楽園 空中庭園編

木野恵

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コロッセオ

贈り物

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 やっぱりもう一度道を聞いておくべきだったかな。

 不安に思いながら元来た道をたどり、見覚えのある鍛冶場が見えてきてようやく胸を撫でおろした。

 よし、ちゃんと戻ってこれたぞ。

「お? どうしたんだ、マイヒーロー?」

 ちょうどよくイフリートが表に顔を出したので、少し後ろめたさを感じながら料理を食べてはいけない事情を話してみた。ユグドラシルを登る予定も。

「あー……こっちの住人になるってわけじゃあなかったんだな。そういうことなら俺からの加護を授けてやろう。応援してるぞ? 失敗してもまた挑戦できる限り続ければいいさ。そうだ! 見送りにも行きたいんだがいいか?」

 ノームのように表情が曇るわけでもなく、むしろカラッとして晴れやかに提案しながら拳を軽く胸にぶつけてくれるのだから、こちらも胸がすっと軽くなった。

 今のが加護の付与だったのか、軽くなった心がじんわり熱くなってくるのを感じる。

「とてもうれしいです! ありがとうございます!」

 素直に気持ちを伝えると、好青年スマイルをお見舞いしてくれた。

 太陽のように爽やかで晴天を思わせる晴れやかさだ。

「今じーさんは鍛錬中なんだ。良かったら見ていくか? そろそろまた金属を熱する時間だから俺は行くぜ」

 イフリートは張り切りながら作業場へ戻っていった。

 邪魔になってしまわないかが気になったけれど、せっかくのお誘いだったので顔を出してみることにした。

 隅っこでじっとしていればきっと邪魔にならない。だから大丈夫。

 工房にはドアがなく、通りから丸見えで壁も何もないにも関わらず作業場は酷い暑さだった。

 作業場に近寄った瞬間全身汗だくになってしまうほど。

 パンゴリンも汗だくになりながら、イフリートに熱してもらっている金属をじっと見ている。

 この中で涼し気な顔をしているのはイフリートだけだった。

 心なしか陽炎が見える。屋内なのに。

 暑さに目を細めながらパンゴリンを見やると、こんな灼熱地獄の中にいながら表情は真剣そのもの、引き締まっていて眼光も鋭く、先ほどのような自信なさげな様子は微塵もなかった。

 イフリートも真剣な顔で青い火を出している。

 そっとパンゴリンが火から金属を離し、金槌を打ち付け始めた。

 見ていても何が起きているのかさっぱりだったが、徐々に形が整い、熱せられた金属がどんどん透き通るような輝きを放ち始めているように見えた。

 も、もうだめだ。

 あまりの熱気に耐えきれず、通りへと退避する。

 パンゴリンさんは本当にすごい。あの灼熱地獄の中で集中力をきらさずに作業をしているなんて。

 気温差に膝から崩れ落ちると、ウンディーネがこちらへ歩いてきていた。

「わああああ!! やっと見つけたー! 10周走り終えたら反省文書かされてたの! わああん! 走ったら許すって言ってくれてたのに! 嘘つき! あら? ものすごく汗だくで全身真っ赤だけど大丈夫?」

 ちょうどいいところにきてくれてほっとしつつ、反省文を書いていたと聞いて大笑いしてしまった。

「そこまで笑わなくてもいいのにー」

 唇を尖らせながらふてくされているウンディーネを見ていて、唐突にアトランティスが闇に覆われていないかが心配になった。

「空中庭園は闇に覆われ始めていたけど、ウンディーネがアトランティスを離れても同じようにならない? 大丈夫なのかな」

 心配そうに聞いてみると、今度はウンディーネが笑った。

「大丈夫大丈夫! アトランティスのみんなは自分たちの意思で私を解放してくれたからね。多分、コロッセオも大丈夫だよ! 空中庭園はノームのことずっと閉じ込めてたし解放する気がまったくなかったから。ここのみんなは話してみた感じ、ほとんどの人がクロウに説得されてたね! だから大丈夫。お母さんは自分の子大事にしてくれてたら怒らないの」

