オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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好意の差異 6

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「それでも諦めねえぞ」

 思わず漏れた声が、喉の奥で唸り声と混ざる。しかしメルヒオールは容赦なく切り捨てた。

「だが、今の理解だけでこれ以上は求められないのも気がついているだろう? 性急すぎるのは嫌われる」

 青の瞳が、カウンターで客への酒を準備するウィアルをじぃっと見つめた。
 たしかに、バースィルは自身の焦りを理解していた。自分のやり方だけで上手く行かないから、悶々としているのだとも。

 ベーコンを食べ終えた――いや、会話の区切りを待っていたのだろうコンラートが、二人の話に割って入った。

「ちよっと待って、おじさんたちが相談にのるわけだから、私にも語らせてよ」

 それから「メルヒオールは話が長いし、すぐお説教臭いこというから良くないよ」と唇を尖らせた。
 ナッツを一つかじると、コンラートは彼の見解を語り始める。

「そうだねぇ、私からも愛は乞えていると思うよ。カタフニアの流儀で言えば、物足りないとは思うけどね」

 そこには同意しか抱けないバースィルは、こくりと即首肯した。
 でしょうとコンラートは笑う。

「先に断っておくと、マスターとは十歳くらい離れてるからねぇ、だから詳細までは知らないけどさ。
 マスターはそういうことと縁遠く生きてきたと思う。恋人がいたとか聞いたことないし、恋煩いしてたってのも聞かない」

 瞳を閉じてこくこくと肯きながら話すコンラート。一瞬の間を挟んで瞳を開いた。

「ただねぇ、あの人……」

 コンラートは、一度メルヒオールに視線を送る。そうして、バースィルへ向き直り訴えるように言葉を続けた。

「とにかくモテたんだよ!」
「そうだな、とかくもてた」

 メルヒオールが然りと頷く。だよねぇとコンラートも何度も頷いた。

「あれだけモテたのに、妥協で付き合ったりしなかったんだよ。ほんと真面目で誠実な人だと思う。その分、面倒なのも多かったけどね」

 ウィアルに粉をかける者、言い寄る者は、男女問わず居たらしい。詳細は省かれたが、すげなくされてトラブルに至った例もあるのだと。
 特にカフェを開いてからは、日中時間が取れ連れ立って来ることができるご令嬢方が多く訪れたが、彼女たちの囀りは店の方針と合わず出禁となる程だったという。お陰で認識阻害の魔法を施したり、ブラントが睨みを効かせたりしているのが店の現状だ。
 他所のカフェと比べて、格段に女性客が少ない理由はこれなのかと納得できた。

 バースィルくんの番犬というのは、ある意味店に求められていたんだよと、コンラートは笑った。

「そんなことがあって、彼はそういうこととますます縁遠くなっちゃったんだよねぇ」
「気持ちは分からんでもない」

 コンラートの溜息に頷くメルヒオールだったが「君の場合は自業自得もあるでしょ」と切り捨てられた。
 不満そうなメルヒオールを横目に、コンラートが身を乗り出す。キラキラと翠の瞳を輝かせて。

「その彼がね、イチャイチャしてたなんて噂話が流されたんだよ? この意味分かる?」

 彼の好意的な表情や仕草に気圧されながらも、コンラートの言いたいことに気が付いた。心の中に期待という感情が熱を持ち始める。チリリと火の粉が散っている。

「この時点で、君はマスターにとって特別なんだよ。他の誰よりも! 周りからそう見えちゃうくらいにはさ! んと、……まあ、君が求めているものとはちょっと違うかもしれないけどね」

 思わず大きな声になりながら、コンラートはバースィルに訴える。ただすぐに、過度に希望を持たせすぎたかと、徐々に声が小さくなった。

 しかし、その言葉は、バースィルの気持ちを前向きにしてくれるのに十分効果的だった。

 バースィルは、彼の言葉を噛みしめるように反芻する。すればする程、顔がニヤけてきた。
 先程のメルヒオールの言葉は現状が先の見えないもののように思えたが、コンラートの言葉なら望みが見いだせるのではないかと思えた。弱り始めた炎に、一気に空気が送られ火が継ぎ足されたような感覚だ。この明るさなら前が照らせるだろうくらいまで。
 お陰でメルヒオールの言いたいことを、客観的に理解できる。相手がいる以上、相手を理解し相手を慮ることは、大切なことだ。バースィルが納得するやり方だけでは駄目なのだ。
 それに、素直に嬉しかった。今までにない立場にいるのだと、他人から言われたのだ。嬉しくないわけがない。

「それを聞けただけで、すごく嬉しい」
「えぇ~、バースィルくん、ポジティブすぎない?」

 ニコニコと照れたように笑うバースィルに、コンラートは何とも言えない声を上げた。確かにメルヒオールの言葉は重すぎると、コンラートなりに助け舟を出したつもりだったのだが、この反応は想定外だ。

「歯牙にもかけられないよか、全然いい。これからもっと親しくなるつもりだ」

 バースィルの様子に、暢気で陽気なコンラートも苦笑を浮かべる。

「マスターがあれだからな、バースィルくんくらいの不屈さが必要なのかもしれないな」

 メルヒオールが真理を得たと言わんばかりに膝を打った。コンラートはその無責任さに焦って、バースィルに尋ねる。

「マスターって結構のんびり屋さんだけど大丈夫~?」
「何年かかってもいい。俺を知ってもらうチャンスはたっぷりあるだろ。ウィアルがのんびりなら尚更だ」

 そう言ってバースィルが得意げに笑うと、コンラートもつられて笑った。

「わはは、赤い狼さんの愛はちょっと重いって、お伽噺じゃなかったんだねぇ」

 コンラートの言葉に、バースィルはハッとする。

 コンラートが言っているのは、炎の精霊の愛し子だった赤狼の逸話のことだろう。

 愛し子を守護してくれる炎の精霊の王には、娘がいた。その娘に惚れ込んだ赤狼は、彼女に自分の力を示すべく、遥か昔魔族に奪われた土地を奪還した。
 イグニスの丘と呼ばれるその土地は、炎の精霊の力を宿す大宝珠が眠るとされている場所で、その丘の奪還は、カタフニアにとっても、精霊たちにとっても悲願であり、果たされたことに皆が喜んだ。
 そして赤狼は、精霊王の娘からの愛を乞うたというのが、故郷カタフニアに伝わる有名な物語だ。

 バースィルは、なるほどと思った。
 それくらいの気概がなければ、愛を乞えないこともあるのか、と。

 バースィルは自身の両の手を見、そして固く握りしめた。

 自分に使命はない。
 けれど、成したいこと、果たしたいことはある。
 それを為し遂げることが、まず第一歩なのでは。

「二人とも、ありがとう。相談してよかった」

 バースィルの笑顔に、二人も笑顔で返す。
 締めとばかりに、コンラートが一言添えた。

「格好なんかつけなくていいから、素直になるのも大切だよ。それができるのは若い内なんだからさ」

 そう言って穏やかに笑う彼は、たしかに年の離れた兄のように寄り添ってくれているのだと、バースィルには思えた。
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