命導の鴉

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第二章 遠き日の約束

二幕 「ロムトアへ」 三

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 依頼内容を共有したヴェルノ達は、旅の支度をするために喫茶店リンドを出た。
「旅の道具は大体拠点に揃っているが、武器だけは調達が必要だな」
 ヴェルノが腰に帯びている剣は先のフレアとの戦いで折れたままであった。
 ヴェルノ達の使用しているグラディウスは市販の物より高級な鋼材を使用した特注品であるため、新しく購入するにも修理するにもかなりの費用がかかる。
 懐事情が芳しくないヴェルノ達はとりあえず剣の修理を後回しにしていたのだ。
「下手な安物を買うよりは今の折れた剣の方がマシって言ってたけど、やっぱり買うの?」
 ジゼルが尋ねると、ヴェルノは首を横に振ってにっこり微笑む。
「いや、今回は支度金として五万ベトラまで使っていいと言われているから、双極分枝の『箱』で修理するよ。素材の純青藍鋼もここに来る途中の鋼材屋で買ってきた」
「ご、五万!!一般人の年収クラスが支度金って・・・、さすが貴族ね、恐るべし」
「そうだな、正直どうやって修理費を捻出しようかと悩んでたところだったから、ほんと助かったよ。確かこの近くに街の双極分枝があったはずだから寄って行こう」
 街の双極分枝は喫茶店リンドから少し歩いた所にあった。
 双極分枝に到着したヴェルノ達は、中に入ると早々に受付を済ませて、奥の魔具模造床と書かれた部屋に進んだ。
 部屋の中には、5メートル四方の巨大な装置があり、双極分枝の職員と思われる若い女性が装置前面のパネルを操作していた。
「へぇー、ここの『箱』は結構でかいんだな」
 女性がヴェルノの声に気付き、こちらに振り向く。
「こんにちわ、魔具模造機のご利用ですか?」
「ああ、No.99、グラディウスの修理をお願いしたい」
「かしこまりました。現在、他に利用者はいないので、すぐに取りかかれますよ」
「それはよかった、急ぎで頼みたい」
 女性は笑みを浮かべて頷くと装置前面のパネルを操作し始めた。
 魔具模造機は、双極に登録されたオリジナルのアーティファクトの設計情報を基にして、そのレプリカを生成したり修理したりできるアーティファクトで、通称『箱』と呼ばれている。
 魔元石を介した魔力によって動作するアーティファクトと呼ばれる道具の構造は非常に複雑であるため、人類はアーティファクトの生成も修理も箱を用いることでしか行うことができない。
 そのため、この箱は人類にとって非常に重要なアーティファクトの一つであった。
 少しして、操作を終えた女性がこちらに顔を向けた。
「お待たせいたしました。設定を完了しましたので装置左方の蓋を開けて素材をセットしてください。必要素材は・・・」
「知っているから、説明は大丈夫だよ」
 ヴェルノは柔らかい口調で女性の言葉を遮ると、慣れた手つきで装置左方にある蓋を開けた。
 装置内には素材を置くための棚があり、そこへ折れた剣の刃先、先程購入した純青藍鋼、鞘から抜いた折れた剣を順次並べて蓋を閉めた。
 装置がセットされた素材の読み取りを自動で開始する。
 10秒程で装置の前面パネルに修理のための所要時間が表示された。
「ありがとうございます。素材は十分ですね。所要時間は2時間程度となりますが、ここで待ちますか?」
「いや、他に用事があるから、出来上がり頃に取りに来るよ」
「かしこまりました。それでは修理を開始いたしますので、修理費用を前払いでお願いいたします。料金は・・・ん??えっ??」
 女性が装置のパネルに表示された料金を見て目を丸くする。そこには一般的な剣の修理費とは比べ物にならないくらいの高額な値が示されていた。
「純青藍鋼の加工を行うんだ。多分2万ベトラくらいかな?」
 女性は絶句したままヴェルノの方を向いて、その言葉を肯定するかのように小さく頷いた。
「タラス、悪いが費用を頼む」
 タラスは頷いて女性に詳細な額を確認すると、鞄から100べトラ札の札束を二つ取り出して女性に渡した。
「お釣りは結構ですよ。・・・さてと、それでは皆さん、ここでの用事はとりあえず終わったようですので拠点へ戻りましょうか」
「ああ、そうだな。職員さん、修理をよろしく頼むよ」
「・・・か、かしこまりました」
 両手に札束を持った職員が呆然とする中、タラスの雅やかな口調に促されてヴェルノ達は双極分枝を後にした。

 拠点に戻ったヴェルノ達は速やかに準備を整え、それぞれ荷のつまった鞄を背負い拠点を出発する。
 途中、食料品等の消耗品を購入しつつ、時間を見計らって双極分枝で修理した剣を受け取り、王都外郭西大門を抜けて一路、ロムトアを目指した。
 外郭西大門を出てからしばらくはレンガで舗装された街道が続いていたが、至ロムトアと書かれた木の看板に従って街道の分岐点を越えると、次第に草木がまばらに生えた土の道に変わっていく。
 進むほどに整備状況が悪くなっていく道らしき道を進み、4人は日の落ちる頃にようやくロムトアの麓に辿り着いた。
 目の前に広がるロムトアは標高200m程度の小さな山であったが、自然の中で荒々しく育った草木が鬱蒼としており、ここからの道のりはより険しくなることが容易に想像できた。
 道のりの険しさと日が落ちて視界が悪くなったことを考慮すると、これ以上進むのは危険であろうと判断した一行は、ここで野営し明朝から本格的にロムトアに入ることにした。
 野営に適したところを探し、その場所でアスとジゼルがテントの設営を始めるとタラスも少し離れた場所でテントの設営を始める。
 ここまでの道中、タラスはヴェルノ達と一定の距離を保って後ろを追従する形で歩いていたため、3人とタラスの間で会話らしい会話はほぼ無かった。
 そんなタラスを見て、内気なのかなとジゼルがアスに軽口を投げかける場面もあったが、アスはタラスが時折見せる3人を監視しているかのような鋭い目に若干の不信感を抱いていた。
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