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紅煌の金釦 4
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「今日から正式採用なんですね。団服の赤ボタン、似合ってますよ」
ウィアルが、自身の胸元をトントンと指して言う。
二人は驚きつつも、彼が気付いていたことに嬉しく思って笑顔を交わした。互いの胸には、赤い石のボタンがキラリと光っていた。
ヴォールファルト王国の騎士団は、金もしくは銀のボタンを使用する。その内、身頃の一番上のものは、団の色と同じ石をはめ込んだボタンをつけることになっている。
この色石のボタンは、騎士団に正式に採用や配属となった時、それぞれの騎士団長から団員へと手渡されるものだ。
バースィルとシュジャーウの二人も、今朝出仕した際に、騎士団長のアロイスから赤い石の金ボタンを与えられた。
本日付けで正式採用になった証。二人は誇らしげにそのボタンを見やった。
召し上がれと促されて、手を拭いた二人はスコーンに手を伸ばす。
温かなスコーンを割れば、湯気と一緒にほこほことした中の生地が美味そうに現れる。甘みのある香りが鼻腔をくすぐった。
ジャムとクリームをつけて口に含めば、ほろりとしたスコーンとクリームの滑らかさが口に優しい。温かくてほんのりと甘いスコーンはバターの風味が豊かで、香りも味も口内に広がっていった。
クリームはコクとある程度の固さを持っていて、口の中でもきちんと存在感がある。スコーンと口内の温度でゆるり溶けていくのが分かった。
騎士団のボタンに似た輝きを持つ赤苺のジャムも、甘すぎず酸っぱすぎずで、甘いものが得意ではないバースィルにも食べやすいものだった。
「ふあー、これ美味しいな」
シュジャーウが割った破片をもしゃもしゃと口に含みながら、感嘆する。少々行儀が悪いのだが、美味さで手が止まらないようだった。
「スコーンは午後から出すことが多いんですが、お二人はいつもお昼時でしょう? バースィルさんは休日もいらしてくださいますが、間食はなさらないので」
ウィアルに言われてバースィルが思い返してみると、たしかにそうだった。
店の売上には貢献したいので、休日の来店時はコーヒーを適宜にと、小腹が空いたらスープとパンかサンドを頼むことがある程度。
これは初めて食べたけど美味かったなと、最後の一切れにたっぷりとクリームを載せて口へ放り込む。こういうのならまた食べたいとバースィルは思った。
なにより、これはウィアルが自分のために祝いで用意してくれたものだ。そこが何ものにも代えがたい。
「こんなに美味いんなら、今度来た時に頼もう。店の売上にもなるしな」
バースィルは手についたクリームを舐めながら、にししと笑った。
その満足そうな笑顔に、ウィアルもふわりと笑みを零した。それを見れば、バースィルの心も更に温かくなる。
「バースィル、堪能してるとこ悪いけど、そろそろ帰らないと午後の警らに遅れるかもよ」
シュジャーウの言葉に慌てて店内の時計を確認すると、たしかにそろそろ店を出てもいい時間だった。
こういうところがシュジャーウのできたところで、バースィルの様子を見つつ困らないように留意してくれるのだ。勤務態度の評価は、このシュジャーウの献身に支えられているところはある。
心強い相棒とともに、席を立った。代金を支払って、帯剣し店を出る。
最後に一目姿を見てからと振り返れば、ウィアルが店の入口まで見送りに来てくれていた。
「午後も頑張ってくださいね。いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
「いってきます」
軽く手を振って店を後にした。
細い宿木通りを抜けて工房街へ出れば、昼時が終わりを迎え戻ってきた職人や職員たちが工房へと入っていく。皆、これから午後の業務と相成るわけだ。
バースィルも、満腹感とそれに勝るとも劣らない幸福感で足取りが軽い。旨い食事、優しい労い、単純ではあるが、こういうものの積み重ねで人は頑張れるのだろうと、一人思った。
しばらく歩いて、バースィルが口を開く。
「いってらっしゃいっていいな」
そう発する口元はニヤついて仕方がなかった。眉尻もすっかり垂れ下がっている。
その様を見たシュジャーウは、呆れたように肩をすくめた。
「……バースィル、重症だね」
「お前と同等なのは不満だ」
「ははは、マスターは皆に優しいから」
「それがなぁ」
シュジャーウの言葉に、思わず溜息が出る。
ウィアルにも伝えたが、それは彼の美徳ではあるが自分が求めるものには物足りない。
「特別な関係になりてえな……」
ぼそりと心が口から漏れる。
「うーん、さっきのを見てると、お母さんって感じじゃない?」
「はぁ?! シュジャーウ、てめえ……、殴るぞ」
相棒の容赦ない返しに、バースィルは思わず拳を振り上げた。シュジャーウは笑いながら、軽快に歩みを早める。