 アトランティスが無事だと聞いて安心したけれど、精霊たちから聞いた親の話をまとめると、とても怖い母親と、慈愛に満ちた父親像ができ始めていた。

 月と大地の闇、もし会えて会話ができるなら、実際はどんな性格なのかわかるのになあ。

 怖いと思う反面、少しで良いから話してみたい気にさせられる不思議な両親。

 そんなことを考えていると、ウンディーネがきょろきょろとあたりを見ていることに気が付いた。

「あれ? ノームは? イフリートは鍛冶屋のおじいちゃん子って有名だったから多分ここにいるんだろうけど、あれ? 一緒じゃないんだ?」

「ノームはクロウさんとご飯だよ。僕は食べ物食べれないから……」

 ウンディーネが納得したように頷き、頭を撫でてくれた。

「応援してるぞー。ユグドラシル登り。それ用の加護あげるの忘れてたから今のうちにね」

 頭がひんやりとして気持ちがいい。

 波一つない澄んだ水の上にいるように、頭の中がしんと静かに落ち着いてくる。

「ついでに冷たい水でも浴びる? すんごく頭熱いし、しんどそうだから……」

「よければ先に水が飲みたいです」

 正直に口にしてみると、片手で顎をくいっと持ち上げられた後に口をあけられ、人差し指を向けられた。

 嫌な予感がする。

 指先に水を生成し始めているのが見えた。

 勢いよく口の中に噴射するのではないかと不安に思っていたけれど、想像と異なり水はゆるやかに出てきた。

 口の中にたまった水をゆっくり飲み込み、再び水が口の中にたまって……。

「ゴボボボ、ゴボボ」

「あっ! もういらない? ごめんね!」

 全く状況も扱いも違ったけれど、笹倉にトイレでされたことを思い出してしまった。

「大丈夫……! 生き返りました」

 嫌なことを思い出したけれど、パッと笑顔を輝かせたウンディーネの周りに微かに虹がかかったおかげか、一緒に笑いあうことができた。

「さー! 次は水浴びだぞー!」

 ウンディーネが両手を上へあげ、水の塊を生成している。

「それはやりすぎじゃないかな!?」

 鍛冶場に水が入り込まないか心配していると、青い炎が水の塊に飛んできてたちまち蒸発した。

「おーい、また反省文かかされてえのか?」

 イフリートがパンゴリンと一緒にこちらへ歩いてきていた。

 パンゴリンの手には輝く立派な金色のショベルが握られている。

「できたぜヒーロー! ウンディーネはちょいとクロウのとこにもっかい行ってこい」

「いやだー!」

 わいわい騒いでいる二人の横を黙ってパンゴリンが通り過ぎ、ショベルを恭しく両手で差し出してくれた。

「……受け取ってくれ」

 卒業証書を受け取る時のように、厳かに両手で受け取った。

 ショベルは重すぎず軽すぎず、イフリートが言っていたように手になじむ出来栄えだった。

 金色に輝く本体は眩しくて直視できないほど。

「……すごい」

 あまりに良すぎる出来栄えに感想が一言しか出てこなかったが、それだけで心から満足したのか、パンゴリンの目元が緩んだ。

「……ああ」

 パンゴリンと仲良くなれる気がしてきた。

 どことなく親しみやすさを感じられる上に、落ち着くことができて良い。

 静かに微笑みあっている僕たちと、言い合いの喧嘩をしている二人が対照的で思わず笑ってしまいそうになった。



「みんなそろってるな?」

 静と騒のコントラストを楽しんでいると、クロウとノームが合流した。

 クロウはいつものように明るくふるまっているが、ノームはどういうわけか目が合うとすぐ逸らしてしまった。

 どうしたんだろう?

 首をかしげていると、ノームはウンディーネのほうへパッと駆け出した。

「ウンディーネ! タイヤつけて10周どうだった?」

 急に冷たくなった気がして、ああ、やっぱりドライアドの枝だけが僕の魅力だったんだという事実を突き付けられた気分になってしまった。

 しょんぼりしそうになっていると、パンゴリンがすっと拳を差し出してきた。

「……手を出しな」

 首をかしげながら手を差し出すと、ゆっくりと拳を開いて何かをそっと手の平の上においてくれた。

「……首飾りだ。イフリートの結晶を使っている。もらった加護が足りなくなったとき力になるだろう」

 ゆっくりとパンゴリンの手が離れていき、手のひらに乗っているアクセサリーが姿を現した。

 銀のチェーンに、赤色から青色、青色から赤色へと移り行く雫型の宝石が入った小瓶がぶら下がっている。

「なんて綺麗な」

 言葉を失い見惚れていると、パンゴリンは嬉しそうに微笑んだ。

「……イフリートからの頼みだ。ショベルの他にもうひとつ用意してほしいと言ってこの結晶を託してきた。シンプルイズベストだと言ってな。何かの役に立つといいが」

 そういうと、自信なさそうに俯いてしまった。

 さっそく首にかけ、目を輝かせながら結晶とチェーンを眺めていると、俯いてしまったパンゴリンは顔を上げてもう一度微笑んだ。

「大事にします」

 その一言だけで十分だったのか、もう俯かないで温かい笑みをたたえていた。
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