夢魔

木野恵

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現実(前編)

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 片割れの記憶を反芻しながら居場所を、住む世界を入れ替わっている最中、一番深く刻まれている嫌な思い出が頭の中でぐるぐる回った。

 真夏の暑い日、課外授業があったときの思い出。

 自分も喉が渇いていてカラカラで頭がガンガン痛いのに、他の人が苦しそうにしているからといって、一口も水筒の中身を飲まずに周りにばかり分け与えていた時の記憶。

 もう中身が空っぽでわけることができなくなっても、空の水筒を投げてよこされ、申し訳なさそうに謝っているときの思い出だった。

 分けた時はお礼を言われ、すごく嬉しそうにしてくれる人がいたけれど、水筒を寄越してきた人はもらって当然のような振る舞いをしていた。

 先生はそれを見て注意し、何か言えば良いと言ってくれていたのに、片割れは喜んでいるのを見るのが嬉しいと言ってなにも文句を言わなかった、

 死にそうなくらい喉が渇いているくせに何を言ってるんだと思いながら、自分であって自分じゃないそいつの記憶を眺めた。

 結局、喜んでもらえるのが嬉しいからといって尽くしたところで仲良くなれることはなかった。

 陰でこっそり会話できるように積んできた、会話の先読みをして答えの用意をするという努力も実ることなく、ろくに会話してもらえることはなかった。それだけにとどまらず、嫌がらせはエスカレートしていき、卒業式の練習でだって、真後ろにそいつらがいたから椅子を下から蹴り上げられ、反応を面白がられていた。

「わざとじゃないよ、本当本当」なんて笑いながら言われ……。

 卑しいやつには、ただ相手からもらうことしか考えていないやつには何を与えても無駄だということだな。奪いつくしてくるだけだ。

 別に見返りを求めてそうしていたわけではなかったようだったけれど、そういう人間との上手な接し方を考えられる出来事に違いはないだろう。

 はじき出した答えは相手にしない、無視をする、変に慈悲をかけないこと。特別扱いなんてもってのほかだ。

 優しくする相手はしっかり考えて選ばなければならない。上手くいく相手とは手を取り合って生きていけるものだけれど、上手くいかない相手とは一生上手くいかないんだろう。



 そんなことを思いながらゆっくり現実世界へ向かいながら片割れの記憶を読み漁っていると、夢側のみんなからせかすような合図が送られてきた。一体どうしたのだろうか。

 片割れがはまっているネトゲの世界で追い回される夢を通して記憶を追加で獲得し、霧に包まれた街の中を走って逃げる夢を経て、現実世界で目を覚ましたときだった。

「一緒に寝よう」

 息を切らしながら、誰かが耳元で囁いているのが聞こえてきた。

 不幸中の幸いというべきか、同じ部屋で母親と弟も寝ているから、急に変なことはされないだろうし、何かあれば叫べばいい。

 入れ替わってすぐの出来事に酷く緊張し、怖いと思いながらぎゅっと目を閉じ、気づかないふりをしてやり過ごすことができた。

 

 こちら側へきてすぐにそんな目に遭ったから、もう早々にあっち側へ帰りたい気持ちに包まれつつ、闇の片割れに成りすまして学校への準備を終えて放課後を待ち遠しく思いながら生活した。

 その日、話してみたいと思った先輩との会話は残念ながら叶わなかった。怖いことがあったと、起きてすぐにあったことを話して少し安心したい気持ちがあったけれど、先輩とそのことについて話せることはなかった。

 運の悪いことに、先輩が定期的に受けなければならない目の手術の日だったらしく、その日は落ち込みながらでも、闇の片割れに成りすまして元気に部活をし、夜中に夢の世界へと帰り、片割れの様子を見て、今日の出来事を共有することにした。



 夢の世界、精神世界へ戻りながら記憶を読み漁り、今日一日過ごしてみて思ったことと比べていると、ところどころ気になる記憶があることに気がついた。

 それらを少し注意深く読みながら戻ってみると、片割れはみんなと話しながらニコニコしていて心底安心できた。

 私が用意した三角の水の被り物も気に入ったらしく、嬉しそうに走り回っていてすごくほのぼのとしているのがまさに夢のような光景だった。

 今日あった出来事を話すといっても、あっちへ行ってすぐの出来事は夢だったということにして話すことにした。

 実際に経験した私でさえ怖かったのだから、本人に正直に何があったか話してしまうと怖がるだろうし、それ以上に、私ならそんな悪い出来事が初っ端から起きて相手に申し訳なく思うだろうと予想がついたからだった。