そのまま二人は楽しげに大通りを抜けていった。
ウィアルが、自身の胸元をトントンと指して言う。
二人は驚きつつも、彼が気付いていたことに嬉しく思って笑顔を交わした。互いの胸には、赤い石のボタンがキラリと光っていた。
ヴォールファルト王国の騎士団は、金もしくは銀のボタンを使用する。その内、身頃の一番上のものは、団の色と同じ石をはめ込んだボタンをつけることになっている。
この色石のボタンは、騎士団に正式に採用や配属となった時、それぞれの騎士団長から団員へと手渡されるものだ。
バースィルとシュジャーウの二人も、今朝出仕した際に、騎士団長のアロイスから赤い石の金ボタンを与えられた。
本日付けで正式採用になった証。二人は誇らしげにそのボタンを見やった。
召し上がれと促されて、手を拭いた二人はスコーンに手を伸ばす。
温かなスコーンを割れば、湯気と一緒にほこほことした中の生地が美味そうに現れる。甘みのある香りが鼻腔をくすぐった。
ジャムとクリームをつけて口に含めば、ほろりとしたスコーンとクリームの滑らかさが口に優しい。温かくてほんのりと甘いスコーンはバターの風味が豊かで、香りも味も口内に広がっていった。
クリームはコクとある程度の固さを持っていて、口の中でもきちんと存在感がある。スコーンと口内の温度でゆるり溶けていくのが分かった。
騎士団のボタンに似た輝きを持つ赤苺のジャムも、甘すぎず酸っぱすぎずで、甘いものが得意ではないバースィルにも食べやすいものだった。
「ふあー、これ美味しいな」
シュジャーウが割った破片をもしゃもしゃと口に含みながら、感嘆する。少々行儀が悪いのだが、美味さで手が止まらないようだった。
「スコーンは午後から出すことが多いんですが、お二人はいつもお昼時でしょう? バースィルさんは休日もいらしてくださいますが、間食はなさらないので」
ウィアルに言われてバースィルが思い返してみると、たしかにそうだった。
店の売上には貢献したいので、休日の来店時はコーヒーを適宜にと、小腹が空いたらスープとパンかサンドを頼むことがある程度。
これは初めて食べたけど美味かったなと、最後の一切れにたっぷりとクリームを載せて口へ放り込む。こういうのならまた食べたいとバースィルは思った。
なにより、これはウィアルが自分のために祝いで用意してくれたものだ。そこが何ものにも代えがたい。
「こんなに美味いんなら、今度来た時に頼もう。店の売上にもなるしな」
バースィルは手についたクリームを舐めながら、にししと笑った。
その満足そうな笑顔に、ウィアルもふわりと笑みを零した。それを見れば、バースィルの心も更に温かくなる。
「バースィル、堪能してるとこ悪いけど、そろそろ帰らないと午後の警らに遅れるかもよ」
シュジャーウの言葉に慌てて店内の時計を確認すると、たしかにそろそろ店を出てもいい時間だった。
こういうところがシュジャーウのできたところで、バースィルの様子を見つつ困らないように留意してくれるのだ。勤務態度の評価は、このシュジャーウの献身に支えられているところはある。
心強い相棒とともに、席を立った。代金を支払って、帯剣し店を出る。
最後に一目姿を見てからと振り返れば、ウィアルが店の入口まで見送りに来てくれていた。
「午後も頑張ってくださいね。いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
「いってきます」
軽く手を振って店を後にした。
細い宿木通りを抜けて工房街へ出れば、昼時が終わりを迎え戻ってきた職人や職員たちが工房へと入っていく。皆、これから午後の業務と相成るわけだ。
バースィルも、満腹感とそれに勝るとも劣らない幸福感で足取りが軽い。旨い食事、優しい労い、単純ではあるが、こういうものの積み重ねで人は頑張れるのだろうと、一人思った。
しばらく歩いて、バースィルが口を開く。
「いってらっしゃいっていいな」
そう発する口元はニヤついて仕方がなかった。眉尻もすっかり垂れ下がっている。
その様を見たシュジャーウは、呆れたように肩をすくめた。
「……バースィル、重症だね」
「お前と同等なのは不満だ」
「ははは、マスターは皆に優しいから」
「それがなぁ」
シュジャーウの言葉に、思わず溜息が出る。
ウィアルにも伝えたが、それは彼の美徳ではあるが自分が求めるものには物足りない。
「特別な関係になりてえな……」
ぼそりと心が口から漏れる。
「うーん、さっきのを見てると、お母さんって感じじゃない?」
「はぁ?! シュジャーウ、てめえ……、殴るぞ」
相棒の容赦ない返しに、バースィルは思わず拳を振り上げた。シュジャーウは笑いながら、軽快に歩みを早める。
そのまま二人は楽しげに大通りを抜けていった。
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