オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

文字の大きさ
上 下
34 / 43

好意の差異 2

しおりを挟む
「メルヒオールさん、どうも。こんばんは」
「あぁ、こんばんは、バースィルくん」

 バースィルが挨拶の言葉を贈れば、メルヒオールも返してくれる。少し紫の混ざった青の瞳が、少し柔らかになった。壮年らしい僅かな笑い皺が目元に浮かんでいる。
 実のところ、彼との付き合いは、まさに挨拶を交わす間柄、それ以上でもそれ以下でもない。

 ただ名だけは知っていた。
 以前班の皆と昼食に来た時、メルヒオールと鉢合わせて挨拶を交わしたのだ。彼が立ち去った後、エミルが彼の名と立場を教えてくれて、更には絶対に失礼なことだけはしないように釘を刺された。

 バースィルも、流石に呼び捨てなどできやしない、宮廷魔術師副長様を相手には。

「えぇ~、私は呼び捨てなのに、メルヒオールは付けなの」
「いや、呼び捨てしろって言ったのあんただろ」

 唇を尖らせて不満げなコンラートに、仕方ねえなぁというような笑みを向けたバースィルは、あの夜の会話を説明した。
 呼び捨てなのには意味がある。あの夜コンラートに言われたのだ、「私達はもう友達だよ~、だからコンラートって呼んでねぇ」と。
 それを聞いたコンラートは「そうだったっけ、じゃあこのままで」と笑い、メルヒオールは「また泥酔したのか」と呆れていた。

「で、メルヒオールはどうしたの? ここは私とバースィルくんのお席ですよ」

 そうやってじとっとした目で、メルヒオールを睨むコンラート。
 ここはバースィルの席であり、来襲したのはコンラートも同じなのだが、バースィルは彼のこういう性格は嫌いではなかった。こういう軽い態度が許容される愛嬌を、彼は確かに持っている。
 その横顔を眺めながら、尋ねる役はそのままコンラートに委ねることにした。

 メルヒオールは、此れ見よがしに溜息をつく。

「コンラート、君がうるさくするからだよ」

 そうかなぁと納得いかない様子のコンラートを尻目に、紫青色の瞳はバースィルを見据えた。

「それに、バースィルくん、君に興味があるんだがね。どうだろう、少し話に付き合っては貰えないだろうか」

 ともすれば鋭く感じそうな瞳を見つめ返し、バースィルは頷いた。


 居住まいを整えた三人は、それぞれ酒なり食事なりを口に運びながら会話を続けた。
 先程の光った魔法陣はテーブルに施されたもので、防音の魔法がかけられたのだそうだ。これは魔力を陣に流すか、支えの根本に付けられた魔石に流すかすれば、使えるようになっている。つまり設置型の魔法陣としても、魔導器としても使えるのだ。
 バースィルが素直に感嘆すると、コンラートは得意そうな顔でにっこりと笑った。

 少し落ち着いたところで、メルヒオールが先だって話を切り出す。

「カタフニアの民は、炎の精霊の愛し子から加護を授かると聞いている。実際に精霊の子たちを身に宿しているとも」
「そこまでだいそれた話じゃねえよ。精霊の火の粉が与えられ、身を守ってくれたり助けてくれたりすると言われているんだ」

 バースィルは、自分の理解していることをメルヒオールに――ついでにコンラートにも――話していく。
 加護と言っても、愛し子本人のように何かしら明確な力があるわけではない。助けとて、九死に一生を得るようなことがあれば、それは愛し子様の加護のお陰だと考えるようなものだ。

「けれど、赤狼たちには、精霊の受け皿があるのでは?」
「うーん、それなぁ」

 バースィルは、カトラリーを置いて腕を組む。首をひねりながら、ひとつ唸った。
 メルヒオールの指摘は正しい。

 カタフニアの民は、愛し子から加護を授かり守護を受ける。それは、精霊の子たちが守ってくれるのだとされていた。

 しかし、バースィルたち赤の狼獣人たちは、他の民よりも特殊だ。

 数代前の愛し子が赤狼だったことに起因する。
 その愛し子は、精霊の加護に感謝し、愛してくれたこと、庇護してくれたことに報いるため、精霊の使徒――つまり女神の使徒たらんと誓いを立てた。赤狼たちは、その誓いの下、炎の精霊の加護を得て剣を振るうのだ。そのため、精霊や愛し子を守る兵士の道を選ぶことが多い。

 女神の使徒というのは、女神から何かしらの使命を帯びることが運命付けられていると言われている。精霊たちも使徒なので、彼らの使徒になるといることは女神の使徒になると同義、と考えられていた。
 使命について例を挙げるとすると、ある場所に花を植えよというものから、魔王を倒せというものまで千差万別。つまり、使徒の最たるものは勇者なのだ。

 バースィルの父、ザーフィルは、確かに女神の使徒だ。幼少の頃、女神に出会い『いずれ魔王が誕生すれば、カタフニアに危機が訪れるでしょう。その時に備え、あなたは力をつけるのです』と使命を授かった。その使命を果たすため、父はカタフニア屈指の戦士になったのだ。

 しかし、バースィルにはそのような神託は降りていない。降りるかどうかも定かではなかった。
 果たして精霊の加護があるのか、その実感さえも得らていなかった。

「精霊が見えないから、実感しようがないんだ」

 バースィルは自分の生まれに依存しない考えを尊ぶが、もし使命があるのなら成し遂げたいと考えていた。一族の一員としてではなく、自分自身にあるのであれば。
 それ故に、精霊が見えたらいいのにと子供の頃から思っていたが、この年になるまでついぞ見ることができなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...