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紅煌の金釦 1
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初めての出会いから瞬く間に二ヶ月が経ち、バースィルとシュジャーウは赤槍騎士団に正式採用になった。
団長の視察の理由と、ハンネスの言っていたそろそろというのは、どうやらこのことだったようだ。
他国出身で移り住んでまだ短いということもあり、早期採用に関して多少揉めたと聞いたが、身体能力と戦闘技術、それから真面目な勤務態度が功を奏したそうだ。
それと、アロイス団長がさくっと承認を出してくれたらしい。あれだけ癇に障ることを言い合ったのに、その辺は大人なのだなとバースィルは妙に感心してしまった。
ケヴィン曰く「どうせ採用は確実だったんだし、最長の半年を待つ必要はないと考えたんだろう」とのことで、彼が一押ししてくれたのだろうとバースィルは思った。
彼は班員たちをよく見よく導き、丁寧な手解きをしてくれた。面倒見のよい彼が一言添えてくれるということは想像に難くない。
それにバースィル自身も、彼の誠意に応えたい、彼の厚意を踏みにじりたくないと思ったのだ。それくらい、真面目に勤務させるのが上手な上役であった。もしかしたらそのようになることを想定した配属だったのかもしれないなと、今となっては思わなくもない。
雇用に他国出身者と王国民との差はないが、正式採用されれば仮採用よりも給金が上がる。勤務は夜勤や緊急対応などで多少拘束時間も増えるし書類仕事も本格化するが、他国から来たからこそ給金の増加はありがたい話だった。
信頼される職、給料の増加、騎士団の寮にも引き続き住めることになっている。正式採用で二人の生活は確実に安定したものになった。
正式採用で得られた立場と安定は、バースィルにとってこの王都で生きていく許可を得たようなものだった。子供の頃に憧れた勇者が育った街。ここに居ていいんだと言われたように感じていた。
一日でも早く、少しでも確実に、自分の成したいことを果たしたい。
バースィルは、騎士たる誇りを胸に必ず果たそうと一人誓った。
こうして正式採用となったバースィルは、本日も機嫌よくランディアへと足を運ぶ。もちろん、シュジャーウも一緒だ。
表のメニューボードを確認すれば、本日の日替わりは白身魚のムニエル、今日から始まる週替りはスペアリブのオーブン焼きだ。
カフェ『ランディア』は、今日も盛況だった。深い色合いの扉を開けば、外からは分からない賑やかさが溢れてくる。優しい音楽、穏やかな談笑、期待させる香り、どれをとっても魅力的で、店の客たちが口数少なめに食事を運ぶ様すらも空腹を誘う。
視線を彷徨わせれば、ウィアルがカウンターからこちらへ声をかけてくる。
「いらっしゃいませ」
朝から見たくて仕方なかった顔が目の前にある。嬉しくて仕方がない。ピンと耳が立ち、意識なく尾が揺れてしまう。
今日の佳き日は、どうしてもウィアルに会っておきたかったのだ。
何ものにも脇目を振らず、バースィルはスタスタとカウンターへ歩み寄った。
カウンター越しに両の手を差し出し、美しい手を取って愛を乞う。
腕に手を伸ばし、持ち上げながら撫でるように手へと滑らせた。柔らかな手のひらを指先で触れながら優しく掴めば、追ってきた視線がばちりと合う。今日もきらり、星のように月のように輝く瞳は、美しい。
琥珀の瞳で夕日の双眸を見つめれば、愛おしさが込み上げてくる。
「今日は何か楽しそうですね」
「あぁ、そうなんだ、ウィアル。今日もあんたに会えて俺は幸運だ」
そう訴えれば、不思議そうに瞳が見上げてくる。
「皆への優しさは、あんたの美徳だ。でも俺はそれを独り占めしたい。どうかウィアルの愛を俺だけに分け与えて」
バースィルは切なる願いを囁きながら、ゆったりと滑らかな手の甲を撫でた。
当のウィアルはというと、ぽかーんとした顔でバースィルを見返していた。
これはランディアで行われるいつもの光景ではあるのだが、どうもウィアルは色恋に疎いらしくバースィルの求愛も「突然どうしたのだ」という顔で見つめ返してくる。
