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不意の訪問 4
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一瞬の間合い取りもなく、アロイスが走り込む。長い脚で間を詰め、バースィルへと大剣を振り下ろす。
容赦のなさに目を眇めるバースィルは、様子を見るために身を翻してそれを避けた。立派な体躯と計り知れない膂力で振られるそれは、バースィルの耳に鋭い風切り音を届かせる。
しかし、アロイスは勢いに合わせて重心をずらしたかと思うと、そのまま体をひと回転させ下から切り上げるように振りを合わせた。
あり得ないだろと吐き捨てたバースィルは、左腕の小剣でそれを受ける。力を刃先へ流すように滑らせていなした。
「折れるかと思ったが、なかなかに丈夫だな! 捌きも見事だ!」
称賛の声を上げるアロイスは、大層楽しげにバースィルと剣を褒め称える。
「魔力を含んだ焔鋼の硬さは、一級品なんでな!」
バースィルはそう言い捨てて、大剣よりも短い間合いに駆け込んで長剣を振るうが、大きく一歩下がられるだけで躱されてしまう。身体がでかいのになんて身のこなしだと、自分のことを棚に上げてバースィルは思った。
それからも二人の猛攻は続き、周りはただただ固唾を呑んで見守るしかできなかった。
練兵場に響くのは、大剣の地面を抉る轟音と刃の擦れ合う鋭い金属音だった。
剣を交えて数分経った頃、アロイスが距離を取ってバースィルを見据えた。金の眼が獰猛な光を湛えている。
「さすが、カタフニアの猛将“剛炎”ザーフィルの子だ」
その一言で、バースィルは自分の中で炎が荒ぶり滾るのが分かった。
ここでも、まだ父の名を出されるのか。俺は俺の足で立ち、俺の腕で剣を握っているというのに。
目の前が赤く炎の如き色に染まる。
ギリリと奥歯を噛みしめる音が、大きく聞こえた。
体から魔力が溢れ、チリチリと身を焦がすのが分かった。焔鋼に魔力が移り紅く輝く。
だが、バースィルにとって、炎は自身を飲み込み焼き尽くす障害ではない。
大体、言葉で煽られたのだ、同じもので殴り返す。
「そっちこそ、やはり素晴らしき血の恩恵というやつか。さすがは、灰狼の珠玉」
その一言で、アロイスの体が膨れ上がったように感じた。
魔力が溢れ一帯を支配する。想像以上の威圧に、周りを囲む騎士たちが数歩下がった。
遥か遠方のカタフニアでも有名な家名だ。それだけ、ウォルフェンシュタインの名は、重く枷になっていることだろう。確実に逆鱗へ触れたはず。
狙い通りになったと理解したバースィルは、挑発するように笑みを浮かべた。その額には一筋汗が流れ落ちる。
「赤毛の仔犬が、随分と舐めた口を利くじゃねえか」
アロイスが吐き捨てる。
次の瞬間、アロイスが一歩踏み出したと思えば、すでに眼前へと迫っていた。バースィルは左手のショートソードを強く握りしめ、大剣を受け止める。かかる力を流すようにガードへと滑らせると、押し当てながら刃を削るように間合いを詰めた。
アロイスの大剣よりも、バースィルのロングソードの方が間合いは狭い。互いの膂力で押し合いながら、有利な距離へと持ち込もうした、その時。
「バースィル!」
シュジャーウの鋭い声で我に返る。
自身の周りは炎が舞い、アロイスの周りは風が土煙を起こしていた。その二つの嵐は混ざり合い、練兵場を支配している。
バースィルは、しまったと小さく舌打ちをする。強者相手とはいえ、加減を見誤った。
バースィルは力を抜こうと一歩下がろうとしたが、上から大剣を打ち据えるアロイスがそれを許さない。ギリリと力を加えられ、これ以上力を抜けば押しつぶされることは明白だった。これは甘んじて食らうしかないのかと、観念が頭をよぎる。
そんな状況へ、まさに水を差すかのように、ばしゃあんと水の塊が打ち付けられた。
今までの緊迫感はどこへやら、一帯に溢れていた嵐は収まり、バースィルもアロイスも濡れ鼠で呆けてしまう。
バースィルが纏っていた炎や熱が、シュウシュウと水を気体に変えていた。
振り返れば、シュジャーウがこちらへ手を向けており、付き合いが長く何度も食らわせられていたバースィルは、彼が魔法で作り出した水の塊を投げつけたのだと理解できた。
「うわっ」
冷静になったのだろうアロイスが、ブルブルブルっと体を震わせ、犬の如く水気を振るう。水は周囲に飛び散り、その殆どを被ってしまったバースィルは情けない声を上げてしまった。
「そこまでとしましょうか」
オリヴァーの落ち着いた声が響く。
