命導の鴉

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第一章 輝葬師

五幕 「白」  三

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 ヴェルノとジゼルはエツィオから渡された魔元石のピアスを耳に装着すると魔力の吸収を始める。
 更にジゼルには魔錬刃と呼ばれた剣型のアーティファクトが渡された。
「お父さん、この魔錬刃って剣が何かもよく分かってないんだけど、使うのは私でいいの?」
 ジゼルがヴェルノに不安そうに尋ねる。
「魔錬刃は魔力の伝導率を極限まで高めた金属の刃を持つ武具のことだ。普段の剣と同様に使えばいいが、破壊力はこれまでとは比にならない。ジゼルの唯一の欠点、膂力の弱さを補うためにもジゼルが使ってほしい」
「そんなすごい剣なら、なおのことお父さんが使った方がいい気もするけど・・・」
「いや、今の俺では魔錬刃を使って志征と共闘しても、討伐できるかは五分ってとこだろう。確実に討伐するためにはジゼルの力は必須だよ」
「うーん、そう言われてもねぇ・・・」
 ジゼルは困り顔で手に持った魔錬刃を見つめた。
「お父さん、僕は?」
 今のところ、特に役割を与えられていないアスがヴェルノに質問する。
「そうだな。アスは少し離れて全体を見渡せる場所で戦いを見ているといい。戦いが始まれば、魔力を使用していないアスのところに矛先は向かないだろうからな。見ることもいい経験になるだろう」
 ヴェルノが笑顔でアスの頭をポンポンと叩く。
「魔吸石はいつでもいけるぞ、準備はいいか?」
 エツィオが広場の中央で声を上げる。その横には既に剣型魔錬刃を抜刀したニリルも立っていた。ニリルは風音系の系統のようで、魔錬刃は深緑に染まっている。
 ヴェルノとジゼルは互いにピアスが赤く染まっていることを確認し合うと、それぞれ剣を鞘から抜いた。
「とりあえずやれるだけはやってみるけど、ちゃんとサポートしてね、お父さん」
「ああ、任せておけ。・・・アスは危険だからもう離れていなさい」
 父に促され、広場の隅へとアスは離れる。その様子を確認してからヴェルノとジゼルは剣に魔力を込め始めた。
 2人の剣は燃えるように赤く染まる。ジゼルの魔錬刃はそこから更に濃く染まり、やがて深紅に染まった。
 準備が整った2人は広場の中央にいるニリルの横に並んで立った。
「準備は出来た。・・・魔吸石を頼む」
 エツィオが頷いてから、拳大の魔吸石を握りしめて念を込めると魔吸石は一帯の魔力を強力に吸い込み始めた。
「すごい。・・・でもこれで何が起こるの?」
 ジゼルが横に立つヴェルノに尋ねた。
「魔吸石はただ強力に魔力を吸うだけの石だ。本来は暴発した魔力を静めて場を安定させるために使用するんだが、この強力すぎる吸収力はフレアに感知されやすい。つまりフレアを誘き寄せるための道具にもなるってことだ」
 ジゼルがなるほどと頷くと、3人の前で念を込めていたエツィオが持っていた魔吸石を地面に放った。
「あとは許容限界まで勝手に吸収するだろう。分かっていると思うが、すぐにフレアが飛んでくる。そこの2人、ニリル様の足を引っ張るなよ」
 ヴェルノとジゼルが頷いたことを確認して、エツィオは視線をニリルに移す。
「ニリル様、無事の討伐をお祈りいたします」
 エツィオはニリルに頭を下げ、その場を離れた。 
 程なくして、逃げ惑う人達の悲鳴がする中で、建物が破壊される音だけが止んだ。途端に、ビリビリと大気を揺らすような感覚が広場を支配する。明らかにこちらに剥き出しの悪意が向けられていた。
「ジゼルはひとまず後方支援だ。合図があるまでは出来るだけ魔力を温存しておいてくれ」
 ジゼルは頷くと一歩下がり、剣を構える。その手は少し震えていた。
「来たぞ!」
 ニリルが見据える前方の建物の影から、白い生命体『フレア』がその姿を現した。
 全身は真っ白で目や鼻などの器官は無く、顔の部分に黒い線で描かれた模様があるだけ。体長は3m程度で筋骨隆々の人型、特に上腕から胸筋にかけての筋肉が発達しているため、全体のバランスは悪く下半身に比べ上半身がかなり大きい。
 その歪な体躯の生命体は、意外にもゆったりとした動作で広場に向かって歩いてきた。
 フレアは広場に入ると一旦足を止め、顔を左右に動かし周囲をゆっくりと見回す。そして標準を定めたかのように、剣を構える3人の方を向いて顔を止めた。
 フレアから発せられる禍々しい悪意が一段と強くほとばしる。
 次の瞬間、フレアは走り出し一気に間合いを詰めるとヴェルノに向かって大きな拳を振り抜いた。
 すさまじい風圧で舞い上がる粉塵の中、間一髪のところでその拳をかわして懐に潜ったヴェルノは、勢いよくフレアの胴を剣で払い抜け背後に回った。
 直撃。フレアの脇腹から赤黒い体液が飛び散る。
 フレアはそんなことなど全く気にせず、すぐに振り向いて背後に回ったヴェルノに対して拳をもう一度振り抜く。それもヴェルノは後ろに飛んでかわした。