「私も戻るときそんな怖い夢を見るのかな」

 かえってすごく不安にさせてしまったけれど「そんなことがないようみんなでとびきりいい夢を見せて送り出してみせる」と言って笑いかけると嬉しそうに元気よく頷いてくれた。

 片割れから聞いた話だと、気さくだけど怖いお兄さん、本のお姉さん、優しかったお兄さん、ねこちゃん、うさぽん、珍しくとりっぴーの六人が優しくいろいろ教えてくれて、いろいろなところへ連れて行ってもらえたのだとか。

 私が目を覚ましてからそんな風にしてもらっていないので少し羨ましいと思いつつ、もしかしたら冒険へいきたがっているからあえてどこにもつれていってもらえていないのかと気付きながら、片割れがあっちでずっと苦しんできた分こっちで幸せな思い出を作れたらいいなと心から願った。

 みんなもきっと同じ気持ちだったのだろう。

 見たことないくらい豪勢な宴が催され、屋台がたくさんならんでお祭り騒ぎ。

 片割れが本当はお祭り大好きなのに、知り合いや地元の人と顔を合わせるのが嫌で、人混みの中にいると過呼吸になってしまっていたのを不憫に思ったから開いたものだと本のお姉さんがこっそり教えてくれた。

 片割れはすみっこで気圧されながらも、微笑みながらそれを眺めていた。すごく満足そうに。

 こういう派手な催しの中心になるより、端っこから見てる方が好きで得意だもんな。人の楽しそうな笑顔、好きだもんな。

 私と同じだな。さすが自分といったところか。

 そっと片割れの隣に並んでみると、にっこり笑いかけてくれた。

 姿かたちを変えているから自分自身が隣にいるって気づいてないんだろうな。それだけでなく、最初に本のお姉さんが双子だって言っちゃったから私のこと自分自身じゃなくて兄弟だって本気で思ってそうだ。今は姿を変えているから兄弟ではなく他人だと思ってるのだろう。

 いろいろ思いながら、ふと試してみたいことができたのだった。

 夢衣の変身を解除し、真っ白な姿になってから片割れに提案をしてみた。

「目を閉じてみてもらえる? 良い物貸してあげるよ」

 片割れが不思議そうな顔をしながらも、お願いした通りに目を閉じてくれて、どことなく信頼関係にあるのを強く感じた。ちょっとだけこそばゆい気持ちになる。

 そっと夢衣を脱ぎ、催し物の中にある仮面の屋台で手に入れたキツネの仮面をつけ、片割れに夢衣を着せてみた。

「目、開けてもいいよ」

 片割れは目を開け、首を傾げていた。

「それは夢衣といって、思い描いた姿に変身できる魔法の布だよ。何か思い描いて変身してみせてもらえる?」

 実験したい内容はこれだった。

 自分自身にしか扱えないこの夢衣を、元は一つだった自分自身、違う道を歩むことになった片割れが使えるのかどうかが知りたくてやったことだった。

 私が変身させるのではなく、片割れが自分の想像力で使えるのか……。

 片割れはしばらく黙り込んで考えている様子だったけれど、そのうち姿が変わった。

「……」

 思わず言葉を失ってしまった。

 片割れも使えるという発見と感動以上に、なぜわざわざそんな姿に? という疑問でなにも言えなくなってしまったからだ。

 夢の中なのだから、イケメンになったり、美女になったり、見目麗しいなにかになれば良いものを、片割れはわざわざ自分の顔をよりいっそう不細工にし、顔が見えづらいよう目深にフードを被れるマントを身につけていた。

「どうしてそんな姿に?」

 自分とは真逆だった。

 私はイケメンになりたいし、叶うなら見た目をめちゃくちゃ良くする方向に化けたい。実際そっち方面に化けて遊んでいる。

 ペガサスや妖精、ドラゴン、そういったものだってきっとなったら楽しいだろう。

 なのにどうしてそんな、童話に出てくる悪い魔女のような姿になんか化けたんだ?

