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コナハト攻城戦
天の雷
しおりを挟むコナハト城の外は、歓喜の声で渦巻いていた。
ヨトゥンの指揮官クラスを人間の部隊が倒したのは初めての事であり、それと同時にヨトゥンに占領された大地を……城を取り返した事も初めてである。
その遠征軍に従軍していた誇りと、奇跡のような勝利に、皆が腹の底から大声を出していた。
コナハト城の中から一真とフレイヤが現れると、その声は更に増す。
スルトを退けた後、オルフェの指示で全部隊にコナハト城に単身で乗り込んだ一真の事が伝えられていた。
ホワイト・ティアラ隊で一真の弱々しい姿を見ていた騎士達は、作戦は失敗して自分達が命懸けでバロールに挑まなくてはいけないと覚悟していた者が大半である。
そしてコナハト城内から聞こえて来る激しい戦闘の音に……そんな音を出す者に戦いを挑まなければいけない事を考えると、足が竦む者もいた。
そんな中で、フレイヤを伴ってコナハト城から出て来た一真を見たら、叫ばずにはいられない。
凄まじい程の歓声の中、一真は困惑の表情で航太に背負われているガイエンの亡骸を見る。
「バルドル様、皆の声に応えるのも英雄の仕事の一つですよ。腕を上げるだけでも良いのですから……」
「いや……でも、オレの力だけで勝てた訳じゃない……ガイエンやフレイヤさん、それに航兄達……それに、外で戦っていた皆の力だって、無ければ勝利は無かった」
そう……そして、ガイエンも含め多くの犠牲者が出ている。
声には出さなかったが、とても喜べる状況じゃない……一真の表情が一段と険しくなった。
「一真、お前の気持ちも分からないじゃねぇ……オレも、素直に喜べない気分だ。だがよ……この国の人達は、ずっとバロールに苦しめられて来たんだ。そのバロールを倒した騎士に応えて欲しい気持ちも、なんとなく分からねぇか? フレイヤさんの言う通り、軽く腕を上げるだけでもいいんだよ」
目の前でガイエンを殺された一真の気持ちを考えれば、人々の歓声に応えろと言うのも酷かもしれない。
航太もガイエンとは神話の世界に来て最初に戦い、その強さに圧倒され、その後何度も戦い、憎しみを覚え、それでもようやく分かり合う事が出来たと思っていた。
これからは供に歩み、いいライバル関係になれると思っていた……そう考えると、一真が命懸けでバロールを倒したのに、素直に喜べない自分もいる。
しかし……犠牲者という事で言えば、歓喜の声を上げている騎士達やスラハトの住人達の方が、仲間や友人や家族を失っている筈であった。
そんな大切な人達の死が無駄ではなかったと思いたいのだろう……バロールを倒した者と共に戦ったという事実が欲しいのかもしれない。
なんにしても、一真が皆の声に応えるだけで、全てが報われる……そんな感情が、航太には痛い程分かった。
「分かったよ、航兄。これで……いいのかな?」
一真は、控えめなガッツポーズをするように右腕を上げる。
うわあぁぁぁぁぁぁ!
まるで大地が揺れているかのような地響きと、大気を揺るがすような歓声がコナハト城を……スラハトの町を支配した。
レンヴァル村を救ったと勘違いされ、勝手に英雄にされた時と同じ……いや、それより何倍もの歓声に航太は嫉妬しながらも、偽りと本物の違いを実感する。
「うひゃ~! この歓声はスゴイねー。航ちゃんの時とは大違い! ってか、そもそもレンヴァル村を救ったのもカズちゃんだったねー」
「絵美、航ちゃんも分かってるみたいだから、そのぐらいにしてあげたら?」
スラハトを解放し、コナハト城での激戦を終えて、確かに犠牲者が多かったのは理解していたが、身近な仲間を失わなかった事に智美は安堵していた。
「それにしても、ガヌロンに続いてガイエンもかぁ……私の怒りの矛先は、どこに向けたらいいのやら……」
少し頬を膨らませ、ゼークは巻き上がる歓声を発している人々に視線を向ける。
「敵になったり味方になったり……分かり合える筈の人達が戦ってるのは悲しいです……でも、この人達の笑顔を見てると、勝てて良かったって素直に思います」
複雑な表情を浮かべるゼークに、テューネが笑顔を向けた。
「そうね……」
ゼークは頬に入れた空気を吐き出してから、風に揺れる銀色の長い髪を後ろに流す。
「ガイエンを埋葬したら、凱旋するとしますかっ!」
航太は明るく言った後、背中で冷たくなるガイエンを揺らした。
「人として、しっかり弔ってやるからな! んで、オレが死んだら、あの世で決着つけるから、それまで修業をサボるなよ!」
航太達は、歓声の巻き上がる本隊に向けて足を踏み出す。
その時……
「航兄! 止まって! 全員、姿勢を低く!」
ガアァァァァァァン!
ガアァァァァァァン!
ガアァァァァァァン!
耳を劈く音が断続的に、周囲に響き渡る。
その内の1回を……下から競り上がる閃光を、翼を生やした一真がグラムで受け止めた。
身体を屈めた航太は、爆音が鳴り響いた先を無意識に見る。
嫌な予感がした……出来れば見たくない……しかし、視線は気持ちと裏腹に自然とその方向を視界に捉えた。
黒く立ち昇る煙……そして、肉が焦げる様な嫌な臭い……
だが……それより異様な光景だったのは、おそらく攻撃を仕掛けたであろう人物を敬うように、全ての人が頭を垂れている。
「オーディン様……」
「オーディン様だ……」
人々が頭を下げている……その中で、一真だけが赤い瞳でオーディンを睨んでいた……
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