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第二章 遠き日の約束
二章終幕 「その声をもう一度」 一
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決闘から二日経った。
アスはヴィエルニ家の一角にある大聖堂の控え室で、両脇に青い差し色の入った黒いコートの袖に腕を通していた。
今日はジゼルの正心の儀を行う予定で、そこに参列するアスのためにアレクシスが輝葬師の正装である黒いコートを用意してくれたのだ。
ヴェルノとオーべは既に正装に着替え、大聖堂に向かっている。
二人はアスが正装を纏った姿を大聖堂でお披露目してほしいようで、着替えは見ないとのことだった。
ヴィエルニ家の従者が丁寧にアスの着付けを行なってくれて、それなりに格好はついた。
「少し大きいですね」
アスが着付けを手伝ってくれた従者の女性に声をかけると、その女性はニッコリ微笑んだ。
「アレクシス様が長く来て欲しいということで大きめのサイズを用意されたようですよ。今は大きいですが大人になればピッタリになりますよ」
「そうだったんですね。そこまで考えてくれているなんて恐縮です」
「ふふふ、アレクシス様はアス様を大分お気に召したようですからね」
従者の言う通り、あの決闘以降、アレクシスのアスへの態度は激変していた。
時間さえあればアスのところにきて本当に楽しそうに他愛もない話をするし、昨日に至っては奥方と二歳になる子供も連れてきてアスに紹介した程だった。
「ありがたいですが、正直少し重いですね・・・」
アスが照れるように鼻をかく。
「まぁ、そんなこと言うとアレクシス様が悲しみますよ。今このときにはもう戻れないのですから、何事も十分に楽しんでくださいませ。・・・さぁ、大聖堂へご案内いたします」
従者に案内され、大聖堂に入るとヴェルノとオーべが真っ先に駆け寄ってきた。
「おお!似合ってるじゃないか!ヴェルノよりも様になってるぞ!」
「最後の一言は余計だろ。・・・アス、よく似合っているぞ。さぁ前の方の席に行こう。次はジゼルのお披露目の番だからな」
「うん」
大聖堂の最前列の席には既に正装である宮廷服を着たアレクシスが座っており、アスを手招きする。
「来たか。アス、俺にも見せてくれ」
アスの姿を見たアレクシスはその姿に納得するかのようにうんうんと頷いた。
「俺が手配しただけあって、すごくいいぞ。ヴェルノよりも様になってる」
同じ言葉を吐く大人二人のボキャブラリの程度に呆れるかようにヴェルノは大きく溜め息をついた。
「ん、ヴェルノどうした?もしかして傷付いたのか?冗談だぞ冗談。そんなこともわからないのか?」
笑うアレクシスを見て、ヴェルノはもう一つ溜め息をついた。
「まぁそんなことはどうでもいいか。アス、お前は俺の横だ」
アレクシスは自分の横の椅子をパンパンと叩く。
「いやいやアレク、アスはこっちに座らせる」
「駄目だ。ヴェルノとオーべはそっち、アスはこっちだ」
「あ?」
「あ?」
二人のやりとりを見てオーべが頭を抱える。
「ヴェルノ、今回は譲っておけ」
「オーべはよく分かっているな。ヴェルノが譲れ」
腕を組んでふんぞりかえるアレクシスを尻目にオーべがヴェルノの耳元に顔を近づけて小声で囁いた。
「機嫌を損ねたらジゼルの正心の儀をやめるとか言い出すかもしれないだろ。ここは我慢しろ」
「・・・分かったよ」
ムスッとした表情でヴェルノはアレクシスが先程指差した席にオーべと並んで座った。
アスが席に座ると程なくして大司教であるシモンが入場し、アス達が見つめる先、前方の祭壇前に歩を進めた。
今回の正心の儀、せっかくだから大司教に立ち会いをお願いしようということで、あの決闘の後、アレクシスがシモンに声をかけてくれていたのだ。
大司教が個人の立ち合いをするなど王族や六華当主並みの待遇である。
更に、オーべによると大司教であるシモンの予定は超過密であり、本来であればこれだけ急な立ち合いなど不可能なのだが、急ぎでなんとかしてほしいというアレクシスのたっての願いということで、依頼から二日という短期間での実現に至ったとのことだった。
アスは横に座るヴィエルニ家当主、アレクシスの影響力の強さを改めて実感するとともに、そんな人物と決闘をしたという事実を思い出して少しだけ身震いした。
シモンは祭壇前に着くと、祭壇に向かって一礼してから参列者の方に振り返った。
参列者は、ヴェルノ、オーべ、アレクシス、アスの四名だけ。
他には執事長ニコラスの指揮の下、大聖堂を警護する従者の姿はちらほらと見受けられる程度であった。
「一同、ご静粛に。ラウルの御名の下、これよりジゼル・ミュルジェの正心の儀を始めます。一人の人間が個として成熟し、このレヴァリアスの一員として自立するための尊い儀式となります。参列者の皆様におかれましては、この儀式を最後まで見届けていただきますようお願いいたします」
シモンは参列者に向かって一礼してから、大聖堂の入口に立つヴィエルニ家の従者に手を挙げて合図を送る。
