命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

四幕 「赤の閃光」 三

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 震えながらも力強い眼差しでフレアを睨みつけているシオンの、柔らかく長い髪が一連の魔操で生まれた気流によってふわふわとなびいている。
「シ、シオンがやったのか?」
 ディオニージが信じられないといった表情で呟く。一般人、ましてや幼い少女であると思っていたシオンがあの凄まじい火球を無効化するほどの氷壁を創生したなどにわかに信じられないというのは無理もなかった。
 その真偽を確認する間もなく二体のフレアがすぐにシオンに向かって駆け出す。
「逃げて!」
 フレアの動きに反応したアスはそう叫ぶと、剣を構えてすぐに駆け出してフレアの後を追った。少し遅れてエラルもアスに続く。
 しかし、シオンは逃げることなく、突進してくるフレアを真っ直ぐに見据えるとゆっくり息を吸い集中した。急速に練られていくシオンの膨大な魔力が広間の空気を振動させる。
 シオンが掌をフレアに向け強く念じると強烈な突風が巻き起こり二体のフレアの足を著しく鈍らせる。その風の中を無理やり進もうとするフレアの体表は鋭い風の刃でズタズタに切り裂かれ、周囲に赤黒い体液を撒き散らした。
 シオンは突風を維持しつつ、更にもう片方の掌をフレアに向ける。今度は直径10センチ程度の火球を二つ創生するとそれぞれのフレア目がけて一球ずつ放った。
 火球は風に煽られることで、その速度を増すとともに十分な酸素によって激しく燃え盛る。火球は突風で足の鈍るフレアに命中し、その体表を大きく焼いた。
「す、すごい・・・。しかも複数系統の魔操を使用するなんて・・・」
 放出できる魔操は一人一系統。その常識を覆すシオンに、エラルが疑問の表情を浮かべつつも、目の前で繰り広げられる圧巻の光景に足を止めて固唾を呑む。
 致命傷を与えるには至っていないが、シオンはフレア二体を相手に一歩も引けを取っていない。
 だが、高出力の魔操を放出し続けることは流石に苦しいようで、シオンが苦悶の表情で息を荒げる中、次第にその魔力が弱まり始めた。
「まずい!アス!援護するぞ!」
「うん!」
 フレアを足止めしていたシオンの突風が消失すると同時に、アスとエラルがそれぞれ不意をついて各個にフレアを背面から斬りつけた。斬撃の痕から赤黒い体液が噴出する。
 体にまとわりつく虫を払うかのようにフレアが拳を振り回すが、エラルは後方に跳び、アスはその脇をすり抜けることで攻撃を回避した。
 結果、フレア二体をエラルとアスが挟み、アスの背後にシオンがいるという立ち位置になった。
「シオン、大丈夫?」
 アスがフレアに目を向けたまま背後にいるシオンに声をかける。
「はぁはぁ、まだ魔力は残ってるけど、少し間を開けないと強い魔操は打てないかな。弱い魔操でよければ、なんとかフォローはできると思う」
「了解。本当は無理しないでと言いたいとこだけど、なんとかフォローだけでもお願い。ごめんね、ぼくにもっと力があれば・・・」
「ううん、アスもエラルも十分過ぎるくらいに頑張ってるよ。フォローは任せて、出来る限り力を尽くすから」
 先程、受けた傷を全て回復したフレアが禍々しい輝波と共に恐ろしい程の敵意をアスに放つ。その敵意に対してすぐに身構えたアスであったが、ふと一つの疑問が頭をよぎった。
 二体のフレアがシオンを襲う際に何故か敵意を放っていなかったということに。もしかしたらシオンに対しては危害を加えるつもりはないのかもしれない。
「アス!前!」
 一瞬ではあったが別の思考によって集中を欠いたアスはフレアの突進に対して動作が一歩遅れる。シオンが叫んでくれたおかげでかろうじてフレアの拳を避けることができたが、大きく体勢が崩れる。
 そこへフレアが追撃の拳を振り上げる。拳は真っ赤に燃え盛っており十分な魔力が込められていた。最初の攻撃は囮で、本命はこの二発目だったようだ。
「くっ、・・・このぉ!!」
 回避するため、無理に力を込めた足の筋が悲鳴を上げるかのようにミチミチと音を立てる。だが、崩れた体勢の体は重く、なかなかに動かない。
