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第16話 線路
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レーヴが部屋に戻ると、二人は心配そうな顔で待っていた。
「妲己さん、怒ってた?」
「妲己さん、どこか具合悪いの?」
レーヴは少し考え、首を振った。
「大事な用事を思い出したんだってさ。だから、大丈夫だよ。」
嘘ではない。嘘ではないはずだ。
二人は安心したようで、いつもの調子で笑いあった。
リーヴルの職場の一件があってからというもの、二人はよく職場の話もするようになった。家ではリラックスしたいだろうと気遣っていたようだが、抱え込んで爆発するくらいなら、ちょっとずつ愚痴って、ちょっとずつ笑い話にしていこうと改めて決めたらしい。
「それでね、例のおばさん、お仕事辞めて、旦那さんの面倒見ながら、たくさん仕事できる場所探すんだって。」
リーヴルはとても嬉しそうに続けた。
「おばさんがこなくなってから、職場のみんなすっごく元気になったの。大喜び!みんな我慢してたみたい。新人さんもすっごく喜んでたの。おばさんがいなくなってから、先輩が仕事教えてくれるようになったって!私も自分のことみたいに嬉しくて、はねちゃいそうだった。」
ソーンもレーヴも、リーヴルがとても幸せそうに話すのが我がことのように嬉しくてたまらないのだった。
「良かったねリーヴル。うちのほうはなんか普通かなあ。」
ソーンはうーんと唸る。
「なければ無理して話すことないよ。そういえば、ソーンはどこで働いているの?」
リーヴルはソーンが可愛くて仕方がないと、表情で語っていた。
「お弁当屋さんだよ!うーん、特にはなにもないなあ。」
二人の頑張りで、ようやく滞納していた家賃と光熱費を払い終えた。
二人とも大喜びだ。
「貯金ができるぞ―!結婚資金ためちゃうぞー!」
リーヴルは大はしゃぎだ。ソーンは少し申し訳無さそうな顔だったが、はしゃぐリーヴルを見ていると、すぐに笑顔になるのだった。
「家具が古いから買い替えもいいなあ。これからが楽しみだね!まさしく、これは他の誰かにポンと叶えられてほしくないもので、私たち二人で一緒に目指して、一緒に歩いて、一緒につかみに行くものだね!」
二人の喜びを、レーヴは影からこっそりと見守り、微笑むのだった。
二人には内緒で、レーヴは特訓をしていた。こっそりと。
ただひたすら食ってばかりというわけではなかったのだ。かといって、わざわざ二人に自分はこうしてます!なんていうものでもなく。
努力は結果を目指すためのもので、ひけらかすためのものでも、誰かを見下すためのものでもないのだ。上手くいっている人は、誰も見ていないところでも頑張っているし、習慣づけてて自覚がないだけで、日頃の心掛けが結実していたりする。そういうものなのだ。
たまに、自分にとてつもなく合っていて最初からできてしまうものもあるけれどね。自分に、よく頑張った!やったぞ!って励ましたくなるときも、もちろんある。レーヴもそうだ。結果がでないことも残念ながら…。
それはさておき、そんなレーヴに、二人は何かしろと言うでもなく、ただ一緒にいさせてくれたのが嬉しくて、ありがたいのだった。
レーヴの目標だった、夢が見れなくても会話をすること、姿を見えるようにすること、それぞれ達成できたわけだ。その次に目指したのは、レーヴ自身が夢を見ることだった。
二人が結婚して、レーヴがいると困ることも出てくるだろう。そうなると、自給自足できるようになるべきだ、二人に頼らずとも夢を食べられるようになるべきだと判断したのだ。
自分の夢を食べられるかどうか、試さないとわからない問題もあるが、やってみる価値はある。もしかすると、同胞に会うことができるかもしれない。会えたなら、お互いの夢を分け合って一緒に暮らせるかもしれない。もしも自分の夢を食べられなかったとしても、そこにはまさに夢が詰まっているのだ。
「私も二人のように夢を追うよ。」
ある日の休日、妲己が自分から訪ねてきた。
「久しぶりね、可愛い子たち。こないだはごめんなさいね。」
ああ、いつもの妲己だ。
二人は大喜びで妲己を迎え入れた。レーヴもちょっぴり安心した。
「実はね、私も働くことにしたのよ。」
妖怪が仕事だと??
