命導の鴉

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第一章 輝葬師

五幕 「白」  四

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 戦いが再開されてから幾許かの時間が経過した。
 紙一重の緊張の中でお互いをフォローしながらフレアを削り続けるヴェルノとニリルの心身は限界に近づいていた。
 だが、確実にその成果が現れ始めていた。目に見えてフレアの再生が遅くなってきたのだ。
 ニリルが渾身の力を込めてフレアの足を払う。
 ヴェルノはバランスを崩して膝をついたフレアの顔面にグラディウスを深々と突き刺すと、すかさず剣を引き抜いて後退した。
 フレアの顔から体液が噴き出す。その傷がゆっくりと再生し塞がる中、ついにその時が来た。
「顔の模様が!」
 少し離れた場所にいたジゼルがその変化にいち早く気付く。フレアの顔にあった模様が真っ赤に変化したのだ。
 続いてフレアの体の中央に大きな穴が空いた。その穴の中央には人の輝核によく似た光球がフワフワと浮かんでいる。
 異形ともいえるその姿はフレアが魔力の補充を始めた証であった。
「今だジゼル!光球を狙え!」
 肩で息をしていたヴェルノがその変化を視認すると、ジゼルに向かって力強く叫んだ。
 ジゼルはその声に頷くと魔錬刃の柄を強く握り締めてフレアに向かって駆け出し、その手前で大きく跳躍した。
 フレアが体にできた穴から魔力の吸収を始めると、大地を揺さぶるような重低音が鳴り、それと同時にフレアの全身が発光した。
 跳躍したジゼルは、眼下の異様な光景を見据えながら真紅に染まった魔錬刃を自身の頭上に振り上げる。
 そして落下の勢いそのままにフレアの核をめがけて振り下ろした。
 刹那、パンッという風船が割れるような音が鳴り、魔錬刃に込められていた魔力が霧散した。
「えっ?」
 魔力を失った剣はフレアの光球に届くことなく、体表を浅く傷つけただけで弾かれた。
 何が起こったのか分からないジゼルはフレアの目の前に着地すると、自身の剣を見ながらその場に呆然と立ちすくんだ。
「なっ!?」
「くっ、やはりまた消失するのか!」
 ヴェルノが目の前の状況を理解できずただ驚く中、ニリルがこのことを予想していたかのようにすぐに援護体勢に入る。
「体勢を立て直せ!反撃が来るぞ!」
 ニリルは無防備となったジゼルを援護するために魔錬刃を振り抜いた。しかし風の刃は不完全な形で生成される。それはニリルの魔力が尽きたことを意味していた。
 不完全な風の刃は威力が乏しく、フレアに若干の傷をつけるだけで足止めにすらならなかった。
 反撃のために魔力の吸収を中断したフレアは、目の前のジゼルに対して今ほど吸収した魔力を込めた拳を振り抜く。
「ジゼル、後ろに跳ぶんだ!」
 ヴェルノの言葉で我に戻ったジゼルは間一発のところで後方に跳び、その拳をなんとか回避した。
 しかし咄嗟の行動であるため、十分な距離は確保できず、更には着地時に体勢を崩してしまう。
 そこへフレアがすかさず両の掌を向ける。フレアの両腕が赤く輝き、激しく燃えさかる巨大な火球が生成された。
「くそっ、間に合え!」
 ヴェルノが火球を放とうとするフレアに駆け寄り、その軌道を変えるべくフレアの腕を剣の腹で押し上げる。
 しかし、予想外の状況で一歩出遅れていたヴェルノの行動は僅かに間に合わず火球はジゼルに向かって放たれてしまう。
「しまった!」
「ジゼル!」
 ヴェルノとニリルが苦悶の表情を浮かべる。
「お姉ちゃん!」
 今まで広場の隅で戦いを静観していたアスがたまらず飛び出した。
 しかし、その距離はあまりに遠く、火球の着弾に到底間に合わない。それでもただひたすらに姉を助けたいと願うアスは、ジゼルに迫る火球を睨みつけながら一心不乱に駆けた。
 凄まじい風切り音を立てながら無慈悲に迫る巨大な火球がジゼルの顔を照らす。
「ごめんみんな、これは流石にもう無理かな」
 身が焦げるような灼熱の中、体勢不十分のジゼルは目の前の火球を見据えながら覚悟を決めたかのように、手にある魔錬刃をただただ強く握りしめた。
 パンッ!!
 突如、先ほどジゼルがフレアに切りかかった時と同様に風船が割れるような音が鳴った。
 途端に場の熱気が冷め、フワッと温かい風がジゼルの頬を撫でる。
「ふぇ?」
 ジゼルはそれまで目の前にあった筈の火球が急になくなったことで思わず変な声を上げた。
「また消えただと!?」
 立て続けに魔力が霧散するという不可解な状況を目の当たりにしたヴェルノはフレアの腕に剣を当てたまま、距離を取ることも忘れてジゼルの方に視線を向けた。
「こ、今回はフレアの魔法も消えるのか?」
 ジゼルの魔力消失を何故か予想していたニリルにとってもこれは想定外だったようでその場で立ちすくんだ。
 フレアでさえも、この状況に理解が追いついていないのか魔法を放った体勢のまま首を傾げて硬直していた。
 ジゼル、ヴェルノ、ニリル、フレアの全員が一様に動きを止めたことで、場が一瞬静寂に包まれる。
「こっちだ化け物!」
 そんな中、静寂を打ち破るかのようにアスが叫んだ。
 アスは火球が消えたことなど意に介さず、ジゼルを援護するために猛然と走り続けていたのだ。
「駄目だアス!退がれ!」
 ヴェルノが血相を変えて叫ぶ。しかし、アスは止まることなくフレアへの突進を続けた。
 フレアが周囲の面々から照準を切り替えるかのように、突進してくるアスに対してゆっくりと顔を向ける。そして目にも止まらぬ速さで駆け出し一気にアスに詰め寄った。
「やぁぁあ!」
 アスは怯むことなくフレアの光球めがけて剣を突く。
 しかし、それよりも早くフレアが魔力を込めた右拳を振り抜いた。
 フレアの拳がアスの左上腕にめり込み、筋繊維と骨が破壊されていくような不快かつ強烈な衝撃が体を駆け抜ける。
 魔力がほぼ枯渇していたフレアが拳にまとわせた魔力は明らかに少なかったが、それでもその威力は凄まじく、アスの身体は大きく吹っ飛び、そのまま広場の石畳に叩きつけられた。
「ア、アスッ!」
 その光景にジゼルが悲痛な声を上げる。
「くそっ、ニリル!アスを頼む!ジゼル、今はフレアに集中しろ!再度魔錬刃に魔力を込めるんだ!」
 ヴェルノがフレアの注意を引くためにすかさずフレアの光球を刺突するが、光球を庇うように払ったフレアの腕がその剣を弾く。
 本来なら体勢を立て直すために距離を取るところだが、魔力の吸収を阻害し続けなければ核が再び隠れてしまう。
 ヴェルノは覚悟を決めて、その場に踏みとどまり剣を構えた。
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