少し見開かれた瞳、少々緩まった口元、はらりと落ちる黒髪は、いつもの落ち着いて隙のない雰囲気と違って愛らしい。間の抜けた顔もやはり可愛いなと、バースィルはニマニマと笑みを浮かべた。
団長の視察の理由と、ハンネスの言っていたそろそろというのは、どうやらこのことだったようだ。
他国出身で移り住んでまだ短いということもあり、早期採用に関して多少揉めたと聞いたが、身体能力と戦闘技術、それから真面目な勤務態度が功を奏したそうだ。
それと、アロイス団長がさくっと承認を出してくれたらしい。あれだけ癇に障ることを言い合ったのに、その辺は大人なのだなとバースィルは妙に感心してしまった。
ケヴィン曰く「どうせ採用は確実だったんだし、最長の半年を待つ必要はないと考えたんだろう」とのことで、彼が一押ししてくれたのだろうとバースィルは思った。
彼は班員たちをよく見よく導き、丁寧な手解きをしてくれた。面倒見のよい彼が一言添えてくれるということは想像に難くない。
それにバースィル自身も、彼の誠意に応えたい、彼の厚意を踏みにじりたくないと思ったのだ。それくらい、真面目に勤務させるのが上手な上役であった。もしかしたらそのようになることを想定した配属だったのかもしれないなと、今となっては思わなくもない。
雇用に他国出身者と王国民との差はないが、正式採用されれば仮採用よりも給金が上がる。勤務は夜勤や緊急対応などで多少拘束時間も増えるし書類仕事も本格化するが、他国から来たからこそ給金の増加はありがたい話だった。
信頼される職、給料の増加、騎士団の寮にも引き続き住めることになっている。正式採用で二人の生活は確実に安定したものになった。
正式採用で得られた立場と安定は、バースィルにとってこの王都で生きていく許可を得たようなものだった。子供の頃に憧れた勇者が育った街。ここに居ていいんだと言われたように感じていた。
一日でも早く、少しでも確実に、自分の成したいことを果たしたい。
バースィルは、騎士たる誇りを胸に必ず果たそうと一人誓った。
こうして正式採用となったバースィルは、本日も機嫌よくランディアへと足を運ぶ。もちろん、シュジャーウも一緒だ。
表のメニューボードを確認すれば、本日の日替わりは白身魚のムニエル、今日から始まる週替りはスペアリブのオーブン焼きだ。
カフェ『ランディア』は、今日も盛況だった。深い色合いの扉を開けば、外からは分からない賑やかさが溢れてくる。優しい音楽、穏やかな談笑、期待させる香り、どれをとっても魅力的で、店の客たちが口数少なめに食事を運ぶ様すらも空腹を誘う。
視線を彷徨わせれば、ウィアルがカウンターからこちらへ声をかけてくる。
「いらっしゃいませ」
朝から見たくて仕方なかった顔が目の前にある。嬉しくて仕方がない。ピンと耳が立ち、意識なく尾が揺れてしまう。
今日の佳き日は、どうしてもウィアルに会っておきたかったのだ。
何ものにも脇目を振らず、バースィルはスタスタとカウンターへ歩み寄った。
カウンター越しに両の手を差し出し、美しい手を取って愛を乞う。
腕に手を伸ばし、持ち上げながら撫でるように手へと滑らせた。柔らかな手のひらを指先で触れながら優しく掴めば、追ってきた視線がばちりと合う。今日もきらり、星のように月のように輝く瞳は、美しい。
琥珀の瞳で夕日の双眸を見つめれば、愛おしさが込み上げてくる。
「今日は何か楽しそうですね」
「あぁ、そうなんだ、ウィアル。今日もあんたに会えて俺は幸運だ」
そう訴えれば、不思議そうに瞳が見上げてくる。
「皆への優しさは、あんたの美徳だ。でも俺はそれを独り占めしたい。どうかウィアルの愛を俺だけに分け与えて」
バースィルは切なる願いを囁きながら、ゆったりと滑らかな手の甲を撫でた。
当のウィアルはというと、ぽかーんとした顔でバースィルを見返していた。
これはランディアで行われるいつもの光景ではあるのだが、どうもウィアルは色恋に疎いらしくバースィルの求愛も「突然どうしたのだ」という顔で見つめ返してくる。
少し見開かれた瞳、少々緩まった口元、はらりと落ちる黒髪は、いつもの落ち着いて隙のない雰囲気と違って愛らしい。間の抜けた顔もやはり可愛いなと、バースィルはニマニマと笑みを浮かべた。
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