。あいつだ――。
黄色い悲鳴のすぐ後ろで目を細め千流が睨んだ瞬間、ランフランクもふと顔をあげて切れ長の瞳で彼女を見る。こちらの敵意に気づいたのか。
勘違いした女子たちの悲鳴がよりいっそう高く上がる。
歩みを止めないランフランクが、そのまま前を向いて何事もなかったかのように歩き去っていく。
「……顔。覚えたわよ――」
制服におおわれた大きな背中を目で追いかけながら呟いた千流の独り言は、志織たちのテンション高い声にかき消される。
さて。こちらの敵意に気づいた奴はどう出るか。
まあ、たとえ逃げたとしても、すぐに追いかけて潰すだけなのだが。
ふん、と一人鼻で笑った千流。
こうして、二人は出会ったのだった。
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