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空中庭園編
プロローグ
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明日から高校生になる今でも、はっきりと思い出せる。まだ僕が幼稚園児だった頃、同じ幼稚園に通っていた友達の母親が生死の境をさまよう事故を目の前で起こした。救急車を呼ぶ人や、何事かと外へ様子を見に来た人、応急処置にあたろうとしている人たちであたりは騒然としている中、友達の慟哭だけが、あたりの音を切り裂きはっきりと聞き取れるのだった。
僕はただ、見ていることしかできなかった。友達に駆け寄ってなだめてやることもなにもせず、ただ遠くからじっと見ていた。正直に言ってしまうと、怖くてどうしようもなかった。足が、まるで自分のものでないかのように感じられるくらいガクガクと震え、立っているのが精一杯であるほど、幼い僕には衝撃的な出来事だったのだ。
止めどなく溢れだす真っ赤な血、聞いている人の心をかき乱してしまうほど悲痛な声で泣きじゃくる友達、ささやき声が幾重にも広がり喧騒を作り出している野次馬、すべてが現実のものとは思えず、きっと悪い夢を見ているのだと自分に言い聞かせながら自我を保っていた。しばらくして聞こえてきた救急車のサイレンは、あたりの音を一掃していく代わりに、辛うじて保っていた僕の意識を遠のかせていった。
現実味のない光景が広がり、現実へ強引に引き戻す救急車の音が鳴り響く事故現場で、僕は薄れゆく意識の中、死んでしまった後はどうなってしまうのだろう? という疑問を抱いたのであった。
友達の母親は亡くなった。
救急車が到着した時点で心肺停止状態にあり、助かる見込みはなかったということだ。
それ以来、友達から以前のような明るさはなくなり、塞ぎこむようになってしまった。僕はどう接したらよいのかわからないまま、ただ友達を遠くから見守っていることしかしてこなかった。
何かをしようとすれば、できないなんてことはなかった。実際に、一度だけ接することはできたが、いつもの調子で話しかけ、いつものようにふざけることくらいしか思い浮かべることができなかったし、実行できなかった。すると、友達は目を丸くして固まり、それを見た大人たちやクラスのみんなが止めに入り、全員からなじられ、僕は彼に何もしてはならないのだと思わされることとなった。
せめて、謝りたい。
そう思って何度か家を訪ねてみたが、会わせてくれるはずもなく、怒らせてしまった自分の行動をずっと後悔することになった。
僕が何かをするのは余計なことなのだろう。僕が行かずとも、彼の周りにはたくさんの人が励ましに行き、元気づけるためにプレゼントを渡し、たくさんのイベントを開こうと尽力している。僕はいないほうがよっぽどいいんだって思って、あれ以来ずっと距離を置いてみんなの様子を見ていたのだった。
一ヶ月ほど過ぎたある日、友達が死んだ。自殺だったそうだ。
亡くなる少し前、一緒に住む予定だったという祖父母に笑顔でこう話していたらしい。
「おかあさんに、おはなもっていく。おはな、かいにいきたい」
祖父母からお小遣いをもらって外へ出たあと、家に帰ってこなかった。
家を出たその日の夕方に捜索願が出され、夜の十一時頃に見つかったそうだ。
見つかった時にはヒャクニチソウの花束を持っていたらしい。見つけた場所については知らされていない。
それを聞いたみんなは、何がいけなかったのか、思考を巡らし、たった一度しか接触できていなかった僕が原因であると決めつけた。
「お前があの時ふざけたことさえしなければ、あの子は死なずにすんだのに」
一言一句、違いなく思い出せる。僕のせいで彼が死んだのだ。親さえも、お前が余計なことさえしなければ、こんな苦労しないですんだのにと言っていた。
どうして一度きりしか接していなかった僕を責めているんだろう。