 フレアの拳の射線上から外れるため、更にと力を込めると足の筋繊維が破断していく感覚がアスの体を駆け巡り、その後すぐに激痛が走った。
 間に合わない。
 痛みに顔を歪めるアスが直撃を覚悟した瞬間、シオンが援護のために放った風の刃がフレアの動きをほんの少し遅らせた。
 僅かな遅延ではあったが、その一瞬でなんとかアスは体を捻り直撃を避け、そのままフレアの懐に深く入り込む。
 フレアの拳がかすった左上腕が熱火の魔力で焼け、更なる痛みが襲ってくる中、それでもアスは歯を食いしばり、無我夢中でフレアの足元から頭上に向かって一直線に剣を振り抜いた。
 アスの手に肉を深く切り裂く確かな手応えが残る。
 息を切らしながらその場で膝を突いたアスの眼前には、深い斬撃の痕から赤黒い体液を噴出し、更には魔錬刃の追い討ちで発生した炎に悶えながらゆっくりと後退するフレアの姿があった。
「これでもまだ核は出てこないのか・・・」
 満身創痍のアスが悲観するように呟きながら、剣を支えにその場になんとか立ち上がる。
 そのアスの左上腕の火傷を冷やすようにシオンの水氷系の魔力が包み込んだ。
「動かないで。ひどい火傷・・・」
「でも、まだ終わってないから」
 そう言いながら力を振り絞って剣を構えるアス。その目が捉えるフレアは今程の傷の再生を始めており、更にその肩越しにはもう一体のフレアに壁まで追い詰められているエラルの姿が見えた。
「エラル!?」
 アスとシオンが目の前のフレアと対峙している間、エラルは単身でもう一体のフレアを相手にしていたのだ。
 エラルはフレアが繰り出す拳や魔操の直撃を持ち前の俊敏さでなんとか回避し続けていたようだったが、その体は攻撃を躱す度にこすられたフレアの魔力によって、最早ボロボロとなっており、目も虚になっていた。
「なんとか援護しないと!」
 エラルののっぴきならない状況に焦るアスが頭をフル回転させながら周囲を見回す。
 この位置から駆けても到底間に合わないし、目の前のフレアがそれを許さないだろう。
 エラルのすぐ近くにはフレアが広間に侵入してきた時に開け放たれた地下通路の入り口が見えるが、エラルにはそこに逃げ込むだけの余力もないだろうし、時間的猶予をくれる相手でもない。それに逃げ込んだところでどうにかなるとも思えなかった。
 フォンセの介抱をしていたディオニージはエラルの状況に顔面蒼白となっている。ディオニージの位置からでは距離も遠いし、そもそもフレアを抑えることは実力的に難しいだろう。
 頼みの綱はシオンの魔操であったが、今の状態でフレアの攻撃を防ぐだけの強力な魔操は放てないようで、アスの視線を受けたシオンは今にも泣きそうな表情で頭を振った。
 何も手立てが浮かばない中、水氷系の魔操によって巨大な鉄の塊を想起させる程に固められたフレアの拳が、虚な表情をするエラルに向かって振り下ろされる。
「エラル!!」
 何もできないアスの悲痛な叫びが広間に響き渡る。
 すぐにその声をかき消すかのように石畳の床を砕く大きな音が鳴って広間が大きく揺れた。その威力の壮絶さを示すかのように後には大量の粉塵が舞い上がる。
 エラルはどうなったのか。
 粉塵から目を守るため、腕で顔を覆ったためにすぐに状況が掴めない。そのもどかしさでアスの心臓は異常なまでの速さで鼓動する。無事でいてほしいと願う反面、正直諦めの気持ちも強かった。
 粉塵はほんの数秒で目を開けられる程度にまでに収まった。
 アスが恐る恐る腕を顔から避けて、エラルがいた場所に視線を向ける。その目に飛び込んできた光景に自然と涙が溢れた。
「・・・ギリギリ、だったな」
「ああ、よかった。途中、通路が破壊されているのを見つけた時は焦ったよ。・・・遅れて申し訳ありません、エラル様」
 そこにはエラルを抱き抱えるヴェルノとフレアの攻撃を逸らすための分厚い氷壁、そしてその魔操を放ったジェレルの姿があった。
「お、お父さん」
 アスの姿を見つけたヴェルノがニッコリ微笑みながら力強く言葉を発する。
「遅くなってすまん!後は任せろ!」
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