レーヴはかなり動揺した。そんな発想どこにもなかったからだ。
「どんなお仕事されてるんですか?」
「場所はどこですか?」
二人はいつものように、妲己に興味津々だ。
「お花屋さんで働いているわ。ここから近くもなく遠くもない場所よ。幼い頃の夢だったの。それに…。」
妲己はレーヴに視線を投げた。
ああ、わかるとも。
「私の恩人が一番好きなものにたくさん触れたくて。」
二人は目を輝かせながら妲己の話に夢中になっていた。
「恩人ってどんな人?」
「花が好きだったの?人の笑顔のほう?」
妲己はとても嬉しそうだ。
「私に優しい気持ちを取り戻させてくれた人よ。心の恩人。花も人の笑顔も幸せも、兄妹そろって好きだったらしいわ。リーヴルちゃんの両親の前で名乗った偽名を人前では使うわ。」
「ブーケだったっけ。」
「よく覚えてたわね。」
二人は本当に妲己が大好きなようだ。
遠巻きに見ていると、妲己がこちらに視線を投げた。
「今日はね、レーヴに個人的に用があるのよ。」
はて、とレーヴは首を傾げながら、妲己について外へ、あのときの公園へ向かった。
妲己は夢を見た。
海辺の、晴れて見晴らしのいい場所。風が心地よく吹き抜ける場所。
向こうに離れ小島が見える場所。どちらも岸まで線路がある場所。途中までは橋が架かっている場所。
何故かつながることのない橋を眺めていた。何故か繋がることのない線路を眺めていた。
波止場にぶつかる波の音が心地良い。
電車が通ることがあればとても便利なのに、あと50mもない長さがあれば繋がるのに、ずっと放置され続ける線路。
ああ、ずっと繋がることなんてないんだな。
「私も妲己に聞きたいことがあったんだ。」
「あら、何かしら?」
「編み直した『おまじない』なんだけど、どんな効果にしたの?」
レーヴは怖がりもせず、不安そうにもせず、友人と話す調子で妲己に質問した。
「ああ、話してなかったわね。今回のは地味なものよ。嫌がらせをしてきた相手が、寝てる間に足がつりやすくなったり、寝る前にお腹壊しがちになったり、歯磨きをしたら必ず吐いたり、お酒一滴でも口にすれば溺れるまで呑んでしまったり、足をぶつける物がある場所で歩けば必ず小指を打ってしまうような、そんな地味なやつよ。あと、ささくれもできやすいとか。」
「うっわ。地味だけどえげつない。」
「私はえげつない『おまじない』のスペシャリストなのよ。」
二人はクスクス、ケラケラと笑い合った。
「そんな『おまじない』なら、なにがあっても大丈夫だね!」
レーヴは言いながら、あれ?本当にそうか?と思ったが、意地悪するほうが悪いので、気にしないことにした。
「うまく調整できたようでよかったわ。で、レーヴに聞きたいことがあるのだけれど、人の姿になろうとはしないの?」
え?
レーヴは目を丸くして妲己を見つめる。
「あら?会話ができて姿も見せれるようになれたみたいだったから、人の姿をとれるようになれば楽になれるんじゃなくて?やれることたくさん増えるわよ?」
妲己はきょとんとしている。
そんな発想なかったよ!