 絶句しながらはっとさせられた。

 夢の中でまで一人で遊んでいた私自身のことが頭に浮かぶ。

 心当たりがうっすらあるし、自分自身のこととはいえ、やはり直接聞いてみなければならない、聞いてみるべきだろう。

「どうしてそんな姿に?」

 言い方に気を付けようとしたつもりだったけれど、やはり少しとげのあるような言い方になってしまうのだった。

 片割れはもじもじしながら、顔色をうかがうように私をみてそっと答えた。

「現実の、本当の姿が不細工で醜くて、みんな私を見かける度にキモいっていうから、正体がばれてもがっかりされたくなくて。なれるならイケメンとか美女とか、格好いいドラゴンとか、妖精さんにペガサス、綺麗なものになれたらなって思うんだけど……ショック受けちゃうでしょ? 本当の私のこと見たとき」

 悲しそうにそういうからなんともいえない気持ちになった。

 私には体があってないようなものだから、好き勝手に気にせず好きなものへ化けて遊んでいられるけれど、片割れにはそういう足枷があって……いやいや、気にしすぎだろ!

 思わず深いため息をついた。特大のブーメランになるのがわかりながらも、言うしかなかった。

「夢の中でまでそんなこと気にすんなよ」

 かつて自分が夢の中でまで一人遊びしていたことが頭に浮かびながら片割れに指摘すると、めちゃくちゃ顔色をうかがってきた。

 どんな生活をしてきたかみてるし知ってるから、なんともいえない気持ちになる。ああいう仕打ちを受け続ければ、誰だってこんな風になってしまうんだろうか。

 とりあえず、片割れに夢衣を脱ぐ手順を教えて脱いでもらい、しまいながらどうしたものかと考え込んでいると、羽の生えた人が目の前に現れた。気さくだけど怖いお兄さんも一緒だ。

「お二人とも、いえ、一人としてカウントすべきなのでしょうか? はじめまして。私はこの世界で秩序を守る役目を担っているものです」

 丁寧にお辞儀をしながら挨拶してくれたその人はとても綺麗だった。まるで天使のよう。

 みとれていると、気さくなお兄さんが茶化すような調子で口を開いた。

「この世界の元締めで主だから逆らうと殺されるぞ」

「失敬な。この世界には上も下もありません。みんな平等です。私も含めてね。誤解を受けて怖がられるようなこといわないでください。私はただ役割を全うしているだけです。逆らったらではなく、秩序が乱れると判断した場合に適切な対応をするだけです。必ずしも命を奪うなんてことしません」

 羽の人と気さくだけど怖いお兄さんはとても仲が良さそうで、なんだか親子のような、友人同士のような打ち解け方をしているから見ていてこちらも楽しくなれた。

「俺からしたらボスって感じだけどな。このシマのボス!」

 気さくなお兄さんはニヤニヤしながら羽の人をからかっている。

 片割れはおそるおそる羽の人を見上げている。すごく不安そうな表情で。

 羽の人は気さくなお兄さんとのやり取りを軽くあしらい、私と闇の片割れに微笑みながら話し始めた。

「こちら側はいかがですか? とても上手に工夫なさいましたね」

 褒められて素直に嬉しくなる半面、なんて返事をするか悩む。まだほとんど知らないし……。

「これから冒険に出るので何も知りません」

 素直にそう答えると、羽の人はにっこり微笑み、闇の片割れに視線を向けた。

 片割れは怯えながらじっと考え込んでいる。

 しばらく祭りの喧騒に身をゆだねながら返事を待っていると、消え入りそうなほど小さな声で片割れが話し始めた。

「とても綺麗で素敵な場所です。星が降ったり、氷の武器が空から降り注いだり、虹がレーザー光線だったりして、向こうにない怖いことがたくさんあったけれど……」

 片割れはもう一度口を閉じ、しばらく考えながら周りの楽しそうなみんなを見渡し、目を輝かせながらゆっくり口を開いた。

「すごく楽しくて幸せな場所です」

 その言葉に心から安心できたのは私だけではなかったらしい。羽の人と気さくなお兄さんはほっと息を吐いて微笑んでいた。



 祭りが終わり、羽の人も気さくなお兄さんも片付けの手伝いに向かったあと、闇の片割れが寂しそうな表情でその様子を眺めていた。

 さすがに連日水の被り物を作るのは限界があったので、残りの六日間は気が向いたとき、元気な時に代わってもらうことにしようと思っていたけれど、夢衣を被せて変身させてたらこちら側にいられるんじゃないかという考えが頭に浮かんできて試さずにいられなかった。しかし、それはまた今度にしよう。今日はもうお互い疲れてるだろうから。

 七日連続ではなく、今日はこれでしばらく終わりで、次また代わりたいとき呼び出してもいいか聞いてみると、笑顔で頷いてくれた。

 しかし、普段の振る舞いを見ていると、本当に良いと思って頷いてくれたのか疑ってしまった。

 気を遣って、自分の気持ちに蓋をして無理してないか?

