雫物語~Myth of The Wind~

くろぷり

文字の大きさ
上 下
113 / 222
血に染まる白き冠

消えたガヌロン2

しおりを挟む
シェルクードとガヌロンが林の中を逃げている頃、ベルヘイム軍の幕舎は騒然とし始める。

オルフェは、ガヌロンの事も気になっていたが、テューネが単独で追った事も気掛かりであった。

ガヌロン脱走の報はベルヘイム軍全体に伝えられ、直ぐに捜索隊が編成される。

航太やアルパスターも、その報を聞くと飛び起きて、ガヌロンを捕らえていた場所に向かった。

現場は、シェルクードが見張りの兵を殺した状態のまま残されている。

「畜生!!誰の仕業だよ!!ランカスト将軍を殺したガヌロンを助けようって奴がいるのか??」

航太は夜にも関わらず、大声で叫んでいた。

しかし、それは今集まっている全ての人の心を代弁している。

ベルヘイム軍で、ランカスト将軍と共に戦った事がある兵なら、当たり前である。

どんな時でも、ただの歩兵1人でも常に気をかける姿勢は、全ての兵から慕われる由縁でもあり、ベルヘイム軍でランカスト隊に入隊出来る事は、兵達の誇りでもあった。

その将軍が殺される要因を作った…………しかも、ランカスト将軍とは対極にいるような考え方をするガヌロンを助ける者がいるなど、俄には信じがたい。

先の戦闘ではランカスト隊を全滅に追いやったガイエンを…………その憎き相手を後1歩で倒せたのに自分達を助けるのを優先してくれた……………そして、戦いや慣れない生活で疲労やストレスが溜まってるのを見抜き、そんな緊張を酒場で取り除いてくれたランカストに、航太自身も本当に感謝していた。

だからこそ、航太はランカストを死に追いやる原因を作ったガヌロンを許せなかったし、その男を逃がした兵がいた事が信じられない…………

航太は、無意識に唇を噛み締める。

「ヨトゥン側の兵が逃走を手引きしたとかって、ないのかな??」

悔しさと怒りが同居している航太の表情を見ながら、絵美が首を傾げながら言う。

「まず、有り得ないだろうな…………ヨトゥンがガヌロンを助けても、メリットがそれ程ない。ロキがガヌロンの口封じに………とも考えられるが、それなら戦場でガヌロンを殺していただろう」

オルフェが現場を見ながら、絵美に答える。

「もしかしたら、ガヌロンを助けるのではなく、殺す為に連れ出した可能性もあるな…………」

アルパスターは、殺されている兵の喉元を貫いているナイフを腕組見ながら呟いた。

「なんで殺す為に助けるでしゅか~~。そんな奴いたらアホでしゅ~~。航太並の馬鹿でしゅ~~。てか、航太は変態でしゅた!!にゃはは」

「………………おい、アヒル野郎……………最後のは、ただの悪口だよなぁ~~」

航太とガーゴが睨み合ってると、智美が2人の間に割って入る。

「そんな言い合いしてる場合じゃないでしょ!!将軍、殺す為に逃がす事なんて事、ありえるんですか??」

「確実に自分の手でガヌロンを殺したいと思う奴なら、可能性はある。航太や私のような、遠距離攻撃できる者に気付かれたら本懐を遂げれないし、得手して恨みがある人間は、簡単に殺すより自分の恨みの深さを伝えてから殺したいと思うからだよ」

智美の問いに、頷きながらアルパスターは答えた。

「その可能性は高そうだ……………こいつは、ランカスト隊の紋章入りのナイフだ…………」

オルフェが、見張りの兵の喉に刺さっているナイフを見て言った。

「恐れていた事が起き始めたか…………」

アルパスターは、俯きながら呟く。

「そういえば、さっきオルフェ将軍も不安そうな顔してましたけど………どうしたんですか?」

航太は、オルフェに尋ねた。

「アルパスター将軍は、アルスター国から出向してる身。実践経験が豊富なフィアナ騎士として軍の指揮をしているが、ベルヘイムの兵を纏めていたのは、ベルヘイム12騎士のランカストだった…………ランカストが死んだ事で、ベルヘイム兵の統率がとれなくなるかもしれん…………」

「オルフェ将軍だって、12騎士の1人でしょ??ベルヘイムの兵隊さん達を纏められるんじゃないかな??」

智美は、ランカストとオルフェの戦いを見ている。

ランカストも勿論凄かったが、オルフェの戦い方も兵からの信頼のされ方も、負けてないと思えた。

「いや…………ガヌロンの指示だったとはいえ、ユトムンダスとの戦いでベルヘイム騎士団は戦闘を放棄した。村人と、見習い騎士だったランカストを見捨てた。その事は、全ての兵が知っている。実際にその場にいて何も出来なかったオレに、ランカスト程の信頼を兵からは得られない。見習い騎士でありながら、村を救ったランカストの足元にも及ばないのさ」

「そんな事……………」

そんな事ない…………そう言いかけて、智美は言葉を飲んだ。

謙遜している訳でも、お世辞を言っている訳でもない……………心の底からの言葉だという事に、オルフェの表情を見て智美は悟った。

「オルフェ殿は優秀な騎士だ。過去がどうであれ、それは変わらん。だが、兵達の気持ちは、今のオルフェ殿の言葉の通りだ。だから航太、お前に兵を指揮してもらいたいんだ。ランカスト同様に、半人前の騎士がレンヴァル村を救った…………兵達は、英雄ランカストの再来として、お前を見ている。だからこそ、お前がベルヘイム兵を纏めるんだ!!」

アルパスターからの自分への期待の大きさに、航太は驚く。

「レンヴァル村を救ったのは、オレじゃない!!」

そんな言葉が口から出そうになったが、航太は飲み込んだ。

(オレが何言おうと、皆がオレを信頼してくれてんだ。ランカスト将軍に恩返しできるのは、これしかない!!)

航太は、自分の決意を胸に刻んだ。

その後、捜索隊に連れられて、テューネが戻って来た。

テューネは涙と共に、ガヌロンを逃した事をアルパスターに伝える。

そして、逃亡を手助けしたシェルクードの行方も分からなくなった事を…………

そして、夜は深くなっていく…………

次なる戦いは、もう目前に迫っていた…………



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...