「うわあ、その手が…。」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、レーヴを見ている。どう料理してくれようかと言わんばかりに。
だが、聞かれたのは意外なことだった。
「今は何を目標にしていたのかしら?」
レーヴは目をパチパチさせたあと、少し躊躇いながら口を開いた。
「自分で夢を見ようと思って…。」
言っていると妙に照れくさいのだったが、レーヴにはなぜだかわからないのであった。
「それは、どうして?見たくなったの?それとも、二人のため?」
馬鹿にするでもなく、妲己は優しい微笑みを浮かべながら問いかけた。
「見てみたくなったからだよ。みんな、いろいろな夢を見て、いろいろな思いを抱いて、私にも、そんな風に夢が見たくて。」
本当のことを洗いざらい言えなかった。それもまた、レーヴにはどういうわけかわからず、自分で困惑してしまった。
「そう。」
妲己は遠くを見て考え込み、しばらくしてから口を開いた。
「私ね、しばらくもう顔を出さないわ。困ったら、お店に来てね。二人のことも、レーヴのことも応援してるから。それじゃ…。」
レーヴは何を言われたのかわからず、妲己を見るが、目が合うことはなかった。
「えっ。」
声をかけるまでもなく、妲己は姿を消していた。
「妲己さん、怒ってた?」
「妲己さん、どこか具合悪いの?」
レーヴは少し考え、首を振った。
「大事な用事を思い出したんだってさ。だから、大丈夫だよ。」
嘘ではない。嘘ではないはずだ。
二人は安心したようで、いつもの調子で笑いあった。
リーヴルの職場の一件があってからというもの、二人はよく職場の話もするようになった。家ではリラックスしたいだろうと気遣っていたようだが、抱え込んで爆発するくらいなら、ちょっとずつ愚痴って、ちょっとずつ笑い話にしていこうと改めて決めたらしい。
「それでね、例のおばさん、お仕事辞めて、旦那さんの面倒見ながら、たくさん仕事できる場所探すんだって。」
リーヴルはとても嬉しそうに続けた。
「おばさんがこなくなってから、職場のみんなすっごく元気になったの。大喜び!みんな我慢してたみたい。新人さんもすっごく喜んでたの。おばさんがいなくなってから、先輩が仕事教えてくれるようになったって!私も自分のことみたいに嬉しくて、はねちゃいそうだった。」
ソーンもレーヴも、リーヴルがとても幸せそうに話すのが我がことのように嬉しくてたまらないのだった。
「良かったねリーヴル。うちのほうはなんか普通かなあ。」
ソーンはうーんと唸る。
「なければ無理して話すことないよ。そういえば、ソーンはどこで働いているの?」
リーヴルはソーンが可愛くて仕方がないと、表情で語っていた。
「お弁当屋さんだよ!うーん、特にはなにもないなあ。」
二人の頑張りで、ようやく滞納していた家賃と光熱費を払い終えた。
二人とも大喜びだ。
「貯金ができるぞ―!結婚資金ためちゃうぞー!」
リーヴルは大はしゃぎだ。ソーンは少し申し訳無さそうな顔だったが、はしゃぐリーヴルを見ていると、すぐに笑顔になるのだった。
「家具が古いから買い替えもいいなあ。これからが楽しみだね!まさしく、これは他の誰かにポンと叶えられてほしくないもので、私たち二人で一緒に目指して、一緒に歩いて、一緒につかみに行くものだね!」
二人の喜びを、レーヴは影からこっそりと見守り、微笑むのだった。
二人には内緒で、レーヴは特訓をしていた。こっそりと。
ただひたすら食ってばかりというわけではなかったのだ。かといって、わざわざ二人に自分はこうしてます!なんていうものでもなく。
努力は結果を目指すためのもので、ひけらかすためのものでも、誰かを見下すためのものでもないのだ。上手くいっている人は、誰も見ていないところでも頑張っているし、習慣づけてて自覚がないだけで、日頃の心掛けが結実していたりする。そういうものなのだ。
たまに、自分にとてつもなく合っていて最初からできてしまうものもあるけれどね。自分に、よく頑張った!やったぞ!って励ましたくなるときも、もちろんある。レーヴもそうだ。結果がでないことも残念ながら…。
それはさておき、そんなレーヴに、二人は何かしろと言うでもなく、ただ一緒にいさせてくれたのが嬉しくて、ありがたいのだった。
レーヴの目標だった、夢が見れなくても会話をすること、姿を見えるようにすること、それぞれ達成できたわけだ。その次に目指したのは、レーヴ自身が夢を見ることだった。
二人が結婚して、レーヴがいると困ることも出てくるだろう。そうなると、自給自足できるようになるべきだ、二人に頼らずとも夢を食べられるようになるべきだと判断したのだ。
自分の夢を食べられるかどうか、試さないとわからない問題もあるが、やってみる価値はある。もしかすると、同胞に会うことができるかもしれない。会えたなら、お互いの夢を分け合って一緒に暮らせるかもしれない。もしも自分の夢を食べられなかったとしても、そこにはまさに夢が詰まっているのだ。
「私も二人のように夢を追うよ。」
ある日の休日、妲己が自分から訪ねてきた。
「久しぶりね、可愛い子たち。こないだはごめんなさいね。」
ああ、いつもの妲己だ。
二人は大喜びで妲己を迎え入れた。レーヴもちょっぴり安心した。
「実はね、私も働くことにしたのよ。」
妖怪が仕事だと??