「無理にとは言わないし、気が向かなかったら断ってくれていい」

 そういうと、片割れは驚いたような顔をしながらこちらを見ていた。

 驚かれてもなー……自分だし。

 そんなことを思いながら、どうせならここで一回、夢衣を水の被り物の代わりに使って入れ替わりできるか試そうと思い立った。失敗してもこれで良いお別れになるだろうとしまった夢衣をもう一度取り出そうとしていると……。

「あ、いたいた!」

 お祭りが始まってからしばらく見かけなかった優しいお兄さんがこっちへ走り寄ってきた。

 夢衣を取り出さず隠していると、優しいお兄さんが闇の片割れにすごく懐いている様子で話しかけた。

「一緒にお祭り楽しみたかったなあ。でも! みてこれ! 屋台やってたからあまったやつたんまりもらってきたんだ! たこ焼きとベビーカステラと綿氷を僕らで分担してやっててさ! 一緒に良かったら食べよう! その辺歩いてたら声掛けたかったんだけど、見かけなかったね。お祭り楽しめた?」

 優しいお兄さんはとてもご機嫌な様子だ。

 屋台やってたからお祭りみたいな楽しい催し中、一緒に楽しみに来てもおかしくなかったのに見かけなかったわけか。

 闇の片割れは考え込んでいる様子だ。

 私はどう返事するか悩んだ。二人でお祭りを眺めたり、夢衣の実験をしてみたり、気さくなお兄さんたちと話をしたことを素直に話そうとしたけれど、先に口を開いたのは片割れだった。

「すごく楽しかった! いろいろな屋台が出てて良い匂いがして、歩き疲れちゃった」

 端っこで眺めてただけだったのに、歩き回って楽しんだなんて言っていて、そう言えば喜んでもらえると思って言っているのがバレバレだった。

 言った後こちらをちらっと見上げている。合わせてほしいんだな。

 一緒になって頷いていると、優しいお兄さんは少しきょとんとしながら見つめた後すぐににっこりと笑った。

「……そっか、あっちに座って食べれるところがあるから三人で一緒にどう?」

 お兄さんが少し寂しそうな顔をしていたのは気のせいだろうか?

 頭にはてなを浮かべながら、片割れと一緒にお兄さんの後をついていき、屋台で作っていたというたこ焼きとカステラ、綿氷を三人でそれぞれ頬張った。

 美味しい!

 片割れがあっち側で美味しそうに食べていた綿氷を私も食べてみたかったから、食べる機会がもらえてとても嬉しかった。

 片割れは片割れで、綿氷をとても気に入っていたからもう一度食べられるのが嬉しかったらしく、満面の笑みで少しずつ食べていたが、食べ方が少しぎこちなかった。

 どうしたんだろう?

 首を傾げていると、お兄さんが大慌てで体の角度を変えて、片割れのことを見ないようにしながら食べていた。

 どういうこと?

 片割れのことのはずなのに、自分のことのはずなのに理解できないでいて、頭にはてなを浮かべながら片割れを観察していると、片割れは周りの視線を気にしながら食べている様子だった。

 ああ、もしやそういう……。

 優しいお兄さんの真似をしてどこか違う方を向いて食べると、片割れの食べるスピードが上がった。いや、普通くらいになった。

 食べてるところをみられるのが嫌なのかな? でもなんで?

 記憶を共有した時、交換した本にはそんなこと書かれていなかったはずだ。

 首を傾げながら、交代して学生生活を送った時に感じた違和感を反芻する。

 給食を食べないのは欲しがる人がいるからで、食べてたら残念そうにされた上に文句を言われたからじゃなかったのか?

 実は人に食べているところをみられるのが嫌なのか……。

 でもどうして? 小学生の記憶では普通に食べていたように書かれてるけど?