周りを見渡せば、皆疲労困憊といった様子で、二人を見つめていた。皆の様子に、バースィルは苦笑いを浮かべるよりなかった。
容赦のなさに目を眇めるバースィルは、様子を見るために身を翻してそれを避けた。立派な体躯と計り知れない膂力で振られるそれは、バースィルの耳に鋭い風切り音を届かせる。
しかし、アロイスは勢いに合わせて重心をずらしたかと思うと、そのまま体をひと回転させ下から切り上げるように振りを合わせた。
あり得ないだろと吐き捨てたバースィルは、左腕の小剣でそれを受ける。力を刃先へ流すように滑らせていなした。
「折れるかと思ったが、なかなかに丈夫だな! 捌きも見事だ!」
称賛の声を上げるアロイスは、大層楽しげにバースィルと剣を褒め称える。
「魔力を含んだ焔鋼の硬さは、一級品なんでな!」
バースィルはそう言い捨てて、大剣よりも短い間合いに駆け込んで長剣を振るうが、大きく一歩下がられるだけで躱されてしまう。身体がでかいのになんて身のこなしだと、自分のことを棚に上げてバースィルは思った。
それからも二人の猛攻は続き、周りはただただ固唾を呑んで見守るしかできなかった。
練兵場に響くのは、大剣の地面を抉る轟音と刃の擦れ合う鋭い金属音だった。
剣を交えて数分経った頃、アロイスが距離を取ってバースィルを見据えた。金の眼が獰猛な光を湛えている。
「さすが、カタフニアの猛将“剛炎”ザーフィルの子だ」
その一言で、バースィルは自分の中で炎が荒ぶり滾るのが分かった。
ここでも、まだ父の名を出されるのか。俺は俺の足で立ち、俺の腕で剣を握っているというのに。
目の前が赤く炎の如き色に染まる。
ギリリと奥歯を噛みしめる音が、大きく聞こえた。
体から魔力が溢れ、チリチリと身を焦がすのが分かった。焔鋼に魔力が移り紅く輝く。
だが、バースィルにとって、炎は自身を飲み込み焼き尽くす障害ではない。
大体、言葉で煽られたのだ、同じもので殴り返す。
「そっちこそ、やはり素晴らしき血の恩恵というやつか。さすがは、灰狼の珠玉」
その一言で、アロイスの体が膨れ上がったように感じた。
魔力が溢れ一帯を支配する。想像以上の威圧に、周りを囲む騎士たちが数歩下がった。
遥か遠方のカタフニアでも有名な家名だ。それだけ、ウォルフェンシュタインの名は、重く枷になっていることだろう。確実に逆鱗へ触れたはず。
狙い通りになったと理解したバースィルは、挑発するように笑みを浮かべた。その額には一筋汗が流れ落ちる。
「赤毛の仔犬が、随分と舐めた口を利くじゃねえか」
アロイスが吐き捨てる。
次の瞬間、アロイスが一歩踏み出したと思えば、すでに眼前へと迫っていた。バースィルは左手のショートソードを強く握りしめ、大剣を受け止める。かかる力を流すようにガードへと滑らせると、押し当てながら刃を削るように間合いを詰めた。
アロイスの大剣よりも、バースィルのロングソードの方が間合いは狭い。互いの膂力で押し合いながら、有利な距離へと持ち込もうした、その時。
「バースィル!」
シュジャーウの鋭い声で我に返る。
自身の周りは炎が舞い、アロイスの周りは風が土煙を起こしていた。その二つの嵐は混ざり合い、練兵場を支配している。
バースィルは、しまったと小さく舌打ちをする。強者相手とはいえ、加減を見誤った。
バースィルは力を抜こうと一歩下がろうとしたが、上から大剣を打ち据えるアロイスがそれを許さない。ギリリと力を加えられ、これ以上力を抜けば押しつぶされることは明白だった。これは甘んじて食らうしかないのかと、観念が頭をよぎる。
そんな状況へ、まさに水を差すかのように、ばしゃあんと水の塊が打ち付けられた。
今までの緊迫感はどこへやら、一帯に溢れていた嵐は収まり、バースィルもアロイスも濡れ鼠で呆けてしまう。
バースィルが纏っていた炎や熱が、シュウシュウと水を気体に変えていた。
振り返れば、シュジャーウがこちらへ手を向けており、付き合いが長く何度も食らわせられていたバースィルは、彼が魔法で作り出した水の塊を投げつけたのだと理解できた。
「うわっ」
冷静になったのだろうアロイスが、ブルブルブルっと体を震わせ、犬の如く水気を振るう。水は周囲に飛び散り、その殆どを被ってしまったバースィルは情けない声を上げてしまった。
「そこまでとしましょうか」
オリヴァーの落ち着いた声が響く。
周りを見渡せば、皆疲労困憊といった様子で、二人を見つめていた。皆の様子に、バースィルは苦笑いを浮かべるよりなかった。
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