レーヴはかなり動揺した。そんな発想どこにもなかったからだ。
「どんなお仕事されてるんですか?」
「場所はどこですか?」
二人はいつものように、妲己に興味津々だ。
「お花屋さんで働いているわ。ここから近くもなく遠くもない場所よ。幼い頃の夢だったの。それに…。」
妲己はレーヴに視線を投げた。
ああ、わかるとも。
「私の恩人が一番好きなものにたくさん触れたくて。」
二人は目を輝かせながら妲己の話に夢中になっていた。
「恩人ってどんな人?」
「花が好きだったの?人の笑顔のほう?」
妲己はとても嬉しそうだ。
「私に優しい気持ちを取り戻させてくれた人よ。心の恩人。花も人の笑顔も幸せも、兄妹そろって好きだったらしいわ。リーヴルちゃんの両親の前で名乗った偽名を人前では使うわ。」
「ブーケだったっけ。」
「よく覚えてたわね。」
二人は本当に妲己が大好きなようだ。
遠巻きに見ていると、妲己がこちらに視線を投げた。
「今日はね、レーヴに個人的に用があるのよ。」
はて、とレーヴは首を傾げながら、妲己について外へ、あのときの公園へ向かった。
妲己は夢を見た。
海辺の、晴れて見晴らしのいい場所。風が心地よく吹き抜ける場所。
向こうに離れ小島が見える場所。どちらも岸まで線路がある場所。途中までは橋が架かっている場所。
何故かつながることのない橋を眺めていた。何故か繋がることのない線路を眺めていた。
波止場にぶつかる波の音が心地良い。
電車が通ることがあればとても便利なのに、あと50mもない長さがあれば繋がるのに、ずっと放置され続ける線路。
ああ、ずっと繋がることなんてないんだな。
「私も妲己に聞きたいことがあったんだ。」
「あら、何かしら?」
「編み直した『おまじない』なんだけど、どんな効果にしたの?」
レーヴは怖がりもせず、不安そうにもせず、友人と話す調子で妲己に質問した。
「ああ、話してなかったわね。今回のは地味なものよ。嫌がらせをしてきた相手が、寝てる間に足がつりやすくなったり、寝る前にお腹壊しがちになったり、歯磨きをしたら必ず吐いたり、お酒一滴でも口にすれば溺れるまで呑んでしまったり、足をぶつける物がある場所で歩けば必ず小指を打ってしまうような、そんな地味なやつよ。あと、ささくれもできやすいとか。」
「うっわ。地味だけどえげつない。」
「私はえげつない『おまじない』のスペシャリストなのよ。」
二人はクスクス、ケラケラと笑い合った。
「そんな『おまじない』なら、なにがあっても大丈夫だね!」
レーヴは言いながら、あれ?本当にそうか?と思ったが、意地悪するほうが悪いので、気にしないことにした。
「うまく調整できたようでよかったわ。で、レーヴに聞きたいことがあるのだけれど、人の姿になろうとはしないの?」
え?
レーヴは目を丸くして妲己を見つめる。
「あら?会話ができて姿も見せれるようになれたみたいだったから、人の姿をとれるようになれば楽になれるんじゃなくて?やれることたくさん増えるわよ?」
妲己はきょとんとしている。
そんな発想なかったよ!
「うわあ、その手が…。」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、レーヴを見ている。どう料理してくれようかと言わんばかりに。
だが、聞かれたのは意外なことだった。
「今は何を目標にしていたのかしら?」
レーヴは目をパチパチさせたあと、少し躊躇いながら口を開いた。
「自分で夢を見ようと思って…。」
言っていると妙に照れくさいのだったが、レーヴにはなぜだかわからないのであった。
「それは、どうして?見たくなったの?それとも、二人のため?」
馬鹿にするでもなく、妲己は優しい微笑みを浮かべながら問いかけた。
「見てみたくなったからだよ。みんな、いろいろな夢を見て、いろいろな思いを抱いて、私にも、そんな風に夢が見たくて。」
本当のことを洗いざらい言えなかった。それもまた、レーヴにはどういうわけかわからず、自分で困惑してしまった。
「そう。」
妲己は遠くを見て考え込み、しばらくしてから口を開いた。
「私ね、しばらくもう顔を出さないわ。困ったら、お店に来てね。二人のことも、レーヴのことも応援してるから。それじゃ…。」
レーヴは何を言われたのかわからず、妲己を見るが、目が合うことはなかった。
「えっ。」
声をかけるまでもなく、妲己は姿を消していた。
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