 いつからなのかわからず、片割れを見ないようにしながら疑いの目を向けてしまう自分に気づいた。

 騙しているのか、隠しているのか、認識の違いなのか……。

 全然わからなかった。片割れが何を考えて何を思っているのか全く。自分のことのはずなのに。

 疑心暗鬼に陥りながら、優しいお兄さんが持ってきてくれた食べ物を口に運んでいると、他のみんな、とりっぴーとねこちゃん、うさぽんに気さくなお兄さん、本のお姉さんが合流した。

 久々にみんな一緒に集まったなあ、なんて思っていると、追加の料理を次々机の上に並べていってくれたから、思わずよだれが溢れて止まらなかった。

 追加で置かれたのはイカ焼き、焼きそば、見たことない変な料理、クレープ、見たことある料理がたくさんと、他にも見たことないものがちらほら。

「屋台の片づけ終わったよー! さぼってたやつもいたけど、みんなからおすそ分けしてもらってきたんだ。なるべく向こうにもある物の方が良いかなって思って! こっちにしかないのも挑戦してみてくれたらいいなと思いながら」

 とりっぴーが嬉しそうに話しながら気さくなお兄さんをちらっと見ていた。気さくなお兄さんは口笛を吹きながら違う方を向いている。

 あのあと手伝いに行ったと思っていたのに、さぼって羽の人と歩き回っていたんだな。

 思わず笑っていると、片割れもそれに気づいたのか、声を出さないようにクスクスと笑っているのが見えた。

「なーに笑ってるんだ?」

 気さくだけど怖いお兄さんが闇の片割れに緩い口調で笑顔のまま話しかけていた。

 怖いと感じるか、冗談めかして接していると捉えるか。

 片割れは照れくさいのか、顔を赤くしながら目を伏せて笑っていたけれど、そのうち小さい声でごめんなさいといっていた。

 怖いのかな。

 気づいたのか気づいてないのか、気さくだけど怖いお兄さんが闇の片割れに少し近寄って詰めていっている。

 止めるべきか悩みながら様子を伺っていると、ゆっくり頭を撫でていてほっと胸を撫でおろした。

 闇の片割れは顔を真っ赤にしながら気さくなお兄さんを見上げている。まるで恋に落ちた乙女のような顔だった。

 優しいお兄さんがそれを見て少しむすっとしているのも見えた。

 ヤキモチに嫌な感情があったけれど、それがなにかわからないままモヤモヤした。

 知らね。

 面倒くさいことが起きそうだったからその場を後にした。面倒ごとはごめんだ。特に恋愛のあれこれなんてもう真っ平だった。



 美味しそうなもの、見たことなかったもの、たくさん食べたいものがあったけれど、人が集まっているところに身を置いているより一人でその辺をふらついている方がよっぽど気が楽だった。

 片割れは大丈夫かな?

 ふとそんなことを考えながら、祭りの後片付けが終わり、静まり返った上に真っ白くなった空間で心に風景を思い浮かべた。

 片割れの記憶にある、主役をした演劇のイメージ。

 人のよくできた先輩……私が話をしたいと思った先輩と二人で会話するシーンのあるあの演劇だ。

 真っ白な空間が薄暗い舞台へ変わり行く。

 誰も舞台にたっておらず、静かで不気味さを感じさせる景色になってしまったけれど、不思議と恐怖を感じなかった。

 一番後ろで隅っこの席に腰掛ける。

 ふと、片割れの記憶と現実との差に思いを馳せる。

 何かがおかしい。記憶の共有は不完全な魔法なのだろうか?

 不意に、魔法の条件に記憶を思い返すというのがあったことを思い出す。思い返されていなかった記憶は記載されないのだろうか?

 それとも私が読みそこなったか?

 様々な可能性と疑念が浮かんでくる。一つ一つ試して可能性を潰していくほかないだろう。

 パラパラとページをめくっているうちに疲れてきてしまい、座っている状態から寝転んでいる状態へと体勢を変えたいと思い描けば、座席がリクライニングになって後ろ向きに倒れることができた。

 そのまま仰向けに寝転んでパラパラと記憶の本を読んでいた時のことだ。

 ページが分厚いのは記憶の本だからだと思っていたけれど、本を顔の上にうっかり落としてしまった時、あることに気がついた。

 なんだこれ?

 顔の上に落ちてきた本のページのうち、直角にぶつかってきたページは折り曲がるわけではなく、顔に突き刺さるかのように強い痛みを与えるでもなく、ぐにゃんと形を変えて広がった。ページの内側に何か書かれているのが見えるくらいに。

 一枚の紙が折りたたまれ、一つのページとして綴じられているのに気がついた瞬間だった。

 興奮で顔が熱くなってくるのを感じる。これが記憶と現実の違いなのだろうか。

 袋とじというやつを実際に初めて見て、ワクワクしながら、しかし他の人にばれてほしくない気持ちも守りながら、ページの中身にそっと目を通した。
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