僕はそれ以来、友達を作るのはやめた。そもそも、僕と友達になりたいなんて人は一人もおらず、欲しいと願っても友達なんてできやしなかっただろう。僕は当たり障りのないような接し方をし、誰かと親しくなるのを避け、今ではもう高校生だ。
千葉陽太。彼が僕の最初で最後の友達となってしまうに違いなかった。
僕はただ、見ていることしかできなかった。友達に駆け寄ってなだめてやることもなにもせず、ただ遠くからじっと見ていた。正直に言ってしまうと、怖くてどうしようもなかった。足が、まるで自分のものでないかのように感じられるくらいガクガクと震え、立っているのが精一杯であるほど、幼い僕には衝撃的な出来事だったのだ。
止めどなく溢れだす真っ赤な血、聞いている人の心をかき乱してしまうほど悲痛な声で泣きじゃくる友達、ささやき声が幾重にも広がり喧騒を作り出している野次馬、すべてが現実のものとは思えず、きっと悪い夢を見ているのだと自分に言い聞かせながら自我を保っていた。しばらくして聞こえてきた救急車のサイレンは、あたりの音を一掃していく代わりに、辛うじて保っていた僕の意識を遠のかせていった。
現実味のない光景が広がり、現実へ強引に引き戻す救急車の音が鳴り響く事故現場で、僕は薄れゆく意識の中、死んでしまった後はどうなってしまうのだろう? という疑問を抱いたのであった。
友達の母親は亡くなった。
救急車が到着した時点で心肺停止状態にあり、助かる見込みはなかったということだ。
それ以来、友達から以前のような明るさはなくなり、塞ぎこむようになってしまった。僕はどう接したらよいのかわからないまま、ただ友達を遠くから見守っていることしかしてこなかった。
何かをしようとすれば、できないなんてことはなかった。実際に、一度だけ接することはできたが、いつもの調子で話しかけ、いつものようにふざけることくらいしか思い浮かべることができなかったし、実行できなかった。すると、友達は目を丸くして固まり、それを見た大人たちやクラスのみんなが止めに入り、全員からなじられ、僕は彼に何もしてはならないのだと思わされることとなった。
せめて、謝りたい。
そう思って何度か家を訪ねてみたが、会わせてくれるはずもなく、怒らせてしまった自分の行動をずっと後悔することになった。
僕が何かをするのは余計なことなのだろう。僕が行かずとも、彼の周りにはたくさんの人が励ましに行き、元気づけるためにプレゼントを渡し、たくさんのイベントを開こうと尽力している。僕はいないほうがよっぽどいいんだって思って、あれ以来ずっと距離を置いてみんなの様子を見ていたのだった。
一ヶ月ほど過ぎたある日、友達が死んだ。自殺だったそうだ。
亡くなる少し前、一緒に住む予定だったという祖父母に笑顔でこう話していたらしい。
「おかあさんに、おはなもっていく。おはな、かいにいきたい」
祖父母からお小遣いをもらって外へ出たあと、家に帰ってこなかった。
家を出たその日の夕方に捜索願が出され、夜の十一時頃に見つかったそうだ。
見つかった時にはヒャクニチソウの花束を持っていたらしい。見つけた場所については知らされていない。
それを聞いたみんなは、何がいけなかったのか、思考を巡らし、たった一度しか接触できていなかった僕が原因であると決めつけた。
「お前があの時ふざけたことさえしなければ、あの子は死なずにすんだのに」
一言一句、違いなく思い出せる。僕のせいで彼が死んだのだ。親さえも、お前が余計なことさえしなければ、こんな苦労しないですんだのにと言っていた。
どうして一度きりしか接していなかった僕を責めているんだろう。
僕はそれ以来、友達を作るのはやめた。そもそも、僕と友達になりたいなんて人は一人もおらず、欲しいと願っても友達なんてできやしなかっただろう。僕は当たり障りのないような接し方をし、誰かと親しくなるのを避け、今ではもう高校生だ。
千葉陽太。彼が僕の最初で最後の友達となってしまうに違いなかった。
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