 拳が空を切ったために少し体勢が崩れたフレアの側面から、ニリルが風音の魔操を込めた魔錬刃をフレアの頭に叩きつける。さらに魔錬刃によって生成された無数の風の刃がニリルの斬撃の軌跡をなぞりながらフレアに降り注ぎ、その巨大な体躯を連続して切りつけた。
 鬱陶しそうに側面のニリルに対して拳を振るうフレア、しかしニリルはすぐに後退したため、また拳は空を切った。
 フレアがニリルの方を向いたことで、ヴェルノの目の前が再びフレアの背面となった。
 ヴェルノが容赦なくその背中を切りつける。
 後退したニリルはふぅっと息を吐いてから体勢を立て直し、再び魔錬刃を叩き込もうと突進した。
 にわかにフレアの両腕が青く輝き、全方位に向かって直径10センチ程度の鋭く尖った氷の棘が無数に放たれた。
 咄嗟のことであったが、距離のあったヴェルノは剣でそれらをなんとか弾く。しかし、数発かすったようで体の各所から血が滲んだ。
 ニリルはカウンター気味に攻撃を受けたために避けきれず左肩に被弾してしまう。深くめり込んだ氷の棘に苦悶の表情を浮かべて、その場に膝をついた。
 その隙をフレアは見逃さず、ニリルに殴りかかる。その拳は赤く輝くと同時に烈火の炎をまとった。
「まずい!」
 ヴェルノが叫ぶが、無情にもその拳はニリルに向かって振り抜かれた。
 しかし、その拳はニリルに当たることはなく、代わりにフレアの腕が吹き飛び、噴出した体液が辺りに飛び散る。
 ニリルの目の前には、片腕を失ったフレアと剣を構えたジゼルが相対するように立っていた。
 拳が当たる寸前のところでフォローに入ったジゼルがフレアの片腕を切り飛ばしたのだ。
 更にフレアの腕の切断面からはジゼルの魔錬刃が生成した炎が発生し、駆け上るように燃え上がるとそのままフレアの上腕を焼いた。
「す、すごい威力・・・」
 魔錬刃の切れ味とその魔操の威力に驚きながら、ジゼルは小さく呟いた。
 フレアはすぐに自身の上腕で燃え上がっている炎を水氷系魔操で消すと、後ろに飛んで距離をとった。
「すまない、助かった」
 ニリルは顔にかかったフレアの体液を拭うと、体勢を立て直しその場に立ち上がった。
 被弾した左肩は出血によって真っ赤に染まっている。
「ナイスだジゼル!、ニリル、大丈夫か!?」
 ヴェルノがフレアに警戒しつつ、ニリルに駆け寄る。
「左手はかろうじて動くが剣は握れないな。だが、心配無用だ。右手だけでも削れるとこまで削るさ!」
 ニリルは残った右手に力を込めて、魔錬刃を構える。
「無理しないで。私がやるよ!」
 ジゼルの言葉にニリルは頭を振る。
「見事な威力だった。なぜ君がトドメ役なのかがよく分かったよ。削りは引き続き任せてほしい」
「でも!」
 ジゼルが前に出ようとしたが、ヴェルノがそれを制した。
「ニリルの言う通りにしてくれ。討伐のためだ」
「ニリルさんは怪我したんだよ!?」
 理解も、納得もできないジゼルは無理やり前に出ようとする。
「すまないジゼル。事前に討伐の手順を簡単にでも伝えておくべきだった。・・・フレアは魔力が続く限り再生し、魔力が枯渇しても大気から魔力を補充するため、ただ攻撃しても基本的には死なないんだ。葬るためには、魔力を補充する際に剥き出しになるフレアの核へ強力な一撃を入れなければならない」
 ヴェルノは説明をしながら、前に出るとニリルと共にジゼルを背にして剣を構えた。
「だから、俺たちがフレアを削って補充体勢にするまで、ジゼルにはトドメ用の魔力を温存しておいてほしいんだ」
 僅かな時間しか経っていないが、眼前のフレアは今まで受けた傷を全て再生していた。切断した腕も元に戻っている。
「そういうことだ。なんとか削り切るから、その時はジゼル、渾身の一撃を頼むよ」
 ニリルがジゼルに対して背中越しに言葉を送る。
 二人が前に立つ理由は理解できても、怪我をしたニリルが戦わなければならないということは納得できないようで、ジゼルは悔しそうに表情を歪めて唇を噛んだ。
「私は大丈夫だよ。・・・だからジゼルも最後まで絶対に気を抜かないでくれ」
 ジゼルを気遣うようにニリルがもう一言沿える。
 しかし、その口調はなぜか一抹の不安を抱いているかのようにも感じられた。
「さぁ行くぞ、ニリル!」
 ヴェルノがフレアに向かって走り出すと、ニリルはそれに呼応してその場で魔錬刃を振り払った。
 たちまちのうちに生成された風の刃がフレアに襲いかかり、その白い体を切り裂いて仰け反らせた。
 その僅かな隙をついて、ヴェルノがフレアの足を切りつけつつ、フレアの横を駆け抜ける。これで、ヴェルノとニリルが再びフレアを挟み込む形となった。
 理想的な連携であったが、初めて共闘したとは思えない位に戦いやすい動きをするヴェルノに、ニリルは不思議そうな表情をする。
「ヴェルノといったか。・・・あの男、もしかして志征の訓練を受けているのか?」
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