合図を受けた従者が入口の大きなドアを開くと同時にパイプオルガンの荘厳な音が大聖堂に鳴り響き、その中を従者の先導を受けながらジゼルが大聖堂に入場してきた。
アスはヴィエルニ家の一角にある大聖堂の控え室で、両脇に青い差し色の入った黒いコートの袖に腕を通していた。
今日はジゼルの正心の儀を行う予定で、そこに参列するアスのためにアレクシスが輝葬師の正装である黒いコートを用意してくれたのだ。
ヴェルノとオーべは既に正装に着替え、大聖堂に向かっている。
二人はアスが正装を纏った姿を大聖堂でお披露目してほしいようで、着替えは見ないとのことだった。
ヴィエルニ家の従者が丁寧にアスの着付けを行なってくれて、それなりに格好はついた。
「少し大きいですね」
アスが着付けを手伝ってくれた従者の女性に声をかけると、その女性はニッコリ微笑んだ。
「アレクシス様が長く来て欲しいということで大きめのサイズを用意されたようですよ。今は大きいですが大人になればピッタリになりますよ」
「そうだったんですね。そこまで考えてくれているなんて恐縮です」
「ふふふ、アレクシス様はアス様を大分お気に召したようですからね」
従者の言う通り、あの決闘以降、アレクシスのアスへの態度は激変していた。
時間さえあればアスのところにきて本当に楽しそうに他愛もない話をするし、昨日に至っては奥方と二歳になる子供も連れてきてアスに紹介した程だった。
「ありがたいですが、正直少し重いですね・・・」
アスが照れるように鼻をかく。
「まぁ、そんなこと言うとアレクシス様が悲しみますよ。今このときにはもう戻れないのですから、何事も十分に楽しんでくださいませ。・・・さぁ、大聖堂へご案内いたします」
従者に案内され、大聖堂に入るとヴェルノとオーべが真っ先に駆け寄ってきた。
「おお!似合ってるじゃないか!ヴェルノよりも様になってるぞ!」
「最後の一言は余計だろ。・・・アス、よく似合っているぞ。さぁ前の方の席に行こう。次はジゼルのお披露目の番だからな」
「うん」
大聖堂の最前列の席には既に正装である宮廷服を着たアレクシスが座っており、アスを手招きする。
「来たか。アス、俺にも見せてくれ」
アスの姿を見たアレクシスはその姿に納得するかのようにうんうんと頷いた。
「俺が手配しただけあって、すごくいいぞ。ヴェルノよりも様になってる」
同じ言葉を吐く大人二人のボキャブラリの程度に呆れるかようにヴェルノは大きく溜め息をついた。
「ん、ヴェルノどうした?もしかして傷付いたのか?冗談だぞ冗談。そんなこともわからないのか?」
笑うアレクシスを見て、ヴェルノはもう一つ溜め息をついた。
「まぁそんなことはどうでもいいか。アス、お前は俺の横だ」
アレクシスは自分の横の椅子をパンパンと叩く。
「いやいやアレク、アスはこっちに座らせる」
「駄目だ。ヴェルノとオーべはそっち、アスはこっちだ」
「あ?」
「あ?」
二人のやりとりを見てオーべが頭を抱える。
「ヴェルノ、今回は譲っておけ」
「オーべはよく分かっているな。ヴェルノが譲れ」
腕を組んでふんぞりかえるアレクシスを尻目にオーべがヴェルノの耳元に顔を近づけて小声で囁いた。
「機嫌を損ねたらジゼルの正心の儀をやめるとか言い出すかもしれないだろ。ここは我慢しろ」
「・・・分かったよ」
ムスッとした表情でヴェルノはアレクシスが先程指差した席にオーべと並んで座った。
アスが席に座ると程なくして大司教であるシモンが入場し、アス達が見つめる先、前方の祭壇前に歩を進めた。
今回の正心の儀、せっかくだから大司教に立ち会いをお願いしようということで、あの決闘の後、アレクシスがシモンに声をかけてくれていたのだ。
大司教が個人の立ち合いをするなど王族や六華当主並みの待遇である。
更に、オーべによると大司教であるシモンの予定は超過密であり、本来であればこれだけ急な立ち合いなど不可能なのだが、急ぎでなんとかしてほしいというアレクシスのたっての願いということで、依頼から二日という短期間での実現に至ったとのことだった。
アスは横に座るヴィエルニ家当主、アレクシスの影響力の強さを改めて実感するとともに、そんな人物と決闘をしたという事実を思い出して少しだけ身震いした。
シモンは祭壇前に着くと、祭壇に向かって一礼してから参列者の方に振り返った。
参列者は、ヴェルノ、オーべ、アレクシス、アスの四名だけ。
他には執事長ニコラスの指揮の下、大聖堂を警護する従者の姿はちらほらと見受けられる程度であった。
「一同、ご静粛に。ラウルの御名の下、これよりジゼル・ミュルジェの正心の儀を始めます。一人の人間が個として成熟し、このレヴァリアスの一員として自立するための尊い儀式となります。参列者の皆様におかれましては、この儀式を最後まで見届けていただきますようお願いいたします」
シモンは参列者に向かって一礼してから、大聖堂の入口に立つヴィエルニ家の従者に手を挙げて合図を送る。
合図を受けた従者が入口の大きなドアを開くと同時にパイプオルガンの荘厳な音が大聖堂に鳴り響き、その中を従者の先導を受けながらジゼルが大聖堂に入場してきた。
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