風と水の物語

木野恵

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1.水の精の旅立ち

しおりを挟む
 あるところに、一つの大きな水溜まりがありました。

 その水溜まりは雨が降ってできた水溜まりではなく、人々が言うところの池でした。

 その池の中でも、ひときわ冒険心の強い水の精が住んでいました。

「いつかこの池をでて、この広い世界を旅してみたい!」

 水の精は、雨が降る度によそからやってきた仲間たちの冒険話を聞いて、想像に花を咲かせながら、いつか旅立つ日を心待ちにしていました。

 水の精は待ち続けるのが苦手だったので、自力で陸に上がろうとしましたが、すぐに池へとずり落ちて戻ってしまいました。

 ならば地面からどこかへ抜けられないか、試そうとしましたが、すり抜けていくことができませんでした。

「いつか小さな粒になって、みんなのように旅立つ時を待つしかないのか。それっていったいいつになるのだろう?」

 水の精はいくら頑張っても、願った通りにならないので、諦めて待とうとしました。



 水の精は池から旅立っていく仲間たちを何度か見送り、次はきっと旅立てると良いなと願い続けましたが、なかなかそのときはやってきません。

「ああ、あの風のように自由にあちこち飛び回れたら良いのにな」

 水の精は風に憧れました。そして、諦めてただ待っていることがやはりできませんでした。

 風が吹きわたり、水面を揺らす度に、水の精は風に手を振り続けました。

「僕をどうかつれていってくれませんか? 冒険にでたいんです」

 しかし、風はとてもはやく吹き抜けていくので、水の精に気づいた風の精がいて手を伸ばしても、もうとっくに通りすぎて遠くへいってしまったあとのことでした。

 水の精は考えました。

「そうだ、体を軽くすれば、風が吹くだけで浮けるくらいスリムになれば良いんだ」

 しかし、水の精がいくら頑張ってもこれ以上軽くなることはありませんでした。

 実は水の精は池そのもので、池の水をまるごと持ち上げない限り、旅にでることなんてできないのでした。

 そんなことを水の精は知らず、気づくこともないまま、冒険にでるときを夢に見続けました。



 そんなある日のことでした。

 水の精はいつものように、池から旅立っていくみんなを見送っていました。

「ああ、また選んでもらえなかったな。どうやったらみんなのように旅立てるのだろうか?」

 水の精にとってそれが当たり前になり、残念に思わなくなってどれほどの年月がすぎたでしょう?

 それでも、冒険への憧れはなくならないままのときです。

 いつもと違ってとても強い風の渦が、水の精の池に近づいてきました。

 水の精は目を丸くしながらそれを見ていましたが、見つめた頃には風に巻き上げられて宙を舞っていました。

 ぐるぐると激しく回転しながら宙を舞い、水の精は突然で初めてのできごとに恐怖と不安で叫びます。

「助けて! 誰か助けて!」

 水の精の手に、とてもふんわりとした何かが触れました。するとどうでしょう、激しく回転する水の精の回転がピタリと止まり、優雅に渦をまわるだけになりました。

 水の精は恐る恐る目を開き、手に触れたそれを見つめようとしましたが、見つめた先にはなにもありません。

 水の精は首をかしげます。

 すると、どこからともなく声が聞こえてきました。

「いつも手を振っていた水の子さん、ようこそ風の渦へ。私たちは風の精。みんなあなたのことに気がついて、一緒に連れていきたいと思って集まりました」

 水の精の周りで、たくさんの風の精が話しかけ、祝福と歓迎の言葉をたくさん口々にしていましたが、水の精には風の精の姿は一つも見えません。

 水の精は不思議に思いながらお礼の言葉を口にします。

「僕を連れていってくれてありがとう! ずっと冒険にでたかったんだ!」

 水の精はおおはしゃぎ。顔には満面の笑みを浮かべています。風の精たちのお陰で、いくら頑張っても、いくら工夫しても叶わなかった願いが叶ったのです。

 風の精たちは、そんな水の精を見てとても嬉しく思うのですが、水の精と違って、笑顔を浮かべてもみてもらえることも、気づいてもらえることもありません。

 水の精は風の精たちの憂いを知らないまま、念願の旅にでるチャンスをくれたお礼がしたくてたまらなくなりました。

「冒険へ連れていってもらえたお礼に、僕にできることはありませんか?」

 風の精たちは、水の精の言葉に驚きを隠せません。

 お礼をなんて、風の精たちの頭になかったからです。

 風の精たちはただ、水の精に手を差しのべたくなっただけだったからです。

 風の精たちはそれぞれ相談しあって、お礼に何をしてもらうかを考えて決めました。

「このまま私たちと一緒に旅をし続けていただけませんか? そして、私たちの姿を見えるようにしてもらえませんか?」

 水の精はそんなことで良いのかと驚きました。

 水の精がいくら頑張っても、いくら待っても、いくら工夫しても叶わなかった願いのお礼が、ただ一緒に旅をするだけでいいというのです。

 しかし、風の精たちの姿を見えるようにできるかどうか、水の精はやったことがなかったので自信がありません。

「君たちの思い描いたような願いを叶えることができるかわからないけれど、やってみましょう」

 水の精は、大きな水の体を風の精たちにもっと細かくしてもらうのを手伝ってもらいながら、どこかへ離れていきすぎないように頑張って引き留めました。

 水の精が思っていたよりも大変なことでしたが、上手にみんなの姿を作ることができて心のそこから安心しました。

 風の精たちは大喜びです。新しくできた真っ白な姿におおはしゃぎ。

 いくら頑張っても、いくら工夫しても叶わなかった願いが、水の精のお陰で叶ったのです。

「叶うことがないと思っていた願いが叶うなんて! 水の精さん、お礼をさせてはいただけませんか?」

 水の精と風の精たちは笑いあいました。

「これではお礼のお返しをし続けて終わることがないでしょうね」

「私たちの旅も終わりのない素敵な旅になる。きっとそうであれば良いという願掛けにできないでしょうか?」

「それはとても良い提案です」

 こうして、水の精と風の精たちは、楽しく幸せに旅を始めました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

r18短編集

ノノ
恋愛
R18系の短編集 過激なのもあるので読む際はご注意ください

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

処理中です...